第2話 女神との邂逅


 うぅ……。


 ひどく頭が痛む。

 クロエの木刀を打ちつけられるのは、いつものことだ。

 だが、さすがに今回は打ちどころが悪かったかもしれない……。

 僕の木刀が半ばからポッキリ折れてしまうぐらいだったし、トホホ……。


 まだ痛む頭を押さえながら、僕は身体を起こした。

 だが、僕が見ている光景は、さっきまでの広場とは全く異なっていた。



 見たこともない白い空間に、僕は居たのだった。



「はあ……??」


 周囲を見渡すと、ちょうど僕の前方に、白い服をまとった女性が立っていた。


 澄んだ印象を与えてくる、とてつもない美人だ。

 流れるような金髪に、透きとおるような碧眼。

 筋の通った鼻筋に、血色の良い唇。

 透明感のある白い肌。

 それが、手の込んだ装飾の施された白い服と合っている。


 村の教会で見た女神像と似ている、なぜか僕はそう思ったのだった。


「ここは、一体……?」

 思い切って、僕はその女性に話かけてみた。

 

 だが、僕の声かけに対して、その女性は眉をしかめた。


 ……質問をしてはいけなかったのだろうか?

 そんなことを僕が考えていると、彼女は口を開いた。


「まことに申し訳ありません。本来ならば、貴方はここで死ぬべき運命になかったのですが、"機械音で聞き取れず"の結果、その命を散らせてしまいました」


「……?」

 死ぬべき運命になかった?

 命を散らせる?

 ……まるで、僕が死んでしまったみたいじゃないか。


 彼女が何を言っているのか、まったく理解できなかった。

「いや、そんなことを言われても……。僕はこうして生きているし……」


 だが、彼女は強い語調で、僕を遮った。

「理解も納得もできないことでしょう! ですが! 起こってしまったことはしょうがないのです。既に発生した悲しい事故を受け止めて、私たちは前に進むしかないのです……!」


 そう言って、彼女はその整った顔を悲しみに染める。


 なんだよ……、それ。


 さっき口に出して「生きている」とは言ったものの……。

 なんとなくだが、僕は自分が死んでしまったことを理解し始めていた。


 ただ、それを受け入れることが心情的に無理だっただけだ。

 自らの死を理解したからといって、受け入れることができるかといえば、そうではない。

 理解と容認は別問題ということだ。


「起こってしまったことはしょうがない、ってそんな他人事みたいな話があるものか! なんで僕が死なないといけないんだ!」


 僕は感情のままに声を出した。

 ほぼ叫ぶような形になってしまった。


 だが、僕の抗議に対して、彼女は今度は露骨に嫌悪感をあらわにする。

 彼女の話を邪魔しているからだろうか。


 だが、ここで引いてしまうと済し崩しにされそうだ。

 僕は毅然とした態度で、女性に向き合う。

 きっと、この女性はロクでもない人だ。そうに違いない。


 僕をしばらく睨みつけた後、ふぅと肩の力を抜いて彼女は言った。 

「私は運命神ムカクと言います」

 

「はぁ……そうなんですね」

 村の教会で聖書を拝読する際に、名前を聞いたことがあった。

 たしか……、善神のうちの一柱だったような気がする。


 僕の目の前にいる人は、とても善神とは思えないけれど。


「現状のままですと、貴方の命は失われてしまい、"本来あるべき運命"から逸脱した未来へと進むことになります」

「はぁ」

「このままでは非常にマズイことになってしまいます」

「いや、そんなこと言われましても」

「……ですから……!」


 そう言うと、彼女は懐から"青い火の玉"のようなものを取り出した。

「この"異世界人の魂"を、貴方の生命に足すことで、復活を果たしていただこうと考えております!」

 

 ……ひょっとして、その"青い火の玉"のようなものが、"異世界人の魂"ってやつですかね?


 ちょっと意味がよくわからないです……。




「嫌です」

 即答した。



 僕は、恐れ多くも、女神様の申し出を却下したのだった。


 ……絶対に受け入れてはならないように感じてしまったからだ。

 それに、どこぞの他人の魂が自分に混ざるとか、嫌じゃない?


 なんというか……、この女神様があまりにも身勝手すぎるように感じたのも一因だ。

 ちょっと……この打診の仕方は……応諾できないです。



「まぁ、そうおっしゃらずに」

 女神様がにじりよってくる。

 足をガニ股のようにしながら、その右手に"青い火の玉"のようなものを持って。


 僕は、恐怖を感じてしまい、同じ速度で後ずさる。


「この事故が露見してしまうと……、私も神界での立場が無くなってしまうんですよ」

「そんなの知りませんって」

「サボって●滅の刃の映画を観ていたら、まさかキーパーソンがお亡くなりになっていたとか……。そんなの許されるわけがありません」

「"異世界人の魂"を足さない形なら大歓迎なんですが!」


 僕の申出に対して、彼女は急に真面目な表情になる。


「蘇生には、神といえど対価を捧げなければなりません。ですが、そのような対価を捧げることは現状では不可能です。捧げる対価、つまりリソースが大きすぎます。必ず今回の件が明るみになってしまいますから、取りえない選択肢です」


 彼女は続ける。

「そこで、この異世界で死にかけていた魂を足すことを思いついたのです。対価を必要とする蘇生ではなく、不足している生命を嵩増しすることで解決してはどうかと」


 さらに僕に近寄ってくる。

「どうせ異世界で亡くなりかけていた魂なわけですから、ここで貴方の生命を嵩増しすることに消費したとしても、露見する確率は低いわけです」

「いやいや。得体の知れないものを足して解決しないでほしいです。足される方の身にもなってくださいよ」


 後ずさる僕に向かって、彼女は指を鳴らす。

 すると、僕はまるで動きを封じられたかのように硬直をしてしまい、後ろに逃げることができなくなってしまった。


「こんなの上司に報告できませんから」


 本音きました!

 健全な組織って……トラブル起きたら上司に報告して対処法を考えるものじゃないですかね……?

 ほら、報連相って大事じゃないですか。


「もう、この"異世界人の魂"を融合させて、何事もなかったかのように隠蔽するしかないのです。うまいことやりすごすしか、道はないのです……!」

 

 事故を力技で解決しようとしている……!


 だが、それは悪手だ!

 後で露見したときには、更に複雑怪奇なバッドステータスに陥っている可能性が高い!

 恥の上塗りになっているし、仮に後日露見した場合には、上司の管理能力が問われる事態になりかねない!


「申し訳ありませんが、今回のお申し出にはお断りをさせていただきます。今回の選考結果についてですが、採用チーム全員で慎重に検討を重ねたところ、残念ですが採用を見送らさせていただくこととなりました。これからの益々のご発展を、心よりお祈り申し上げ……」


 僕はとっさにお祈りメールの文例で断ろうとした。


 だが……!


 女神様から逃げることはできなかった。


「だまれ! 私のボーナスのため! ここで査定が下がることだけは絶対に許されんのやぁああああああ」


 そう言い放つと、彼女は"異世界人の魂"を僕の胸のなかに突っ込んできたのだった。







■■あとがき■■

2021.03.21

 先日、他作品のあとがきで「ゆうきまさみ文化学院のCDを懐かしさのあまりポチッた」話をいたしました。

 それが届いた後にジャケットを見てみたら……、「2 Hearts in 1 Body」というトラック名が……!

 思わず目を疑ってしまいました。


 「2つの魂を融合して1つの身体に」って、まさに本作でやっていることでしたから。


 古典的なテーマなのかもしれません。


 ですが、ラジオを録音したテープを聴きまくっていた二十年以上前から趣味嗜好が何も変わっていないということなんでしょうか?

 まさか大昔に親しんでいた作品が、深層意識に刷り込まれていたなんて……!


 ゆうきまさみ先生の「鉄腕バーディー」のような傑作には到底及ばないでしょうが、本作を頑張って更新しようと思った次第でした。




 

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