2件目 #再開は割と思いがけないものだったりする

 15:30にセットした目覚ましが鳴る音が寝起きでぼんやりとする頭に響いてくる。


 寝起きで動くのはきついがそこは我慢して身支度を整える。歩いている内に目は覚めてくるだろうから気にしないことにして駅に向かって歩いた。車で移動したいが飲酒の予定があるためそういう訳にもいかない。


 そもそも免許はまだ取っていない。取ろうと思ってはいるのだがどうしても億劫に感じ、体が動かないのだ。差し迫って必要としている訳でもないし別にこれで良いだろう。


 駅舎の前に着いたところで丁度約束の時間の10分前。待ち合わせをしていそうな人もおらず、アオさんはまだ来ていなかった。


 暇を持て余しているのも仕方がないからネットサーフィンをして興味もないニュース記事を流し見る。世の中の人は自分と関りもないことでよくそんなにも騒げるものだといつも思う。だから俺にとってニュースは面白いものでもないが、こういう微妙な時間を潰すのには丁度いい。


 そんなことをしていると小柄で綺麗な黒髪の先端に緩くウェーブをかけた女性がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


 「アオさんですか?ニシです。初めまして」


 姿を確認しそう声をかけようとしたがスマホをポケットに仕舞ったところで固まってしまう。それは相手も同じようで目を見開き何か声を掛けようとしたのか口が半開きになっていた。


 「錦、君……?」


 少し時間が経ち硬直が溶けてくると、まだ驚きを残しつつもニシという俺のハンドルネームではなく本名を呼ぶアオさんらしき女性。その人は黒い大人っぽさのある服を身に纏った俺の初恋相手、弐式戸葵その人だった。


 制服以外の服装は見たことないし色々と成長していて俺が知ってる頃の子供っぽさなど欠片もないが見間違えようがない。


 「弐式戸、なのか……?」


 思わぬ人物が目の前に現れ一気に緊張が襲ってくる。こんなの想定外だ。


 「うん、そうだよ!やっぱり錦君か~。びっくりしたよ。もしかして君がニシ君だったりする?」

 「ああ、もしかしなくてもそうだよ。俺がニシだ。ということは弐式戸がアオさんか。まさかこんな形で再開するなんてな……」

 「うん。私がアオだよ。それにしても、本当にまさかだね。こんな風になるとは思わなかった」


 僅かに微笑んではいるが意外そうな顔をしていて本気でそんなことは考えもしていなかったことが分かる。SNSでフォロワーと待ち合わせをしたらかつての同級生でしたなんて普通はないのだからそれはそうか。


 俺の場合は初恋相手である同級生なのだからまた驚きだ。実はドッキリでしたと言われても信じてしまえる。


 それにしてもニシとアオ、か……お互いに名前の一部を使っていてセンスが似通ってるな。そんな絶妙に似ているのも懐かしい。


 それに多少大人っぽくなってもほとんど当時のままだ。そんな弐式戸を中学の頃を思い出しながら見ていると折角蓋をして見ないようにしていた古傷が疼き出してしまう。


 昔出来なかった告白をこのまぐれに乗じてしてしまえと心の奥底に眠る中学生の自分の想いが叫んでいる。


 「こんなところにいるのも何なんだしどこかに移動しよ?」


 動揺を押し込めようとしていると弐式戸はそう提案してくる。


 確かにここに立ったままだと人の目が気になるし通行の邪魔になってしまう。早い内に移動してしまった方が良い。


 「……そうだな。そうするか」


 また、告白をし損ねた。だが、いきなりそんなことをされたのでは弐式戸にしても気味が悪いだけだろう。だから、今はこれで正解なはずだ。






 俺たちは赤い看板に白で『草々』という店名が書かれている居酒屋に入り、案内された席につくと早速話し始めた。


 本音を言えばせっかくの再開なんだしもっと洒落た、例えばバーみたいなところに行きたかったが生憎この近辺にそんなものはない。だから仕方なくこの辺りでは定番のこの店に入った。年齢に見合った場所とも言えるし良しとするか。


 「けど、ほんと久しぶりだよね~。5年ぶり位?」

 「中学を卒業して以来だからそうなるな」


 席に腰を掛けるなりそんな会話をする。それからも二人で飲みながら他愛のないことを話した。あれから何をしていたのか、今はどんなことをしているのかそんな何気のないことだ。


 こうして弐式戸と言葉を交わしていると中学の頃を思い出す。あの時もどうでも良いようなことが話題になっていた。俺が返答できてるかどうかの違いはあるのだが。それでも、懐かしい。


 そんなことが異様に楽しく、今までぽっかりと空いていた穴に幸福が注がれていく、そんな感覚がした。


 会って直ぐは無視できていた昔の想いも瘡蓋がはがされるようにぶり返す。


 「好きだ」このたった3文字を言えば良いだけなのは分かる。そう、分かってはいるのだ。


 だが、根は小心者の俺にはそれだけのことが未だにハードルが高く、出来ないでいる。初恋相手というだけでなく再開したばかりというのもハードルを上げてる要因だ。


 こうして話している時もそのタイミングは何度もあった。伝えようと口を開くが何も言えずに閉じてしまう。そんなことを繰り返していた。何だか金魚みたいだ。


 「それにしても錦君、変わったよね。明るくなったというか積極的になったというか……こうして話してるだけじゃなくてSNSも使ってるじゃん?」


 一通り近況報告と昔話を終えると、弐式戸はもう何杯目かになるジョッキに手を付けながらそんなことを言ってくる。


 弐式戸視点で見れば昔よりも話せるようになって口数も多くなってるはずだ。自分でも好きな人を前にして緊張しながらでも話せるようになったと思う。だからか明るく積極的になったように見えるのだろう。


 根の所は中学生のままでも少しはましになっただろうか?そうであって欲しい。


 「まあ、色々あってな。高校で友達って呼べる存在が出来たのが大きいのかな?SNSもその友達に教えて貰って始めてみたんだ。……あまり、自信はないんだけどね」

 

 ほら、また誤魔化してしまった。今のだって上手く繋げば告白に持って行けただろうに。まあ、今更蒸し返してもどうにもならないしこれで良いだろう。だから仕方ないことなのだ。うん、そう、仕方ない仕方ない。


 それはそれとして自信がないなんて余計なことまで付け足してしまった……


 少し照れてやってしまったことだが、いくら本当のことでもこれはないと思う。褒めてって言ってるみたいではないか。ダサすぎる。


 「ふーん、そうなんだね。変われるのは凄いことだよ。友達とも楽しく出来てるんだし自信持って良いと思うけどな。少なくとも私は、良くなったと思うよ。話しやすくなった」

 「あ、ありがと」

 「どういたしまして」


 そんなにさらっと褒められるなんて、弐式戸、かっこよすぎる。俺より男気があるんじゃなかろうか。俺には絶対出来ないことだ。


 おかげでツンデレがデレた時みたいな返答になってしまったではないか。何だか、恥ずかしい。


 他にも何か言いたいんだけど、何を話せば良いんだろう?ネタだってそうそうないし、分からない。慣れない相手との対人関係は難しい。


 そんな弐式戸はと言うと満更でもなさそうに腕時計を確認している。俺だけが恥ずかしがっていて何だか馬鹿みたいだ。


 「そろそろ良い時間になってきたね。御開きにしよっか」


 顔が赤くなっている弐式戸はゴクリと最後までジョッキを飲み干し、話を変えることでぎこちない空気を一掃する。


 言われて窓の外を確認すると来たときは薄暗かったのがすっかり真っ暗になっていた。いきなり遅くまで付き合わせるのは悪いしこの辺りが切り上げ時だろう。


 「そうするか。」


 首肯して席を立ち、2人でレジへと向かった。






 外に出るといくら今が初夏だとはいえ少し肌寒さがあった。夜は冷え込む。


 半袖1枚しか着てないため少々寒いが酔いを醒ますには丁度良いかもしれない。


 「家まで送ろうか?」


 いくら弐式戸が大人でただ話すだけに集まったとはいえ、初恋の女性に夜道を1人で帰す訳にもいかない。


 「大丈夫。寒いだろうし、迷惑はかけられないしね」

 「そうか。気を付けてな」


 1人で帰すのも危険な気がするがそう言うなら仕方ないか……しつこくして嫌われるのは俺の望みとする所ではない。


 せめてものとしてこの場で見送るとしよう。情けないが俺にはこれしか出来ない。何もしないよりはましだろう。


 「ねえ。」

 「ん?」


 弐式戸は何かもの言いたげに振り返る。やっぱり家まで送って欲しいとかだろうか?


 「………またね、ニシさん。」


 今の変な間は何だろうか?まぁ、良い。それよりも、弐式戸はただ挨拶をしたかっただけらしい。最後は俺に甘えてくれるのかと少し期待しただけに残念だ。


 それにしても俺のハンドルネームをわざとらしくとってつけて言うのは何だろうか?


 考え得るとすれば俺たちはSNS上での関係でしかないということ位しかない。


 だから弐式戸の意図を汲みこう返した。


 「うん。じゃあまた、アオさん。」


 再開したことでもしやと期待した部分があったが今更告白なんて出来なかった。少し変われたかとも思っていたが人間そうも上手くはいかないらしい。


 それに、今まで散々我慢してきたんだ何も問題はない。偶々再開したことが何だと言うんだ。


 今日は十分楽しんで満足したはずだ。中学の頃の弐式戸への想いを思い出してしまったのは一時の気の迷いに違いない。


 そうした想いを抱えたまま弐式戸が見えなくなるまで見守り続け、帰ることにした。


 そういえば、弐式戸は自信を持って良いと言っていた。お世辞だとしてもそれだけで少し、救われた気分になる。俺はなんて単純なんだろうか。






 ただいまを言って玄関を潜り抜け、リビングに入っていく。


 そこでは家族がくつろいでいて、俺も同じように定位置に座ってスマホのロック画面を解除する。癖でSNSを開くと今日会っていたアオさんからのDMが届いていた。


 ―今日はありがとう。こうして実際に人と会うのは初めてだったけど楽しかったよ。ニシさんのおかげだね!―


 そこにはそう表示されていた。当たり障りのない文章で礼儀としてのものかもしれない。だがアオさんにいや、弐式戸に楽しいと言って貰えた。


 それだけで気分が舞い上がってしまいその場を意味もなく立ち上がってしまい再び座り直す。その様子を家族は訝しむがそんなことはお構いなしだ。


 ―こちらこそありがとう!久々に会えて嬉しかったし話せて楽しかった。また会えると嬉しいな。―


 SNSでだけ素直になれる俺は少し浮ついた返信をした。もしそんな約束を取り付けられたとしても進展も何もあったものじゃないのは目に見えて分かっている。だが一度そうしたい思っては止められなかった。


 ドキドキしながら返信を待っても読まれた様子は無い。アオさんはDMを読めばそうと分かるようにしてくれるがそれがない。


 ただ待ってるだけなのももどかしい。だから今のうちに風呂に入ってしまおうと行動に移す。が、どうしても返事が気になり、湯舟に浸かりもせずに出てしまった。


 リビングに置いたスマホでSNSを確認すればアオさんからの返信があった。


 ―忙しい日が多いので直ぐには時間が取れないかな。仕事が休みに入る今から丁度1ヶ月後の土曜日にでもどうかな?―


 1ヶ月後と言えば盆に差し掛かる直前で大学は夏休みに入っている。勿論のことまだ1ヶ月後に予定なんて入れてない。


 誘いを受け入れて貰えたことに俺のテンションは上り切り即座に返信した。


 ―1ヶ月後だね!楽しみにしてるよ!―


 そのまま自分の部屋に飛び込むとあまりにもの嬉しさで転げ回った。


 その音がリビングにまで響いたのか家族から五月蠅いと言われてしまった。もう少し言い方というものがあるだろうに。もっと優しく言えないものなのだろうか?俺はこんなにも真剣だというのに……


 そんな一幕がありつつも寝て起きれば月曜日で、いつもと変わらない1週間がまた始まる。

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