喪儀司の少女は死神となる
木風麦
1.弟子との契約
「やっほう。ぼくの声聞こえてる?」
そうやって変な登場の仕方をはじめたのは何十回目だったっけ、と記憶を辿る。そうだ、ちょうど五十回を繰り返した頃にはじめたんだ。けれど普通はぼくの声が聞こえないし、姿が見れることもない。それができる人は限られてる。よほど「こちら側」に近くない限りは見えないはずだ。教会の信者だったり、占術を使う人もたまにぼくを「わかってた」。だけどそれよりもっと近い存在は、……―—。
「ど、ちら様?」
高い声に我に返る。
小さな背に、細い腕。その手には開かれた銀刺繍の本があった。恐怖に染まった大きな瞳は、ぼくをはっきりと映していた。
この子見えるのか。
嬉しくなって顔を突き出す。見たところ占術士でも教会の入信者でもなさそうだけど、と目の前の「ご主人様」をまじまじ見る。人間にしては珍しい緑黄色の瞳に茶髪。健康から程遠い蒼白い肌に、血色の悪い唇。どう見たって「死にそう」な人間。だからか、と納得してしまう。
こんなちびっこに手を差し伸べる人間がいったいどれほど少ないかをぼくは知ってる。死に近い存在の匂いがプンプンする。不幸な子だな。意図しなくても哀れみの情が湧いてしまう。
「近い!」
バチンと音がしたかと思うと突き飛ばされた。
なんで?ぼくの実態はないはずなのに。
だけど驚いたのはほんの少しの間だけで、その理由はすぐわかった。彼女の腕に着けている装飾具の石が、ぼくを強制的に実態のあるモノにしてしまう特殊な石だった。この少女の前の人物が
悟られないよう
「ごめんごめん。ぼくのこと見える人間に会うのって久しぶりでテンション上がっちゃった」
「……え?じゃあ師匠も見えてなかったの?」
少女の眉が目に見えてしゅんと下がった。
「ティファンのこと?見えてなかったね。彼女はぼくのこと見えてないし声も聞こえてなかったけど、術だけは使えていたな」
「じゅつ……」
「君には使えないよ。君は見る力も聞く力もあるけれど、寄せつけないから呼ぶ力がない。でも送る力はありそうだ」
と言った僕の言葉は聞いていないようで、少女は「術ってなに」と首をかしげた。
「人の望みを叶えるんだよ。なんだってできるよ。おっきな家が欲しいとか、死ぬまで食い物に困らないとか、病気が治るとか……生き返る、とか。でもティファンの場合は
「……なんの代償もなしに?」半信半疑、といった様子で少女は片眉をひそめる。
「いいや?」
つい意地悪く嘲笑するような物言いをしてしまった。
悪魔さながらの笑みを前にした少女の生唾を呑み込む音が部屋に響く。
「―—聞いてなかったけど、あなた何者?」
人間との会話が久々で、その時のぼくは明らかに意識が欠けていた。
「ぼくは悪魔。この本に縛られた悪魔だよ。ちなみに君が死んだらそのときは魂がぼくに喰われるから、それまでどうかヨロシク」
死後のことなんて説明する必要がなかったのに、少女に余計な情報を与えてしまった。
これは泣きわめいたり殴られたりするんだろうな、と頭の奥でぼんやり思う。
「悪魔……だから人ができないようなことができてしまうのね」
予想のどれにも当てはまらない回答をしたちびっこに、僕は目を瞬く。
「じゃあ悪魔さん、師匠がなんで突然行方をくらましたかしらない?」
「君、魂喰われる云々はスルーなんだ?」
きっとずっとそのことを聞きたかったんだろう。声が上ずって少女の瞳の色が変わった。怒っているその瞳の奥で心配の色が揺れている。自分の魂の行方よりも、師匠の行方の方が大事らしい。なんといじらしい子どもだろう。(笑)
「君の師匠は……」紡ごうとした言葉の先を、ぼくは意図的に切った。
「教えない」
「なんでっ」
「だって君に何も言ってないんでしょ?それが答えだと思わない?」
誰だって知られたくないことはある。ぼくが知っていても弟子である彼女に隠しているのは、「知られたくないから」。それをぼくから話すのはきっとティファンの本意ではない。―—というのは建前で、これを口実にこの少女を連れ出してぼくの仕事を減らしてもらわなければならない。だからこの「餌」はまだ持っておかないと。
「―—人間には、責任ていうのがあるの」
「……うん?」
不自然な会話の切り出し方に首をひねる。すると少女は悪魔を見る目とは思えない目つきをぼくに向け、一枚の紙を目の前に突きつけてきた。
『弟子へ
突然のお別れを許してください。わたしはもっと多くの景色を見るために旅に出ます。君はもう立派な一人前の
師匠より』
「わたしを拾っておいて途中で育成放棄するのって、
ふん、と彼女は背を向ける。
「―—……だってわたし、大切なことなにも言えていない。あの人になにも返せてない」
彼女は誰にも聞こえないような小さな声でそう呟いた。
その背にかける言葉を探してみたけど、ピンとくるものはなかった。人間だったら正しい答えを口にできたのだろうか。
「ティファンがどうして行方をくらましたかは言わないよ」と片手を差し出す。
「……うん」
ぼくらは手を握り合った。
「それは直接聞く。だから探すのを手伝って」
直接聞けることはないだろうけど。
ぼくはその言葉を胸の奥にひっそり仕舞って微笑んだ。
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