57.3日目(円)


 文化祭最終日。


 長かったような、短かったような文化祭も今日で終わりになる。祭りを通して大きなトラブルもなかった。強いていうなら、文化祭ピエロがまだ捕まっていなくて、生徒会がやきもきしている。


「お待たせ」


 天道さんとの待ち合わせの場所は校門前だった。

 美術部が作ったアーチはえらく巨大で、紙で作った花が風に吹かれてパタパタ音を立てていた。


「ごめんね、遅れちゃって」


 現れた天道さんは、映画の時と同じ衣装を着ていた。伸ばした髪を赤いリボンで結んでいる。


「待った?」


「そんなに待ってませんよ」


「そう?」 


「ちょうど今来たところです」


「それなら良かった」


 彼女が微笑む。


 会話がぎこちない。

 天道さんはそっと近づいてきて、俺の顔を見上げた。


「じゃあ行きましょうか」


 うなずくと、彼女はおずおずと歩き始めた。浮き足立っているというか、天道さんは照れ臭そうだった。


 とにもかくにも、周りの視線を集めているのはひしひしと感じる。なにせ天道さんだ。ここは俺がしっかりしないといけない。


 何を喋るか悩んでいると、天道さんが先に口を開いた。


「こうやって文化祭を回るのは初めて」


 キョロキョロと辺りを見回していた。


「いつも見張りでしか回っていなかったから」


「一年の時もですか」


「そう。生徒会の札を付けていたから純粋に楽しめなくて」


「どこか行きたいところはあるんですか」


「そうね」


 彼女は悩んだように首を傾げて言った。


「円くんが行きたいところに行きたい」


 天道さんは、たまに歯が浮くようなセリフをぽろっと口に出す。割りに今もぎこちなく、俺のすぐそばを歩いている。


 何を考えているか分からない。


 気まずいような恥ずかしいような。奇妙な距離感は、一緒に歩いていくごとにどんどん膨らんでいく。


「お。安生」


 呼び掛けられて振り向くと、同じクラスの三河みかわが立っていた。顔を青色に塗って金色のカツラをつけている。何だその格好と聞くと「デスラー総統」と答えた。


「どうだ寄って行かないか」


「何だここ」


「ゲーム研究会。集めたレトロゲームを展示している。今ちょうど特別なイベントをやってるところ」


「へえ。天道さん、入ってみましょうか」


「ええ。面白そうね」


 天道さんと入っていこうとすると、三河は青い顔をさらに青くさせた。


「え? 生徒会長?」


 まずいまずい、と彼が言ったのが聞こえた。


 中は暗幕が敷かれていて薄暗かった。てっきりただの展示かと思ったが、結構すごい催し物をやっているようだった。どやどやと人が集まっている。


 奥のモニターでゲームをしているようだった。


「変ね。ゲーム研に電源使用許可は出していないわ」


 怪訝けげんそうな顔をした天道さんに、三河は頭を抱えた。


「あっちゃー。まさか最後の最後で見つかるとは」


「何してんだ、あれ」


 ゲームの中でサイコロを振っている。スゴロクみたいだ。


「知らんの。桃鉄」


「いえ」


「知らん」


 首を横に振った俺と天道さんに、三河は説明してくれた。どうも日本中の店や土地を買ってお金を稼ぐゲームらしい。


「大盛り上がりしてるわね」


 天道さんがワイワイと歓声を送るギャラリーを見て言った。


「ゲーム上の設定で100ターン制にできて。クリアするのに3日以上はかかるのを、交代制でやっているんです」


「交代制?」


「つまり代理戦争。どのチームが勝つかベッドしてもらってる。勝ったら俺たちで集めた購買のスタンプカード20枚がもらえる。もちろん全部押してある」 


「賭けもやってるのか……」 


「いやいや。賭金はもらってないんだ。なのでどうか見逃してもらえませんかね。後もう少しなんです」


 ペコペコ頭を下げる三河に、天道さんは肩をすくめた。


「今は非番だから。目をつむる」


「うおお。ありがとうございます。女神だ」


「むしろやってみたいのだけれど」


「もちろんです。おい。誰か退け! 天道会長様のお通りだあ」


 ずいっとギャラリーを押しのけると、三河は天道さんにコントローラーを渡した。珍しそうにゲームのコントローラーをいじった天道さんは、俺を手招きした。


「円くんもやる?」


「いや。俺は別に」


「できたら一緒に」


 ちょいちょいと遠慮がちに彼女は言った。


「やりましょう」


 その顔が浮かれている子どもみたいだった。

 思い直して三河からコントローラーを握る。テレビのゲームなんて竹満の家でしかやったことがない。


「どうやって操作するんだ、これ」


「とりあえずサイコロを振れば良い。青いマスにとまるとお金がもらえる。赤いマスだとお金が減る」


「じゃあ、青いマスにとまる」


 青いマスに止まったら急に画面が変わった。三河がサッと顔を青くさせた。


「あ。スリだ。終わった」


「なんだこれ。おい金が全部なくなったぞ。お金が増えるんじゃなかったのか」


 一回サイコロを振っただけなのに、ギャラリーから深いため息が聞こえてきた。


「お前ついてないな」


 その後も日本が分裂して俺は300億円の借金を背負った。


「おいおい大番狂わせだ。安生、やってくれたな」


「知らねーよ」


「見ろ、天道会長様を」


 さっき初めてコントローラーを握ったと言った天道さんは、スイスイとゲームを進めていた。ヘリコプターを使って、お金がもらえる駅に到着した。


「悪いわね。またゴールしちゃった」


「一気にトップだ。これは鳩高の歴史に刻まれるなあ」


「とても良い気分」


「俺もゴールしたい」 


「あ。ハリケーンだ。終わった」


 借金が膨らんでいく。ゲーム内でも俺は貧乏なのか。


 ずるずると差が広がっていく。

 会場のボルテージが最高潮に達して危険を察したのか、レフェリーストップがかかった。俺と天道さんは退場になった。


「楽しかったわね」


 ゲー研を出た天道さんは満足そうに言った。


「今までゲームやったことが無かったけれど、意外と楽しいものね」


「ひどいブーイングだった。て言うか本当に見逃して良いんですか、あいつら」


 借金マフィアとか、ぼろかすに言われた腹いせに摘発してやりたい。

 天道さんは笑いながら首を横に振った。


「問題が起こってないなら、別に構わないわ」


「意外ですね。もっと厳しく取り締まってるのかと」


「ルールは破るためにあるのよ」


 セリフが悪役だ。

 そんな感じで、彼女は楽しそうに首を傾げて俺のことを見た。 


「次はどこに行きましょうか」


 プランの一つでも考えてくれば良かった。今更になって後悔する。天道さんの性格的にグイグイ引っ張っていく感じかと思っていたが、案外真逆だった。


 しおりをパラパラめくって、面白そうな場所を考える。


「じゃあレトロ喫茶とか。歴史文化研究会」


「良いわね」


 俺の提案もすんなり受け入れてくれる。

 本当に楽しんでいるのか、気を使っているんじゃないか。不安だったが隣を歩く天道さんは浮かれた調子で、リボンを揺らしていた。


 実に楽しそうな表情をしている。

 レトロ喫茶は大きめの教室を使っている。かなり賑わっていて、ここなら男女2人で入っても悪目立ちすることはなさそうだ。


「2名さま、いらっしゃいましぃ」


 俺たちが入っていくと「ブオー」と隅っこの方で男生徒がほら貝を鳴らした。鎧武者よろいむしゃと半裸の縄文人が給仕をしている。どう言う世界観なんだ。


「ご注文は?」


 俺たちのところにやってきたのは落ち武者だった。


「俺はサイダー」


「私はたんぽぽコーヒー」


「合点承知。サイダーとたんぽぽコーヒーとラブテスターでござるな」


「ラブテスター?」


 落武者はコクリとうなずいた。


「2名さまですとラブテスターをサービスしてるでござる」


「どう言うものなのかしら」


「2人の愛情を計測するレトロ玩具でござる。百聞は一見にしかず」


 ほれ、と持ってきたのは小さな水道メーターみたいな機械だった。コードが2本伸びている。


「コードをそれぞれの腕につけて手を繋ぐでござる」


「手を繋ぐ?」


「そうしないと測れないでござる」


「やんなきゃいけないのか、これ」


「別に強制ではないでござる。ではごゆるりと」


 サイダーとたんぽぽコーヒーを置いて、落武者は違うテーブルに歩いて行った。天道さんの方を見ると、コードを自分の腕につけている。


「さ。円くんも」


「やるんですか」


「やらないの」


 残念そうに彼女は言った。そんな目で見られたら、やらない訳にはいかない。


「子どもだましですよ」


「良いじゃない。何事も経験だから」


 彼女の手が伸びてくる。


「撮影の時以来ね」


 手のひらはサイダーみたいに冷たい。


「前から思っていたのだけれど、円くんの手って綺麗ね」


「恥ずい」


「そうかしら」


「誰かに見られたらどうするんですか」


 そう言うと、天道さんはスイッチを入れる手を止めた。


「じゃあ、もっと恥ずかしいことしようか」


「は」


「もし私たちの相性が100パーセントだったら」


 彼女はゆっくりと言葉を続けた。


「このまま私と手を握りながら文化祭を回る」


 スイッチがオンになった。

 ゆらゆらと機械の針が揺れる。


「このまま?」


「もちろん。嫌?」


 握る手の力が強くなる。冷たかった天道さんの手は、だんだんと暖かくなってくる。


「嫌とかじゃなくて」


 針が止まる。

 天道さんが「ふ」と息をついて、ラブテスターを手に取った。


「ほら」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「今日は運が良いみたい」


 100の値をさした機械を持って、天道さんギュッと俺の手を握った。

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