56.引力(ニコ)
いよいよ文化祭2日目が始まった。
今日の映研の当番は午前中が私と円で、午後が色杏さんと瑛子ちゃんだった。天道さんは生徒会の仕事が空いたら、顔を出すらしい。竹満くんは1日中、鳩の着ぐるみを着て校内をうろつき回っている。
「じゃあ昼飯でも食いにいくか」
午前の上映会が終わって、私と円はお昼ご飯を食べることにした。今日はお弁当を作ってこなかったので、外の屋台をのぞいてみる。そこからは一緒に文化祭を見て回る。
「ニコ、どっか行きたいとこある?」
「
「俺は特にないかも。友達いないし」
文化祭のしおりをパラパラとめくっていた。
「ニコはすごいなあ。一ヶ月も経ってないのに、もう友達できて。俺なんかまだ変態だよ。ひょっとしたら出禁かもしれない」
「そんなことないよ。きっと大丈夫だよ」
「どうだかなあ。評判は最悪だから」
へへと
歩いていくと視聴覚室を出てすぐの廊下に、お化けのコスプレをした女の子3人が立っていた。午前の部を見にきていた子たちで、確か隣のクラスだ。私たちを見るとツイと寄ってきた。
「
円に用があるみたいだった。
「俺?」
「うん。あのさ」
背の小さな女の子が声をあげた。
「さっきの映画すごく良かった。ただの変態だと思ってたけど、ちゃんと演技できるんだ」
ぶんぶんと腕を振りながら彼女は言った。他の2人も「良かったよ」と言った後でペコリと頭を下げた。
「誤解しててごめんなさい」
「刺又で捕まえてごめんね」
「縄でぐるぐる縛ってごめん」
次から次へと謝った女の子たちは「ニコちゃんすごく可愛かった」と私の手を握って廊下の向こうに去っていった。
円はキョトンとした顔で、その後ろ姿を見送っていた。
「誤解解けたみたいで良かったね」
彼はハッと我にかえった。
「そうか、あいつら
「隣のクラスだよ。
「良く知ってるな」
「同級生だし。ところで縄って何?」
「縛られたんだよ」
私が入学する前に縛られたことがあるらしい。ふうと息を吐いた円は、再び文化祭のしおりに視線を落とした。
「お化け屋敷、後で行ってみようか」
「そうだねえ。そうしよう」
円がさっきよりも晴れやかな顔になっている。女の子たちに褒められて喜んでいるのは見て分かる。
本当に単純だ。
「すごい人だなあ」
人混みに円が顔をしかめた。
校門から校舎に伸びる道に、屋台が立っている。焼きそば、たこ焼き、ベビーカステラなどなど。食べ物を出す屋台は保健所の許可を取らないといけないので、出店しているクラスは多くない。その分、人が殺到してしまっていた。ワイワイガヤガヤしている。
「どうする。並ぶか?」
円は困ったように私の方を見た。
並んでも良いけど、と言おうとしたら「ぐー」と私のお腹が鳴った。
「あー」
聞こえている。恥ずかしい。
円はますます困ったような顔で言った。
「購買行こうか。そっちなら空いている気がする」
その言葉に黙ってうなずいて、後をついていく。
確かにお腹は空いていた。でも今鳴らなくて良いのに。
購買に行くと屋台ほどではないけれど、行列ができていた。文化祭特製メニューということで、カニクリームコロッケパンが販売されているらしい。円はそれとおにぎりを買っていた。
どうしよう。迷う。
「お。まだ悩んでる」
ビニール袋を持った円が隣に立って言った。
「ヨーグルトツナパンとかあったぞ」
「あ。うーん、でもやっぱり王道かな」
「王道?」
「これ」
あんパンと牛乳にすることにした。
「良いねえ」
「どこで食べる?」
「どこも一杯だな」
購買の近くのベンチはお昼を食べる人たちでいっぱいだった。校庭近くのベンチの方をのぞくと、イベントをやっていて人だかりができていた。
「そうだね。大賑わいだ」
「何かやってんのかな」
「あ、見て。ピエロ」
中心にいたのは昨日瑛子ちゃんたちが追いかけていたピエロだった。今度は3人に増えていて、音楽に合わせて縄跳びをしている。
「まだ捕まってなかったんだ」
「何あいつら」
「昨日から生徒会の人が追っかけている。無許可でイベントしているんだって。通称、文化祭ピエロ」
「へえ。困った奴らだなあ」
「ところでどこでお昼ご飯食べよう」
「うーん、と」
円は近くの校舎に入っていた。
「こっちにするか」
美術室とかがある1階を抜けて、階段を上がっていく。人の姿は少なかった。2階の音楽室からは琴の音が聞こえてきた。3階の廊下を歩いていくと、使われていない教室があった。
鍵はかかっていなかった。
「昔は普通の教室として使ってたらしいんだけど、生徒数が減ったから持て余してるんだってさ」
椅子からはギシギシと、古そうな音がする。窓からは校庭が見える。さっきのピエロと生徒会の人たちが追っかけっこしている。
「たまに昼休みに使わせもらってるんだ」
「そうだったんだ。いつもどこで食べてるんだろって思ってたけど」
「天道さんには言うなよ。生徒会にバレたら居場所がなくなる」
「言わないよ」
頼むよ、と笑いながら彼はカニクリームコロッケパンの包みをほどいた。その向かいに座って牛乳を飲む。
9月も終わりに近づいて、暑さも徐々に過ぎようとしていた。窓を開けると吹く風が気持ち良い。
「お兄ちゃんは占いって信じる?」
パンを頬張った円が顔をあげる。
「占い?」
「そう。手相とか水晶玉とか」
「ものによるかな。げん担ぎみたいなもんかなと思ってる」
「昨日、占い部の人に占ってもらったの」
「そんな部活あったんだ。知り合い?」
「ううん。たまたま入っただけなんだけど。そしたら運命の分かれ道が近づいているんだって」
「ほー」
彼は顔をしかめた。
「何だ。分かれ道って」
「そこまでは言ってなかったけど」
「なんだ、デタラメか」
「ね。そうかもしれない。それに、もしそんなものがあるとしてもさ」
もしそれが私のすぐ近くに関係することだとして。
「私はずっとこのままが良いなあ」
こういう風に隣にいてくれれば良い。それが良い。
「俺もそう思う」
カニクリームコロッケパンを食べながら、円は窓の外を見ていた。遠く向こうに視線は向いている。「きっとデタラメだよ」と彼は言った。
購買のあんぱんは結構美味しかった。王道にして良かった。
ビニールの包みをゴミ箱に捨てる。
「じゃ行こっか」
「うん」
そう言いながらも視線はまだ窓の外に向いている。ちょっとぼんやりしている。
「どうしたの」
「ん?」
「嫌なことあった?」
考え事をしていたのか、振り向いた顔に影が刺している。
「そうかな」
「ほら。笑って笑って。明日は天道さんとのデートでしょ」
むにいと円のほっぺたを引っ張る。うぐう、と声を出した。
「気合い入れなきゃ」
「デートじゃないって」
ほっぺたを抑えながら、円は黙ってしまった。
「ね。私、3時からやる落語も行ってみたい」
「おう。そろそろ行こうか」
「うん」
まだまだ一緒に見たいものはたくさんある。
教室を出て、並んで歩いていく。
真雛ちゃんたち手芸部は、大きなマフラーを完成させようとしていた。体育館でやる落語会は結構な人だった。後ろの立ち見席で聞くことにした。円は珍しく声を上げて笑っていた。
楽しい。
すごく楽しい一日だった。
今日も運命の分かれ道はなかったようだった。2日目の投票も、天道さんの映画が勝利した。
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