39.ダウト(円)


 恋話なんて言われても、今まで誰かとそんなうわついた話をしたことがない。何せ友達は竹満だけだ。


「つーか、全然勝てる気がしない」


「お兄ちゃん、分かりやすいから」


「そうね。すごく分かりやすいわ」


 浴衣姿のニコと天道さんは余裕の表情だった。


「ちくしょー」


「さあ、早く話して、恋話」


 天道さんが急かすように言った。そう言われても困る。


「何も無いんですよ。俺」


「嘘つけ、あるだろ。ラブレター事件」


「あー。あれ」


 だいぶ前の話だ。

 竹満に言われて思い出す。


「あれを恋話と言って良いのか」


「ほらほら言えよ」


「聞きたい」


 天道さんとニコが身を乗り出してくる。2人ともノリノリだった。


「中学の頃、机にラブレター入れられたことがある」


「わあ。純愛」


「相手は誰だったの?」


 めっちゃグイグイ聞いてくる。


「隣のクラスのやつ」


「行ったんだ」


「行った。全然知らないやつだったから、理由を聞こうと思った」


 校舎裏で待っている、と書いてあった。

 緊張しながら行ったら、その娘はキョトンとした顔をしていた。「あれ?」と不思議そうな顔。 


「間違えて入れたらしい。「ごめんなさい」って言われて帰ってきた。おしまい」


「誰も救われない話ね」


「かわいそう」


「なんか恥ずかしいな、これ」


 実はちょっと期待していたのは言わなかった。


 順番変わって、次に負けたのは竹満だった。


「俺こそ何にも無いんだけどな」


「好きなタイプとかでも良いのよ」


「えーと。そうですね」


 竹満は悩んだように、腕を組んだ。


「大人しい性格で、何かこう深窓しんそうの令嬢って言う感じの人がタイプです」


「ダウト」


「え?」


「ダウトね。竹満くんのそれ。本当は真逆のタイプでしょう。好きなの」


 ボソリと言った天道さんに、竹満はいやいやと首が外れそうなくらい否定した。


「ありえないっすよ。真逆とか」


「顔にそう書いてあるもの」


「まさかあ。俺、昔からそう言ってるし。なあ、マド」


「そうだな。昔から言ってる」


「最近、変わったと言うこともあるわ」


「うーん。そうかな。そう言われると分からないですけど」


「ふふふ」


 意味深に笑った天道さんは「楽しいわね」と次のゲームを始めようとしていた。


 洗いざらい吐かされる気がする。怖い。


「なんかお兄ちゃんと竹満くんばっかり喋らされてるね」


 6ゲームくらいやったところで、ニコがポツリと言った。 


「二人とも弱いね」


「ぐ」


「二人が強すぎるんですよ。何かハンデをください」


「そうねえ」


 竹満の嘆願たんがんに、天道さんはコクリとうなずいた。


「じゃあ2人にはジョーカーを1枚ずつあげる。他のカードの代わりとして使っても良いわ。もちろんダウトにも引っかからない」


「よっしゃ」


「絶対に勝ってやる」


「そろそろニコちゃんの話を聞きたいからね」


「わ。私?」


「もちろん。気になるもの」


 獲物を狙うような目をしていた。


 そういえば、ニコとそう言う話をしたことがない。普段なら聞けるはずもないし。


 気になる。


「4」


 珍しく竹満が一抜けした。


「5」


 手札が徐々に少なくなっていく、代わりに場にはどんどんとカードが貯まっていた。残りのターン数を考えると、次のダウトで勝負が決まる。


「6」


 俺はたまたまカードが揃っている。ジョーカーもあるから負ける気がしない。


 ニコと天道さんのカードは互いに3枚。今のところ、二人ともまだダウトを出す様子はない。ここは様子見が最善かもしれない。


「7」


 天道さんカードを場に置いた。沈黙。すごく空気がピリピリししている。


「あの」


 ニコが声を上げた。


「天道さんダウト、です」


 ひゅう、と竹満が口笛を吹いた。天道さんは無表情で「本気?」と首を傾げた。


「はい」


 ニコはこくんとうなずいた。


 驚いた。


 まさかニコから勝負を仕掛けてくるとは思わなかった。これを外したら、ニコの負けは決定する。


「では」


 天道さんがカードをめくる。


 カードはハートの1。

 ダウトだ。ニコは安心したように「ふう」と息を吐いた。


「私の負けね」


 トランプを場に戻して、天道さんは微笑んだ。


「どうして分かったの?」


「何となくです。そんな顔をしていたから」


「残念。演技には自信があると思ってたのに」


 天道さんはうーんとあごに指を置いた。


「さて。自分で言い出したものの、恋話ね。実はあんまりネタがないの」


「子役時代には、そんな話はなかったんですか」


「なかったわね。事務所が厳しかったし。忙しくてそれどころじゃなかったから」


 竹満の言葉に、天道さんは首を横にふった。


「じゃあ好きなタイプ、とか」


 嬉しそうな顔でニコが聞いた。自分が勝ったからすごくご機嫌だ。


「うーん。そこまでこだわりはないのだけれど」


「筋肉はどうでしょう?」


「あるにこしたことはないけれど、と言うくらいね。ポイントではないわ」


 竹満は残念そうに肩を落とした。


「ああ」


 フッと俺に視線を移した天道さんは、ゆっくりと口を開いた。 


「円くんはタイプね」


 表情を崩して、天道さんは微笑んでいた。


「好きなタイプ」


「は」


 固まる。彼女は構わず言葉を続けた。


「ちょっと目つき悪いけど、優しい人がタイプ」


 あー、と口を開けたニコと竹満に、天道さんは「こんなこと言ったの初めて」と照れ臭そうに言った。


「これで良いかしら。恋話」


「い、良いですけど。あはは。良かったね、お兄ちゃん」


「良かったなあ、マド」


「いやあ。それは。さすがにダウトじゃ」


 俺が言うと、天道さんはトランプで自分の口元を隠した。


「さてね」


 何だこれ。普通に照れる。

 照れているのをさとられたくない。ニコがこっちを見ている気がする。


 なんか気まずい。


「お。おお。次は違うのをやりましょうか」


 竹満の提案で普通の空気に戻る。助かった。


 次は神経衰弱にした。


 天道さんはもう負けなかった。

 俺と竹満はボコボコに負けた。結局夜遅くまでやって、ニコがあくびをしたところで、部屋に帰って寝ることにした。


「タイプだってよ。脈ありだな」


 電気を消したところで、竹満がボソリと言った。

 聞こえないフリをして寝ることにした。 


 タイプか。

 頭の中で天道さんの言葉がぐるぐるして、全然寝られなかった。

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