25.ゴマまんじゅう(ニコ)


 久々に外出をして、すごく気が晴れている。朋恵さんが来られなかったのは残念だけれど、円と歩くのはとても楽しい。いつもより話が弾んでいる。


「そうだ。朋恵さんがゴマまんじゅう買ってきて欲しいって言ってたね。どこが良いのかな」


 水掛みずかけ神社の周りには小さなお店がたくさんある。ゴマまんじゅうが名物らしくて、のぼりを立てている和菓子屋さんがいくつかある。


「母さんの好きな店はあれ」


 円が通りの向こうの店を指さす。通りの外まで人が並んでいた。


「人気店なんだ」


「昔からやってる店で、売り切れてることも多いんだけど。今日はまだありそうだな。仕方がない、買ってやろうか」


 横断歩道を渡って行列に並ぶ。


 和菓子屋さんの店先に立つと、小豆あずきの匂いがふんわりと漂ってきた。食欲をそそる甘い香り。


「ちょっとお腹空いたかも」


 円も同じことを思ったのか、自分のお腹をおさえた。


「ついでに近くで昼ごはんも買ってきちゃおうか。天ぷらおむすびがうまい店があるんだ」


「いっぱいお店知ってるんだね」


「そりゃあ。地元だからな」


 私たちが和菓子屋さんの行列に並ぼうとすると、店員さんが出てきてゴマまんじゅうののぼりを片付けようとしていた。ポスターに売り切れの赤い文字を貼っている。


「ああ。ちょうど売り切れちゃった。残念」


「こればっかりはタイミングだなあ」


「せっかく好きなの買ってあげたかったのに」


「無いものは仕方がないよ。他のところでも構わないし。ゴマまんじゅうはゴマまんじゅうだから」


 諦めて帰ろうとすると、ぺたぺたと売り切れの札を貼っていた白い割烹着かっぽうぎ姿の女性が口を開いた。


「あら。円くん」


 声がしていた方を振り向くと、私と同じ背くらいの女の子が立っていた。


「奇遇ね」


 この人。

 前に円と話してた女の子だ。


「天道さん」


 円が天道さんと呼んだ女の子は、間近で見てもすごく綺麗な女の子だった。割烹着は薄いピンクの花柄でかわいらしい。


 円は驚いたように口を開いた。


「どうしてここに?」


「親戚のお店なのよ。休日は手伝いをしていて。円くんこそ、何をしているの」


「水掛神社に行ってきたんです。合格祈願に」


「ああそうなのね。ひょっとして、そちらの方」


「そうです。妹の合格祈願」


「妹」


 キリッとした視線が私に向く。思わずピクッと身構えてしまう。円は何てことなさそうに言った。


「最近引っ越してきて、今度編入試験があるんです」


「へえ」


 天道さんはジッと私のことを見ていた。怪しんでいるのだろうか。妹だと信じてもらえないんじゃないかな。少し不安になる。


 そんな心配をよそに彼女はすぐに、表情を崩して手を伸ばしてきた。


「はじめまして、天道秤てんどうはかりです。よろしくね」


「あ。こちらこそ、私、ニコって言います」


 くもりのない笑顔で、天道さんは私の手を握ってブンブンとふった。すごく嬉しそうだ。


「つまり、この子が色杏の秘密兵器ってことね」 


「ご明察です」


「すごく綺麗ね。服も素敵。とても良く似合っている」


「そんな。ありがとうございます」


 天道さんは屈託くったくのない様子で言った。良かった。優しい人だ。


 彼女は売り切れのポスターの方を振り返って、パンと手を合わせた。


「ひょっとして、ゴマまんじゅうを買いに来てくれたのかしら」


「そうですけど。もう売り切れですよね」


「いえ。ちょっと待ってて」


 いそいそと天道さんは店の中から、爪楊枝と紙皿を持ってきた。真っ黒なまんじゅうの切れ端がのっている。


「はい新作。黒ゴマまんじゅう。食べてみて」


 写真に載っているゴマまんじゅうよりも色が濃い。


 いただきます、と言って口に入れる。強いゴマの風味が口の中に広がる。甘すぎなくて、いくらでも食べられる気がした。


 すごく美味しい。


「お、これ。うまい」


 円は大きくうなずいた。


「普通のやつより好きかも」


「甘さを控えめに。ゴマの風味を強くしたの。ニコちゃんはどうかしら。口にあった?」


「はい。とても美味しいです」


 天道さんは「良かった」と微笑んだ。


「どうかしら。買う?」


「商売上手ですね。まあ買いますけれど」


「どうも。毎度あり」


 嬉しそうに言うと、彼女は六個入りの箱を私に渡してくれた。


「これ、おまけね」


 小さな紙袋には普通のゴマまんじゅうが入っていた。 


「私が練習で作ったやつで、お店には出せないけれど」


「良いんですか」


「もちろん。編入試験がんばってね」


 紙袋はまだほんのりと温かった。香ばしい良い匂いがする。天道さんは円に声をかけた。


「期末考査が終わったら、映画の話をしましょう。それじゃあ。またね」


 ひらひらと手を振る天道さんと別れる。見た目よりもずっと話しやすくて、良い人だった。今度は天ぷらおむすびのお店まで歩いていく。


「天道さん、良い人だね」


「ああ、うん。悪い人じゃない。変な気使わなくて良いし」


「どことなく色杏先輩と似ている気がする」


「だよなあ。俺もそう思う。天道さんの方が人格者だけれど。あの2人実は幼なじみなんだよ」


「え。そうなの?」


「そうそう。で、今度の文化祭でどっちが良い映画撮れるか勝負するんだってさ」


「楽しそうだね」


「俺も誘われた。この前なんて、家の近くまで付いてこられて勧誘してきたんだ」


 苦々しげに彼は言った。

 バス停のことを思い出す。あの話はもしかしたら、映画のことだったのかもしれない。


 今なら聞ける気がする。


「ねえ。もしかして」


 すぐ隣を歩く彼に声をかける。


「天道さんって、お兄ちゃんの彼女じゃないの」


 まさか、彼がおかしそうに笑う。


「そんなバカな」


「本当? 仲良さそうだったのに」


「いやいや。彼女なんていないよ」


 なーんだ、と言葉を返す。

 円は「なんだよ」と笑っていた。上機嫌そうに前を向いていた。私も麦わら帽子を少し上げた。梅雨明けした青い空が見える。


 なんだかモヤモヤしていたのがバカみたいだった。


 家に帰ってゴマまんじゅうを食べた。天道さんが作ったまんじゅうはほんのり甘くて、美味しかった。

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