14.初めての友達(ニコ)


 朋恵ともえさんは仕事に行ってしまって、まどかも学校に行った。


 1人きりだったので、お昼ご飯はカップ麺で済ますことにした。昨日までは円と一緒に過ごしていたので、何だか1日が長く感じる。


 ちょっと寂しい。


 掃除と洗濯は午前中で終わった。午後からは本屋に行こうと思って、円に本屋の場所を教えてもらっていた。スマホは一応持っているけれど、Wi-Fiがないと使えないので迷わないようにしないといけない。


 黒いキャップをかぶる。


 今日も良い天気だった。


 この街の空は好きだ。いつもみ切っていて青い。前の家はくもりの日が多かった。雪ばかりだったし。


 アパートの階段を降りていく。この辺の地理にも少しだけ慣れた気がする。


 向かいのお家はサボテンを育てていて、そこを右に曲がるとスーパーが見えてくる。路地裏をたまに三毛猫が散歩している。首輪をつけているから、多分誰かが飼っているんだと思う。


 大通りまで行くと、駅が見えてくる。

 駅ビルの中に本屋があると言っていたので、エスカレーターで上がる。


 本屋の看板があった。平日だからか、そんなに人はいない。

 良かった。迷わないでついた。


「参考書は……」


 編入試験は英語、数学、国語と小論文と面接。


 英語と数学は問題ないと思う。国語と小論文があまり良くなかった。8歳までいたので日本語を喋るのには慣れているけれど、文章を書くのがあまり上手ではない。


「どれが良いんだろうな」


 分からない。

 そこそこ大きな本屋だったので、参考書がたくさんあった。内容を見ても違いが分からない。とりあえずベストセラーと帯のあるやつが良いのかもしれない。


「あ」


 手を伸ばした先に、別の人の手があった。ちょんと触れて、慌てて引っ込める。


「すいません」


 その場から離れようとすると、背の低い女の子が私の顔をのぞき込んでいた。 


「こちらこそ」


 ペコリと彼女は頭を下げた。

 彼女は高校の制服を着ていた。白い夏服のシャツとリボン。大きな黒縁のメガネをかけていて、髪をおさげにしている。


 何と言ったら良いか、私が固まっていると向こうから声をかけてきた。


「受験生ですか?」


「あ。はい」


「熱心だね」


 明るい声で彼女は言った。


「夏休みに勉強しない子多いのに」


「いえ。実は編入試験なんです」


「あら。てことは、ひょっとして、うちの高校?」


 私がうなずくと、その人は「そうなんだ」と嬉しそうに微笑んだ。私が手に取ろうとした本に視線を送った。


「小論文苦手なの?」


「書くのがあんまり得意じゃなくて」


「そうだよね。海外から来たら分かんないよね」


「えっと」


 指摘されて、帽子を改めて被り直す。


「やっぱり分かります?」


「ん?」


「ハーフなんです。日本に来たのは最近ですけど」


「あー」


 彼女は大きくうなずいた。


「うん。分かるよ」


「ですよね」


「嫌いなの? 自分の髪?」


「うーん。黒かったならなあって思う時はあります」


 染めようとした時もあったけれど、かえって変になりそうでやめてしまった。


「悪目立ちしちゃうんです」


「せっかくきれいな髪しているのにもったいない」


 そう言われると、ついこの間の円との会話を思い出した。


「どうかした?」


「いや。前にも同じことを言われたことがあって。なんか嬉しくなっちゃって」


「彼氏?」


「彼氏じゃなくて家族です」


「へえ」


 ほがらかな笑みを見せた彼女は、参考書の並ぶ本棚から青い背表紙の本を取り出した。


「小論文の参考書。これがおすすめ」


「あ。ありがとうございます」


「練習問題やって、ちゃんと添削てんさくすればすぐにできるようになるよ」


 パラパラとめくってみると、確かに分かりやすかった。


「私で良かったら添削するけど」


「良いんですか」


「もちろん。これからやる?」


 自信満々と言った感じで、彼女は自分の胸を叩いた。


「これでも全教科、学年一位なんだ」


「すごい。でも時間とか大丈夫なんですか」


「良いの。ここで会ったのも何かの縁だよ」


 駅ビルの下にカフェがあって、彼女もそこでたまに勉強しているらしい。


「私、ニコって言います」


「私、花紙色杏はながみしあん。これからよろしくね」


 2人でショッピングモールを歩いていく。色杏さんは、すごく話しやすくて面白い人だった。


 友達になれそうな気がする。


 今日は何だか、良い日かもしれない。 

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