夕暮れと雨
春嵐
α
ときどき、声が出なくなる体質だった。
どもるよりはいい。喋れないものだと思って、生きていけばいい。そんなことを考えながら、日々を過ごす。
喋りたいことも、伝えたいことも、特にない。好きなひとはいるけど、そもそも声とか以前に、思いを伝える勇気がない。
夕方になると、海辺まで歩いていって、夕暮れを眺める。海面に沈んでいく、この夕陽が。どうしようもなく好きだった。なぜ好きな考えてみたら、なんとなくのどぼとけっぽい形だからという、しょうもない理由に行き着いた。眺めていると、落ち着く。
しばらく眺めていると、わたしの好きなひとがきた。隣にちょこんと座る。わたしは喋れないし、そのひとも、喋らない。ただ、ふたりで、ずっと夕陽を眺める。それだけ。
わたしの好きなひと。なんでここにいるのだろう。わたしがここにいるって、わかったのかな。
夕陽。ゆっくりと、沈んでいく。
首筋に。ちょっとだけ冷たい感覚。
雨が降ってきた。
夕陽が見えるのに。
真上の空は、曇っていた。夕陽が反射して、真っ紅に染まっている。
わたしの好きなひと。待ってましたとばかりに、折りたたみの傘を開いた。わたしの上に、それが来る。雨が傘に当たる音。夕陽。
わたしの好きなひとが濡れてしまうので、肩がふれないぎりぎりまで、寄り添った。折りたたみの傘は小さい。
いま、抱きしめられたら。わたしは、喋れない。抱きしめられるままになる。このまま抱きしめてほしいという気持ちと、声をあげられないときに抱きしめられたくない気持ちが、交錯する。
傘と。
夕陽と。
雨が。
わたしと、わたしの好きなひとの。周りの全て。
このまま。できれば、この肩がふれないぎりぎりの距離で。ずっと、このままでいたい。無理だって分かってる。声が出るか分からないし、抱きしめられるかもしれないし、夕陽は沈んでいくし。雨だし。
この不安定のなかで、何か、自分の力ではどうしようもないものに晒されてしまうような。そんな気持ち。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます