力が欲しいかと聞かれたので「はい」と答えてみた

どく・にく

#1 隠鬱

 



 早朝。俺は重たい脚を動かしながら、とある施設へ向かっていた。

 何時も通る道、一体何時からこんなにも暗いものになったのだろう。

 背負う大型のリュックサックが、日に日に重くなって感じるのは何故なのだろう。

 朝のさっぱりとした冷たい風に軽く身震いしつつ、俺は目的地へと辿り着く。

 ここは冒険者ギルド。

 謎多き迷宮、『ダンジョン』の探索や獰猛どうもうな怪物、『魔物』を討伐する冒険者と呼ばれる者達の同業者組合だ。

 木材で出来た大きな扉の前で、周りに誰も居ないことを確認し、手で顔を揉みくちゃにして、わざと可笑おかしく歪めてみせる。


「……よし、切り替えてこう」


 誰にも聞こえない小さな声で呟く。

 ふぅ、と溜息を吐いて、ドアノブへと手をかける。

 また一段と、ドアノブが重たくなった気がした。

 扉を開けて、中へ入る。まだ朝だと言うのに、ギルドの中は熱気、酒気で溢れていた。

 多くの冒険者達がひしめき合い、まるで祭りでもあるのか、それとも大事件があったのかと思わせんばかりの雑踏だった。

 これが日常。これが冒険者。

 俺はなるべく目立たない様に、ギルドのカウンターへと足を運ぶ。


「おい、あれ見ろよ。また万年E級が歩いてるぜ」


「え、アイツまだ冒険者やってんの?」


「馬鹿お前、3年も昇格してないのに辞めない奴が簡単に辞めるか? きっとジジイになるまでE級だぜ、ギャハハ!」


「そいつァ傑作だ! アハハハッ、!」


 もうこの会話も聞き飽きた。慣れた物だ。

 カウンター横の掲示板は、既に人集ひとだかりが出来ている。俺は遠巻きに目を凝らしながら、難易度の低そうな依頼を探す。


「死ぬまでにはDに上がれると良いなッ、ファズ君!」


 俺の肩にドン、と衝撃が走り、酒臭さの混じった大きな声が耳元で発せられる。先輩冒険者だ、確か俺の13上の。

 ニヤニヤと嗤うその顔は紅くなっていた。こんな朝から呑んでるのかと少々呆れるが、それが表情に出ないよう必死に抑える。


「そうっスねぇ! でも上に先輩がいると試験のハードル上がっちゃうしな〜。そうだ、先輩の冒険者のコツ教えて貰えないッスかね? 俺その情報元にS級なるんで」


「は? てめぇなんかに教えてやるほど暇じゃねぇんだよ、お前より上級だからな! ガハハハハハッッ! Sとか無理無理お前、頭湧いてんじゃねぇの?」


「アハハハハハハッ、湧いてるかも知れないッス!」


 そう大笑いしながら、教えないはずだったコツ……と言うより武勇伝を呂律ろれつの回らない舌で饒舌に語り出す。

 一通り喋って気分が良くなったのか、じゃあな無能と言葉尻に吐いて去って行った。


「遅くなったか、早くしないと昼になる……」


 長話を聞いていたお陰ですっかり人気が無くなったカウンターで、残った依頼達の中から荷物持ち『パッカー』と呼ばれる役割のメンバー募集を探す。


「やっぱり活きのいい初心者が取ってったか、始めはみんな元気良いもんなぁ……」


 自分も昔は……と、また暗い感情が頭に過ぎる。陰鬱な考えを、無理矢理に別の事を考えて無視する。

 そもそも、パッカーを態々わざわざ依頼する事はまれだ。大抵は専属パッカーが居るか、必要と思わないか。荷物持ちなんてそんな物だ。

 駄目だ、また気分が下っている。

 そんな訳で、残るのは必然的に荷物持ちに払う金を持っていて、尚且つ人気が無い人物からの依頼となる。


「これしか無いか……」


 顔をしかめそうになるのを必死にこらえ、指定されている番号のテーブルへ向かう。

 ギルドの掲示板には、大きく分けて二つの依頼が張り出されている。

 魔物討伐や素材採集等のギルド外からの依頼、そしてメンバー募集等のギルド内からの依頼だ。

 ギルド内の依頼は自由に貼り出せるし、一々カウンターを通す必要も無い。

 気紛らわせにそんな事を考えていると、見覚えのある顔ぶれが朝食を取っていた。


「おはようございます、パッカーの依頼受けたいんスけど……」


「チッ、んだよ、また無能のファズかよ!」


「マジ無理! なんで毎回毎回アンタみたいな足でまといしか来ないの? パッカーでももっとマシな奴くらい居るでしょ?」


 手厳しい歓迎をしてくれた彼等はパーティ『金の狼』。

 舌打ちをしていた金髪の中肉中背の男性が前衛・剣士のディールさん、俺に苦言を呈した尖り帽子に桃髪の女性が後衛・魔術師のイーズさん。


「どうでも良いけどよ、お前足遅せぇんだよ。その癖スキルで逃げ足だけはちょっと早くなりやがって。遅れたら殺すぞ?」


 そして、このやたらと高圧的な緑髪の死んだ目をした背の低い男性が中後衛・弓手兼斥候のガリーラさんだ。


 この世界には、スキルという物が存在する。

 スキルは5歳の頃、神から与えられる。

 普通、スキルの数は一個から最大三個。

 このスキルにはレベルと呼ばれる強さの指標のような物があり、平均的なスキルのレベルは、35。最大で10レベルまであるとされており、童話に語り継がれる英雄は、そのレベルⅩだったらしい。

 レベルというのは不変で、どれだけ努力しようがレベルの上昇はしない。一説にはその人の才能を開花させたのがスキルと言われていたりするが、真相は分からない。

 ではそのスキルは一体全体何をするものなのか。それは超常の力を発揮するものだ。

 例えば【剣術】のスキルならば剣の扱いが上達したり、例えば【暗視】のスキルならば暗闇も良く視えるようになったりする。

 俺は最低レベルのレベル1だ。しかもスキルの数は最低数の一個で、そのスキルも【脱兎】と言い、「何かから逃げる時に俊敏に動ける」能力という何とも情けない物だった。

 この世界ではスキルは全てだ。

 強いスキルを持つ者が上に立ち、俺みたいな使えないスキル持ちは侮蔑の対象なのだ。


「い、いやぁ、御三方とも元気そうで何より……」


「何よりだァ?! こっちはお前がトロい所為で金欠なんだよ、金寄越せカス!」


 まぁ、事実だ。様々なスタイルを試したが、俺はどの武器の扱いも熟達しなかった。魔術に至っては使えるのは小石を作る物以外、発動すら出来なかった。

 だからせめてパッカーとして生計を立てている。がしかしいくら鍛えても限界というか、伸びづらいというか、そういう物にぶち当たってしまう。

 だから荷物を持った状態では、魔術師等の後衛にすら劣る速度でしか移動出来ず、どうしてもパーティに迷惑を掛けてしまう。


「そうっスよね……でも俺も今月ピンチでしてぇ……」


「チッ、湿気てやがる」


 ルシルさんは娼館、イーズさんはホスト、ガリーラさんはギャンブルに良く入り浸っていると聞くが……まぁ態々ここでそれに言及して揉める必要も無いだろう。


「いやぁホント、何時もお世話になってます……」


「ゴミが!」


「もっとイケメンが良かったー!」


「チッ」


 態度が悪く嫌味ったらしい性格の人達だが、こんな雑魚を雇ってくれる人もそうそう居ない。逆に言えば彼等の素行不良の所為で、逆に俺みたいな奴しか回って来ないとも言えなくも無いが……。

 そこまでして彼等が荷物を持たない理由、それはきっと面倒臭いからだ。男二人は動き回る役割だけあってなるべく軽装で居たいのだろうが、イーズさんはただただ重い物を持ちたくないという側面が強い。

 互いににやむを得ない、という事だ。


「そろそろ時間だ。ルシル、イーズ、行くぞ」


 コールに安定の俺ハブリを交えつつ、俺は三人の後を着いて行く。今日の依頼は新しく発見されたダンジョンの捜索だ。どう見ても難易度が高めの依頼だが、これしか無いのでしょうが無い。彼等も恐らく本当に金欠なのだろう。

 俺はまだ見ぬダンジョンに若干の不安を覚えつつ、目的地最寄り村までの馬車へと乗り込んだのだった。






To be continued…

『#1 隠鬱』

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