襲撃者の影 2

 時刻は既に日付を跨ごうとする時間。リタは自室にて改めてラキから話を聞いていた。


 ユミアは意識こそ戻らないものの、傷の治療は完了している。今夜は念のため、教員たちが交代で医務室を見張ってくれるらしい。


 治療を終えたリタは、エリスと共に遅めの夕食を済ませた。尚、キリカは既に帰宅している。その間、ラキは学院長室で事情を話していたようで、今は二回目となる。多少は落ち着いたのか、順を追って話を聞くことが出来た。


 ラキとユミアは、今日の放課後、寮で必要なものを買い出しに街に出ていたらしい。ラキ曰く、学院を出た時点から、纏わりつくような視線を感じていたが、まさか街中で手出しをされることは無いだろうと気に留めなかったという。実際に、ロゼッタが話していたように、学院生がトラブルに巻き込まれるケースが多いことは認識していたものの、ラキ自身、自分が居ればどうにでもなると慢心していたようだ。


「すまん。ユミアがしきりに気にしてたんだけどよ、オレは大丈夫だって言ってたんだ……」


 沈痛な顔でラキは呟く。ユミアは何らかのタイミングで、恐らくこちらを伺っている人間を認識してしまったようだ。何かをラキに伝えようとしていたが、ユミアは元より気が弱いところがある。心配性な奴だと相手にしなかったらしい。


「ちょっと出店を眺めてただけなんだ。急にユミアの姿が消えたかと思ったら、路地裏から悲鳴が聞こえて……この様だ。ユミアを置いて、追う訳にもいかねーし。けど、学院付近で助かったのかもしれねーな。すぐに衛兵が駆けつけて運んでくれたからな」


 そう言い切ったラキは、頭を掻き毟りながら大きく息を吐いた。彼女の顔には疲労が色濃く浮かんでいる。リタは、どんな言葉を掛けていいか分からなかった。


「ラキ……」


「ああクソッ! 情けねー奴だって笑ってくれ」


 ラキはそう言って渇いた笑みを浮かべた。確かに慢心していたのだろう。自分ならどうだっただろうか。どちらにせよ、目の前の彼女の表情を見て嘲笑することなど、出来る筈も無かった。


「ラキちゃん……。今日は、とにかく休んで。ね?」


 エリスは、ラキの手を両手で包むように握って優しく諭している。妹も、きっとユミアのことを心配しているに違いない。エリスが医務室に入室した時には治療は終えていたものの、血の海を見て動揺していたのをリタは思い出した。


 どちらにせよ、自分がやるべきことは決まっている。キリカがもし、標的になったらどうだろうか。妹が怪我をさせられたらどうだろうか。これ以上、友人たちが傷つけられたなら――――。


 キリカと想いを伝えあって、気が抜けていたのだろうか。もしくは、平和で楽しい学院生活に知らずに毒されていたのだろうか。


 リタは唇を噛む。自分も認識が甘かったのだ。ロゼッタの話を、何処か他人事だと思っていたのは事実。今日はどうにかなったが、この世界において人は簡単に死ぬのだ。それを改めて思い知ったリタは、静かに決意を固めていた。


「――――お姉ちゃん、何を考えてるの?」


 そんなリタの様子を察したのか、エリスが強い視線で問いかける。これは、誤魔化せそうにないとリタは思う。特段、誤魔化す必要も感じないのだが。


「平穏な学院生活を取り戻すための方法、かな?」


 リタの言葉に、エリスは肩をすくめつつ頷いた。


「私も、手伝うよ。お姉ちゃんだけに任せると、碌なことにならないし。それに、私だって怒ってるんだよね、流石に」


「リタ頼む、オレも――――!」


 エリスに続いて、ラキが懇願するような声を発した。出来れば、あまり大人数で動きたくない。ロゼッタとも話したが、今回の襲撃者の裏にいる存在を炙り出したいのだ。そのために、必要であらば手段を選ぶつもりは無かった。


「本当はさ、私一人で動こうと思ってたんだけど――」


 リタはそんな言葉を発しつつも、殆ど心は決まっていた。目の前の二人の気持ちだって、痛いほどに分かるからだ。


「まぁでも、自分で言うのも恥ずかしいけど、私はあんまり頭が良くないからさ。手伝って貰おうかな?」


 リタの言葉に二人が頷いたのを確認し、その夜は解散となった。




 翌日の放課後、リタはすっかり元気を取り戻したユミアと学院の廊下を歩いていた。自分で治療したから分かっていたとはいえ、やはりこうして元気な顔を見ると安心するというものだ。


「ユミア……、囮になるなんて本当にいいの?」


 リタは、無邪気に笑う彼女にそう話す。ユミアは目を覚ますと、治療したリタに凄く感謝してくれた。別に、友人の為に力を使うことなど、当然のことだというのに。


 リタや友人たちの話しぶりから、何をするのか察したのだろう。ユミアは自ら囮になると言い出したのだ。


「いいんです。……本当は、怖いですけど。あ、でもラキちゃんには内緒ですよ? ふふ」


 ユミアの真っすぐな視線に、リタは少し狼狽える。内気な少女だと思っていたが、中々芯は強いようだ。


「ありがとう、ユミア。絶対に、傷つけないから」


「こちらこそありがとうございます、私の我儘に付き合ってくれて。――ラキちゃんが、気にしてくれるのは嬉しいんですけどね……。あんなに自分を責めてるのは、見てられないじゃないですか? 私が弱かっただけなのに、自分のせいだって。エリスちゃんも凄く心配してくれましたし、あとキリカ様とか他のお友達も。……それに、これで私みたいになる子が出なくなるのなら、怖いのだってへっちゃらです!」


 ユミアはそう言って恥ずかし気に笑う。本当に、私たち姉妹は友人に恵まれているとリタは思った。同時に、彼女を傷つけようとした存在への怒りも。


「……ユミアは、やっぱり強いよ」


「褒めても何も出ませんよ!?」


 二人は笑い合うと、とある教室へと急いだ。




 空き教室に集まったのは、七人の生徒達だ。姉妹に加え、キリカ、ラキ、ラルゴ、ミハイル、そしてユミアである。尚、ラルゴとミハイルには事前に事情を話してある。リタ以外の六人は、思い思いの椅子に着席している。リタは、扉を施錠すると遮音の結界を張った。学内での魔術行使だ、ロゼッタには補足されているかもしれないが、何か言われたところで構うものか。


「よし、全員揃ったね」


 リタの言葉に、それぞれが頷いたのを確認すると、リタは教壇に立って声を張り上げる。こういうのは、やっぱり気分が一番大事なのだ。


「諸君――、良く集まってくれた。作戦概要を説明するッ!!」


 リタの大声に、ユミアが肩をビクッと震わせたのが見えた。リタは、少しだけ声のトーンを落としつつ続ける。


「まずは、情報共有といこうかな。ユミアから聞いたけど、襲撃者は二人組の男。どちらも長身で、くすんだ金髪。少なくとも片方は、首に膨らんだ痣があって、隠してるみたい。もしかしたら、ユミアがそれに気付いたから襲われたのかもね」


 リタの言葉に、ユミアは頷いた。刺された時のことを思い出したのだろうか、微かにユミアの表情に恐怖が浮かんだようにも思えた。リタは笑顔を作ると、わざとおどけたように話した。


「ユミア、最初に謝っておくね。多分初めて会うと思うんだけど、今日のデートの相手は残念ながらそこのラルゴなんだ」


「よ、よろしくお願いします」


 ユミアは立ち上がってラルゴの方を向くと、ぺこりと可愛らしいお辞儀をした。


「おう、よろしく」


 ラルゴが軽く右手を挙げそれに応えた後、二人は簡単に自己紹介を交わした。ユミアは囮、ラルゴは護衛だ。今日はデートを装いつつ、昨日襲われたユミアが元気な姿を見せることで襲撃者の興味を引く作戦だ。どういうつもりであの術式を使ったのかは分からない。だが、殺すつもりだったのなら止めを刺さなかったほどだ、よっぽど術式に自信があったに違いない。間違いなく何らかの反応は示すだろう。


 ユミアは男の子が苦手だと言っていたが、今回に限っては配役上仕方が無かった。それに、逆に初々しさが相手の油断を誘えるはずだ。


「ラルゴ? ユミアが可愛いからって本気になったらダメだよ!?」


 リタの笑みに、ラルゴは慌てたように答える。


「わ、分かってるって!」


「分かってるならよし! ラルゴの最優先目標はユミアの護衛。絶対に、傷一つ付けさせないこと! 腕の一本や二本、斬り落とされても私がくっつけるから死ぬ気で守るように!!」


 リタの言葉に、ラルゴは無言で頷いた。今日はちゃんと、本気の顔をしている。リタはそれに満足しつつ続ける。


「ミハイルは、二人から距離を取りつつ、勘付かれないように周囲の警戒を実施。同じく最優先目標は、ユミアの護衛とする。襲撃された場合も、基本的に積極的な交戦は避け、常に安全な撤退ルートを確保すること」


「任せといて」


 ミハイルは自信たっぷりに頷いた。


「男子二人は、状況に応じて第二種戦闘装備を使用すること! 事前に全限定を解除しておくから、街中で暴発させないように」


 リタの言葉に、二人は引き攣った笑みで頷いた。どちらにも、リタ謹製の近距離戦闘武装を手渡してある。これで、まず死ぬことは無いだろう。


「次に、エリスとキリカ。二人は、襲撃者の捕捉と監視をお願い! 必要に応じて交戦してもいいけど、絶対に深追いしないように。勿論、あえて泳がせるためにね。その後の行動は、別途指示する!」


 リタの言葉に、二人の少女は頷いた。特に緊張している様子も無い。襲撃者自体の技量は、そこまで高くないことが予想されるためだ。とはいえ、彼女たち二人が組んで動けば、よっぽどの敵でもない限り余裕であろう。


 リタは、ラキに視線を向けると、気を引き締めつつ話を続ける。


「諸君……恐らく、襲撃者の技量とユミアに仕掛けられた術式の完成度が余りにも乖離していることから、襲撃者に何らかの指示を出している黒幕がいると予想される。私とラキは、その黒幕の捕獲を最優先目標として動く。作戦詳細は、状況に応じて立案する。……ラキ、覚悟はいい?」


「当たり前だ」


 ラキは、眉尻を吊り上げてそう答えた。今更覚悟を問うリタに、少しイラついたのかもしれない。だが、聞いておかなければならないことであったのだ。


「よし、こんなところかな。ユミア、細かいルートはラルゴが把握してるから、先に着替えておいで。エリスとキリカはユミアを着飾ってあげて。……ラルゴもちゃんとお洒落してよね? ミハイルは、武装を用意。――――それでは、一時間後に再集合。解散!」


 リタの声で、ラキ以外の五人は次々に教室を出て行った。無言で唇を噛むラキに、リタは声を掛ける。


「ラキ、皆の前では言わなかったけど――――」


「分かってる」


 ラキは、何処か遠くを見るように窓の外へと視線を向けた。きっと彼女も、あの感覚を知っているのだ。人の命を奪う感触を。


「……そう。いざというときに、迷わないならいいよ。分かってるだろうけど、迷ったら死ぬからね。私は、ラキにだって傷ついて欲しくないからさ。でも大丈夫。万が一、本当にどうしようもない時は、私がやるから安心して?」


 何かを言いたそうなラキに、リタは溜息をつくと頬を叩いて気合を入れなおす。


(ねえ、キリカ。君はこんな私を狂ってるって言うかな? 勿論、これからも出来る限りの努力はする。でもね、私は大切なものを奪われるくらいなら、自ら奪うことを選ぶよ。これだけは、譲れないんだ)


「ラキ、私たちも準備を始めようか」


 そうして、リタはラキと共に準備に取り掛かる。彼女たちの長い夜は、こうして始まったのだ。

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