ステゴロは得意分野です 2

 言うまでも無いが、学院の訓練場はとても広い。それは、リタの所属する仮クラス四組の四十名強の生徒たちが十分な間を取って整列していたとして、その十分の一も占めないことからも明らかであろう。


 爽やかな春の陽気をバックに、生徒たちは各自の武装の具合を確かめる。個人で武器を持ちこんでいる者もいれば、訓練場に置いてある学生用の武器から選んでいる者もいた。流石に、全身鎧などを装着するような生徒は居なかったが、革製の胸当てなどを装備している生徒はちらほらと散見される。


 実技の授業においては、基本的に専門の指導教師が付く。この日は、初日ということもあって数名の教師たちが、各専門の選択科目の説明なども同時に行っていた。セシルも訓練場に来てはいたが、観客席の方で書類を眺めているだけだ。


「――――ということで、聞いているとは思うが諸君には早速模擬戦をしてもらう。ルールは来たる武闘大会と同様とする。それを見ながら、我々が必要に応じてアドバイスを実施する形での進行となる。ここに居る人間の中で、誰かを蹴落とさなければ、諸君が学生生活を続けることは出来ない。だが、これは同時にチャンスでもある。かの英雄ミグルも、最初は凡人、いや落ちこぼれであったと聞く。努力で、栄光を掴み取ったということだ。――準備が出来た者から、最初の模擬戦の相手を決めよ」


 大剣を担いだ、大柄な男性教師が低い声でそう発した。生徒達には緊張が走る。それぞれが、多くの想いを抱きながら相手を探す中で、リタはラキと目を合わせて笑い合った。


 二人は無言で訓練場の端に向かって歩いていく。どうやら、多少の注目を浴びているようだ。だが、そんな視線も、教師たちの急かす声で霧散していく。


 間もなく開始の合図が鳴るだろう。リタは静かにミスリルの長剣を隅に置いた。


「いいのか?」


 ラキがそんな言葉を掛ける。何処か不機嫌そうな顔でもある。


「うん。ラキもこっちの方が得意なんでしょ?」


 リタは真っすぐに右の拳を突き出すと、ラキを見据える。


「そうだな。だが、舐めてもらっちゃ困るぜ?」


 ラキも肩をすくめて笑うと、ガントレットを地面に置いた。


「そっちこそいいの?」


 折角だから、使っても良かったのに。そう思いながらも、リタは挑発するように、首を傾げながらラキに問う。


「ああ。拳で語り合おうじゃねーか」


 彼女の何処か少年染みた笑顔が、とても素敵だとリタは思った。彼女は純粋に戦うことが出来る人間だと。一切の遠慮も、躊躇も、しないでくれる人間だと、分かったからだ。


「いいね。素手喧嘩ステゴロ、私の得意分野のひとつなんだ」


 そんなリタの言葉に、ラキは頷くと、両手を前に構えた。リタも半身になると、右足を引き、重心を低く保つ。


 リタは、鼓動が高鳴るのを感じていた。ラキの表情を見る限り、余程格闘術には自信があるのだろう。普段の体裁きを見ていても、十分にそれが伝わってくる。


 だから、わざわざ武器を置いた彼女の気概に、リタも応えたくなった。魔術も、身体強化も一切使わない。ただ、自身の経験と、判断能力と、この身体の純粋な性能だけで打ち破りたいのだ。

 その程度が出来なくて、ノルエルタージュを守るという覚悟を持つのはおこがましいと、そう感じた。


 二人の間に、徐々に緊張が高まっていく。


 やがて、初戦の開始を告げる笛の音が、訓練場に響いた――――。



 ――――動かない、か。

 リタは瞬きをせずに、ラキを見つめていた。既に、訓練場のあちこちで金属音や悲鳴、怒号が響いている。ラキは、静かにその四肢を揺らしながら、感情の無い目でこちらを見ているだけだ。


(いつもだったら、待つところだけど……たまには、こっちから行こうかな)


 リタは一瞬だけ踵を浮かすフェイントを入れる。ラキは、動かない。――いいね、滾るよ。

 口元が吊り上がる。ラキが微かに右に揺れた。


 交錯は刹那。二人は同時に駆け出していた。ラキは流れるように拳を繰り出す。思っていた軌道と全く違う曲線を描き迫る拳。


(どんな関節してるんだか!)


 見たことも無い、その武術に驚きつつもしっかりと首を振って躱す。追随するように伸びる彼女の右腕を、左の掌底でいなす。続けて腹部目掛けて、まるで腕か伸びたかのように迫る左の拳には、対処しないことに決めた。思い切り、腹部に力を入れて受ける。


 ラキは、その様子に一瞬驚いた表情を見せるも、その勢いが衰えることは無い。腹部に衝撃と共に突き刺さるラキの拳。


 だが、その程度で怯むことなど、殺し合いでは許されない。

 たとえ模擬戦であろうと、一歩も引いてたまるか。両脚はリタの身体をラキの勢い以上に前進させる。


 そして、ラキの顎を、振り抜いたリタの右腕が粉砕した。


「あッガ――――!」


 脳を揺さぶられたからか、ふらつくラキを静かに見据えながら、リタは数歩後退した。そして、回復魔術を行使する。砕かれた顎骨が再生すると、その具合を確かめるように左手でさすりながら、ラキは言葉を発した。


「クッ……ありがとよ! あの一発で沈むと思ってんだがな……大体お前、その身体のどっから力が湧いてんだ?」


 リタはただ無言で、もう一度構えを取る。そんなに時間があるわけでは無い。彼女の技を、工夫を、もっと見たいのだ。その様子を見たラキも、少し悔しそうな表情で、仕切り直しとばかりに最初と同じ構えを取った。


「すまねーな、まだ舐めてたみてーだ。行くぞ? リタ」


 ラキは爆発的な加速でリタに迫る。先の一撃が大分堪えたのだろう。彼女の両手、両足がリタの急所に向かって繰り出される。その連撃を正確に捌きながら、リタはじっとラキの隙を伺う。


 速度も、練度も、かなりのものだ。恐らく、幼いころから徹底的に叩き込まれてきたに違いない。こちらが繰り出そうとする攻撃に対し、尋常ではない反射速度で反応している。


(だったら、知覚外の一撃を打ち込むだけだよね!)


 ラキの呼吸は一定のリズムを刻んでいた。力を入れる必要があるときには、しっかりと息を吐き出している。だが、重い一撃を放った後のほんの一瞬。そこに、彼女の動きが停止している瞬間がある。


 間隙を縫うとは、このことだろう。リタはそんなことを思いながら、慎重にタイミングを計る。そして、ラキが息を吐いて強烈な蹴りを放った瞬間、それを交差した両腕で弾きつつ、右足でラキの首を蹴り抜いた。


 そのままラキは顔面から地面に倒れ込む。流石に首をへし折るほどの力は入れてないが、想定通りの知覚外からの一撃だ。かなり効いただろう。


 だが、受け身も取れずにうつ伏せで倒れたラキに、同情するのは失礼というものだ。彼女も、戦いの道を選んだ人間なのだから。


 ラキは苦しそうにもがきながら、砂まみれの顔を拭うこともせずに立ち上がる。


「いってぇな……本当に貴族令嬢かよ?」


「一応ね」


「本当に――面白い奴だ!」


 ラキは歯を剝き出しにして凶暴な笑みを浮かべると、駆け出していく。


 ――――彼女は、終了の合図が鳴り響くまで、何度も倒れ伏し、その度に立ち上がった。

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