ステゴロは得意分野です 1

 リタが王立学院に入学して一週間が経った。


 相変わらず、最大の関心事と言えば食事や友人と過ごす時間であった彼女にとっては、座学の授業などというものは退屈な時間に過ぎなかった。いつも窓際の席でアンニュイな表情を浮かべながら校庭を眺める彼女の姿は、正に深窓の令嬢である。


 最初こそ、慈善学校でも味わったように、前世で経験の出来なかった学び舎の空気に胸を躍らせていた彼女ではあったが、それでも一か月とその気持ちは続かなかったようだ。


(やっと今日から実技の授業が始まるのか……)


 そう、一週間の座学と安全訓練を経て、ようやく実技の授業が午後から実施される予定である。まだ、武器種別などに応じた専門の選択授業では無く、クラス別の授業ではあったもののリタにとっては非常に喜ばしいことであった。


(前世のアニメ的に言えば体育的な感じかな? えらい物騒だけど)


 昨夜から、ルームメイトであるラキも喜々として武装を点検していた。彼女は、見た目通りと言えば失礼かもしれないが、基本的に座学の授業中は寝ている。リタでさえ、今はまだ授業を聞いているふりをしているというのに、かなり豪胆だなと呆れるしかなかった。


「――――ですから、私たちが授業で扱う『魔術』は厳密には言葉の意味が異なるわけです。ルミアス式魔術を基に発展した王国式、もしくはメルカヴァル式と言い換えてもいいかもしれません。これらの魔術式を用いて行使されるものをこの学院では『魔術』と呼称し、授業で扱っています」


 担任のセシルは、相変わらず可愛らしい笑顔で授業を続けている。彼女の専門は魔術理論のようだ。時折、最前列で爆睡しているラキに視線を向けるも、特にその態度を注意する素振りも見せない。それは恐らく、以前ロゼッタが言っていたようにこの学院の校風に起因するのであろう。


 必要であれば、望むのであれば、自ら掴み取らねばならない。

 それが、この学院の、強いてはこの世界の法則だ。



 セシルには悪いが、特に話している内容には興味が湧かない。

 リタは机に自分のノートを広げると、新たな回復魔法の理論構築に没頭していく。


 現在使える回復魔術でも、即時使用では欠損部位の修復まで可能である。だが、実験をしていないので詳しい条件は分からないが、欠損からある程度の期間が経つと、存在情報もしくは魂が現在の情報を正として認識するのか、部位欠損などの修復が難しくなるのだ。リタはそれを何とかするための突破口を探していた。


 基本的に前世では邪神を滅ぼすことに重きを置いて、敵を打ち滅ぼす、その一点に集約された魔法を開発してきた。だが、今現在それらが必要になる場面は非常に限定的であろう。


 とはいえ、回復魔術自体が基本的に他の魔術とは毛色が異なる。とある魔導書では、系統外と記載されているほどだ。

 それ故に、詳しく理論を学べる場所が殆ど無い。回復術師の多くは教会に所属しているが、実際にリタが開発のヒントを探しに教会の手伝いに行っていた時に話を聞いたが、どちらかと言えば感覚的に行使している人間が多いようだ。


 それらを鑑みるに、回復魔術が実は一番魔法に近いのでは無いだろうか、とリタは思っている。直接深層領域の存在情報にアクセスし、場合によっては欠損部位の質量を補って行使しているのだから。



 リタは前世での数百年に渡る修行と研究の末、こう結論付けている。


 魔術は、根本的に魔素の消費に伴うエネルギー交換の特異法則を勘違いしている。

 もしくは、これはエリスにも話していないが、誰かの意志でのでは無いか、と。


 でなければ、魔力波を平面構造体に限定して二次元展開する必要性が浮かばないのだ。

 書物での情報伝達や、紙片を用いての術式行使に向いていることは確かだが。


(とは言っても、この世界ではそれが普通だし、私がわざわざ文句を言う必要性は無いんだけどね。私はノエルとか大事な人さえ守れればいいわけで。だったら、敵は弱い方がいいし)



 暫く静かに唸りながら、考え事に没頭していたリタだったが、特にいいアイディアが浮かぶわけでもない。黒板の方に目を向ければ、セシルが綺麗な字を書き込んでいた。魔術や魔法について、一般的な知識から少し踏み込んだ内容を書き連ねているようだ。


「――――市井では、例えば魔物の使う魔法、魔眼でもたらされる事象等、魔術以外の魔的現象など、十把一絡げに『魔法』と呼ばれていますよね? これは皆さんもご存じかと思いますが、この学院の生徒として、しっかりとそれぞれを分けて考える必要があります。まずは、魔物が行使する魔法について。これらを専門的には『根源魔法』と呼びますが――――」


 ふと気になって後ろを振り向くと、アレクは呆けた顔で黒板を見ている。あの顔は間違いなく理解していない顔だろう。王子としての面目なのか、起きているだけマシかもしれない。とはいえ、流石に間抜け面が過ぎる。後で伝えといてやろう。


 リタがそんなことを考えているうちに、午前中の授業の終了を告げる鐘が鳴り響いた。




 広大な敷地を誇る学院であれば、移動にも時間がかかる。売店で事前に買っていたパンと、何の肉か分からないソーセージの様なものを果実水で流し込んだリタは、訓練場へ歩みを進めていた。


 流石に色んなことがあり過ぎたせいか、訓練場への道程はもう覚えた。放課後に数回、軽く身体を動かしたこともある。


 初日ということもあり、今日は個人武装の使用が認められていた。そのため、リタも一応ミスリルの長剣を持って来ていたが、恐らく使う事は無いだろう。

 基本的に、専門課程の実技の授業や認可のある課外活動以外では個人の武装の持ち込みは認められていない。

 血の気の多い学生が、普段から武装していれば問題が起きるのは確実なので仕方ないのだろう。




「お、リタ! 早いじゃねーか」


 訓練場の更衣室には先客が居た。ルームメイトのラキだ。既に運動服に着替えているようだ。すらっと伸びた四肢は健康的で生命力に溢れている。


「まあね。ラキは準備万端だね」


 ラキは凶悪なデザインの刺々しい、金属製のガントレットを愛しそうに眺めている。


 そんなラキを尻目にリタも着替えを済ませる。


 学院指定の運動服は、上は白で前世でいうTシャツに形は近い。生地が分厚くデザインが野暮ったいのは文化レベル的に多少仕方ないが、制服はそこそこ凝ってるのにと落胆せずには居られない。下は特筆することも無い黒の膝上のズボンだ。


 最後に、運動用の革靴に履き替え、髪を結べば終了だ。ラキの視線が、リタの聖剣ミストルティン(仮)に向けられる。


「それ、ずっと壁に飾ってあったやつだよな? えらく綺麗な剣だと思ってたが、飾りじゃねーんだな?」


「うん、そうだよ。切れ味が良過ぎるから、普段は使って無いだけ」


「最初に部屋でそれ見た時はビビったぜ? 何せ、綺麗な壁にデカい杭が打ち込まれて罅入ってんだもんな」


 そう言いながら、肩をすくめているラキ。確かに、多少やりすぎたかもしれないが、他に方法が無かった。やはり、剣は使わない時には壁に飾っておくのがカッコいいと思っている。


「そっち!?」


「冗談だよ。勿論、その杭の上に乗っかってるその剣、ヤバそうだなって思ってたんだ」


 笑いながら、そう話すラキではあったが、その手に持ったガントレットの方がよっぽど年頃の少女には似つかわしくない。


「いやいや、ラキのガントレットの方がよっぽどヤバそうなデザインだから……」


 そんなリタの発言に、笑みを浮かべながらもラキの視線は次第に鋭くなっていく。


「――――なぁ、リタ? 最初の模擬戦の相手、オレとやってくれるか?」


 ラキは真っすぐにリタの目を見ている。最初からそうすることを決めていたのだろう。思わず口元が綻んでしまうのは仕方が無い。ずっと、その言葉を待っていたのだから。


「いいよ? 最初に会った時から、戦いたそうだったもんね」


 リタの言葉に、少し恥ずかしそうに目を逸らすラキ。だが、確かにガントレットを握る手に力が入るのをリタは見逃さなかった。


「流石にバレてたか……ああ、そうだよ。オレは、素手でエリートの先輩を沈めたっていうお前に興味がある。悪いが、ある程度本気で行かせて貰うぜ?」


「あはは……それは、色々あってね。――――でもね、ラキ? 私は大丈夫だよ。ある程度なんて言わないで、本気で来なよ? 授業じゃ無理って言うなら、いつでもどこでもいいんだよ」


 だからリタは、しっかりと言葉にして彼女に伝えた。

 彼女の纏う雰囲気は他の生徒とは少し異なる。日常から戦うことに慣れている雰囲気だ。そして、それはリタのよく知っている空気感でもある。


 私は、誰よりも強くなければならない。

 世界に存在する、全ての困難を打ち砕く力を得なければならない。

 そのために、ありとあらゆるものを踏み台にして進むのだ。


「リタお前、最高だな」


「私もそう思う」


 そう言って二人は、爽やかに笑い合う。集まりつつあった他の女子生徒が、その雰囲気に鳥肌を立てていることにも気付かないままに。

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