冒険に出かけよう 2

 ホブゴブリンに追われながら森を駆け抜ける二人の少年。その視界には、少し開けた場所が映る。森の中にぽっかりと空いた広場である。普段は材木なんかが積んであることがある場所だ。だが、そこには先ほどまでは無かったはずのものがあった。


「あんなもの、さっきは無かったよな?」


 ラルゴは隅の方に出現している土で固められた半球状のドームを訝し気に見つめる。


「四の五言ってる場合じゃないだろう? とりあえず迎え撃つぞ」


 そう言うが早いか、ミハイルは剣を抜き去る。

 広場の中央に到着した少年達はそのまま左右に別れると、身を翻しホブゴブリンの群れに向かっていく。


「しつこいんだよっ!」


 ホブゴブリンの群れに走るラルゴは、思い切り真横に剣を振り抜いた。長く少し重い長剣の切先は、眼前に迫る二体のホブゴブリンの腹をまとめて切り裂く。こぼれ出る赤紫の臓物をなるべく見ないようにしながら、次の獲物に向かって駆ける。


 左前方より飛来するホブゴブリンアーチャーの放った矢を躱し、そのままの姿勢で固まっているアーチャーを蹴り飛ばす。吹き飛ぶアーチャーは、後ろからミハイルの剣で胸を貫かれて絶命した。ラルゴは、横で狼狽えるホブゴブリンの首を剣で貫くと、思いきりその場を飛びのいた。次の瞬間、今までいた場所には炎魔法が炸裂する。焦げた匂いと感じる熱に冷や汗を掻きながら、魔法を発動したばかりで次の動きに移れないホブゴブリンメイジに肉薄すると、頭を庇おうとするその両手ごと首を斬り飛ばした。


 ミハイルは相変わらず流麗な剣技で流れるように眼前の敵を切り裂いていく。ラルゴはそんな彼の姿を見て、少しだけ悔しくなって、我武者羅に剣を振るう。


 彼ら二人は、普段の稽古の甲斐もあり次々にホブゴブリンを殲滅していく。しかし、それもそう長くは続く無かった。ミハイルは剣に伝わる重い衝撃に顔を顰める。


(こいつは、ホブゴブリンキング……?)


 一際体が大きく、金属の鎧で武装したゴブリンの一撃を受け止めながら、ミハイルはそう思う。恐らく、殺した人間から奪ったのだろう、ちぐはぐに繋ぎ合わされた金属鎧が不快な音を立てている。


 流石に大きな群れを束ねているとあって、その膂力は尋常ではない。知性の低い魔物は基本的に強力な個体にしか従わないからだ。正面から受け止め続けるのはまずい、と頭では分かっていてもキングの動きは素早い。そして振るう大剣の一撃は、食らえば即死に違いない。実戦用とは言っても、武器屋で見繕った安物の剣で受け止めるミハイルは、剣が軋む音を聞き背筋を冷や汗が流れる。


(頼む、もう少しだけもってくれ……)


 そんなミハイルの姿を横目で見ながら、周囲のホブゴブリンを屠っていたラルゴであったが、突然脇腹に衝撃を感じたかと思えば、吹き飛ばされていた。数秒以上宙に浮いたような錯覚を覚える。何とか、受け身を取り地面に転がると、棍棒を振り抜いた姿の巨体に視線を向けた。


「……クッソ、オーガまで来やがった――」


 声を出すと脇腹に激痛が走った。骨が数本折れたのかもしれない。だが、肺に刺さってないだけマシだ。後でリタに頼んで治療してもらおうとラルゴは思う。


 ラルゴはすぐに立ち上がろうとするも、膝に思うように力が入らなかった。


 既にオーガは追撃しようとこちらに向けて駆け出している。その顔に浮かぶ表情は、嘲笑か、或いは食欲の類であろうか。

 このまま動けなければ――――死ぬ。


 一気に恐怖が襲ってきそうになるも、それに囚われては死期を早めるだけだ。いつしか、リタと相対した時、彼女はあんな魔物よりも遥かに強大に見えた。だから、思い出せ――いつしか決めた覚悟を。


(こんな所で死んでたまるかってんだ……!)


 体中に魔力を行き渡らせる。ラルゴも極短時間であれば使うことが出来る、身体強化の魔術だ。この技術を魔術と呼ぶかどうかについては、魔術師によって見解が分かれるところだが。ラルゴは制御が上手く無く、どちらかと言えば瞬間的に爆発的に強化は出来るが、それだけだ。


 だから、その一瞬に、この一撃に賭ける。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 全身が燃えるように熱くなる。ラルゴは雄たけびをあげ、走り出そうとした、その時であった。


 広場の隅にある、土で固められたドームが突然爆発した。

 飛んでくる破片と巻き上がる砂埃に、思わず目を閉じそうになるも、ここで目を閉じればきっと死ぬ。涙目になりながらも、状況を確認しようとラルゴが見たものは――――白銀の髪の姉妹と、一人の金髪の少女だった。


「うるさぁぁぁぁぁぁい!」


 腰に手をあて、仁王立ちしたリタの怒鳴り声が響き渡る。

 広場には一瞬の静寂が駆け抜ける。ゴブリンやオーガも、思わぬ闖入者に驚いているのであろう。

 その隙をついて、ホブゴブリンキングと周囲の取り巻きに包囲を形成されそうになっていたミハイルは瞬時に後方に離脱した。


(何はともあれ、助かった)


「ちょっと、手伝っ――」


「リタ! 剣を!」


 ラルゴが言い終わる前に、金髪の少女が駆け出しながら叫ぶ。森には場違いな上品な服を着ている。ラルゴは思わず開いた口が塞がらない。あれ程の美少女が、姉妹の他にもいたのか、と。それから――――


「誰!?」


 ラルゴの声に応えるものは居ない。

 リタは思い切り金髪の少女に剣を投げた。危ない、そう言おうと思ったが、それは不要だった。

 少女は簡単にその剣を空中で掴むと、姿を消した。


(おいおい、マジかよ……)


 次の瞬間には、十字に四分割され、物言わぬ肉塊となったオーガがラルゴの目の前で崩れ去っていた。金髪の少女はラルゴに目もくれず、そのままの勢いで周囲のホブゴブリンを細切れにしていく。その剣の速度とキレは、恐らくエリス以上だとラルゴは思った。


 そのエリスも右手をホブゴブリンキングとその取り巻きに翳している。


氷結爆破アイシクルバースト


 彼女の唇が小さく動き、魔術名を唱える。瞬時に出現した氷塊から伸びる氷の蔦が、周囲をもろとも捕縛すると、そのまま爆散した。凍り付いたゴブリンだった破片が、ミハイルの腹部を直撃し、彼は身悶えている。いい気味だ。


 何にせよ、とりあえずは生き残った、それはいいのだが……。

 ミハイルも復活したのか、ラルゴの隣に立って唖然としている。恐らく、同じ感想を抱いたのであろう。


「えっと、誰?」


 ミハイルが小声でラルゴに尋ねる。


「知らねぇよ……」


 だが、彼らの疑問に答えるものは居なかった。慌てた様子で顔を隠して走る金髪の少女を追って、姉妹もそのまま何処かに走って消えたのだ。


「えぇ……また?」


 ミハイルは間抜けな顔を晒している。


「あいつら、本当に自由だな、オイ……」


 ラルゴも遠い目で彼女たちが去って行った方向を見つめるしかない。


「どうする、ラルゴ?」


「さっきオーガに一撃貰ったとこがいてぇし、帰るか」


「そうだな」


「戻ったら、冒険者ギルドに報告しないとな……」


「ああ、この惨状をどうにかしてもらおう」


 彼らはお互いに乾いた笑みを浮かべると、死体だらけの広場を後にして歩き始めた。

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