とある魔法詠唱者の事情
「そう、私は最初から記憶を持って生を受けた。生まれた時から、ずっとエリスを隠れ蓑にして、騙してきた。私には子供がどう育つのか分からなかったから。エリスの真似をして、少しだけエリスより出来ない子を装って、ただの子供に見せようとした」
リタは少し卑屈に笑って続けた。
「――卑怯だよね。エリスはいつも一生懸命だったのに、私は手を抜いて自分を守ってた。みんなが愛してくれるのに、何も言わなかった」
でも、とリタは続ける。
「これだけは、信じて欲しい。……私は、この家族に生まれて本当に良かったと思ってる。心から幸せな毎日を送ってこれた。だから、みんなは私が守る。……見せてあげる。おとぎ話じゃない、私の本当の魔法を」
そう言うと、彼女の眼には再び炎が噴き上がった。
これまで以上に、強く、何処までも深い真紅。そして、眩いばかりの魔法陣が輝く。
飛び上がると、そのまま空中で静止し、魔物の大群を見る。
リタは、三人の顔を見ることが出来なかった。
覚悟が揺らいでしまいそうだったから。
私は、たとえ進む先が孤独でも、自身への、彼女への誓いを違えるわけにはいかない。
そのためだけに、もう一度生まれてきたのだから。
――
いるはずのない誰かの声が聞こえた気がした。
都合のいい幻聴を聞いた自分が可笑しくなって、リタは笑ってしまった。
ああでも、君もそう言ってくれていることだし、あの時の君の言葉を私は信じるよ。
「運命よ、我が前にひれ伏せ――」
リタは両手を水平に伸ばし、手のひらを外に向けた。
その両腕に絡まるように螺旋を描きながら、魔法陣が現れる。身体から溢れ出る魔力と、吹き荒れる魔素が着ていた服の両腕を覆っていた部分を焦がし、バラバラに燃やしていく。
その魔力の圧力に耐えきれず、自壊を始めた両腕からは皮膚が剥がれ、斑に筋組織が見え隠れしている。煙を上げながら焼け爛れていく、細い両腕にさらに輪を描くように魔法陣が重なる。それらは形を変えながら明滅している。
やがて、その両手の先には眩しく光り輝く光球が生み出された。球体にはとめどなく魔力が注がれ、渦を巻き圧縮され、甲高い回転音を響かせながら、輝きを強めていく。
「――――綺麗」
エリスは静かに呟く。
姉の両腕は痛々しいが、その体は圧倒的な魔力に満ち溢れ魔素がまるでドレスのように彼女に輝きを与えている。
流石にこの身体じゃまだ早かったか――両腕に走る激痛を噛みしめながらリタは歯を食いしばる。こんなに痛いのも久しぶりだ。けれど、悪くない。
おおよそ千年ぶりの詠唱だ。やっぱり、魔法はこうでないといけない。
「幾星霜、届かぬ星に焦がれし怨嗟の澱。這い出ずるは切望。記すは慷慨。示せ。狂え。悶え泣き、その弾劾の焔に震えよ――――」
リタはゆっくりと広げた両手を前に向けた。今にも破裂しそうなほどの圧倒的な熱量が、重なり、弾けた。
『
ようやく指向性を与えられ、放たれた二条の光は、魔物の群れの中心で炸裂した。周囲を囲むように定義された障壁の中で、強大な光の半球が急成長すると大地がめくれ上がり、全てが蒸発していく。やがて障壁が消えると、少し遅れて響く轟音と衝撃が、リタの鼓膜を突き破った。
我ながら安直なネーミングだったなと苦笑いしながら、家族の前に障壁を展開する。
いくつもの小石や砂が巻き上げられ、嵐のように、真っ白だった森を蹂躙していく。
軽く治療しても耳鳴りは止まない。両腕はとても痛む。だけど、今は、これから訪れるであろう審判の時を前に知らないふりをしていたかった。
クロードは、ただ茫然と目の前の光景を眺めていた。あまりにも現実離れした光景だったからだ。
リタが障壁を張らなければ、きっと彼は無様に衝撃波に吹き飛ばされただろう。それほどまでに、彼には衝撃的な光景だったのだ。
そして、ようやく彼は幼いころから鼻で笑っていたおとぎ話が、真実だったと知ることになった。
リィナは、混乱していた。おとぎ話の魔法詠唱者の生まれ変わりだという言葉に、娘の放った本物の魔法に。
それは自分が憧れた存在。それは自分が焦がれても届かない領域。
そして、あれほどの力を持つ個人がこの世界に存在しているという事実に、恐怖している自分がいたことがあまりにも腹立たしかった。
エリスはその光景を目に焼き付けていた。それは憧憬であり、嫉妬であった。
姉は世界に愛されすぎている。そしてきっと世界を愛しすぎている。だから、自分自身を愛せないのだ。姉にとって大切なものの存在が大きすぎて、自分に何の価値も見出していないのだ。
だったら、その価値は私が見出せばいい。そして、いつか姉に知らしめるのだ。私だって
やがて、耳と両腕から血を流しながら、リタが家族の元に戻ってきた。睫毛は下がり、煤けた頬には雫が零れ落ちた跡があった。逡巡するようにその瞳は左右に揺れ、躊躇うように、噛みしめるように口を開いた。
「これで、分かったでしょ? 私が何者なのか――」
そんなリタの言葉を遮るように掛けられた家族の言葉に、リタは瞠目する。
「ああ、お前が俺たちの自慢の娘ってことがな」
「そう、あなたは私たちの最愛の娘よ、いつまでも」
「うん、世界一のお姉ちゃんだよ」
三人は、何の迷いも無く、そう言ったのだ。
(そんなのは、ずるい。そんなのは、ずるいよ。期待しちゃうじゃないか。)
「でも……私……」
リタの大きな両目には大きな雫が溜まっていた。声が、腕が、震えてしまう。
「リタ? 気にするな。家に帰ってゆっくり話そう」
「だって家族じゃない」
「そうだよ、お姉ちゃん? 話したいことが、沢山あるんだ」
最早、リタの視界はぼやけ、三人の表情を見ることは叶わなかった。だが、その声色から感じる確かな暖かさが、寒空に冷え切った心に仄かな熱を灯す。
「私、まだ……家族で……いても、いいの? みんなと、暮らしても……いいの?」
リタは絞り出すように、そう声にした。
足元も覚束ない。
「当たり前だろ? お前がいなくなったら俺は死ぬかもしれん」
「そうよリタ? 私たちは、生まれてから死ぬまで、きっとその先も、ずっと家族なの」
「だってさ? どうするお姉ちゃん?」
笑顔の両親と、悪戯っぽく微笑むエリスの前に、リタは気付けば泣いていた。
「グスッ……ありがとう。……そんなの、決まってる。決まってるじゃん! 私だって皆と家族でいたいよ! ずっと、ずっと!」
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