邪神ちゃんと極大魔法詠唱者

不屈乃ニラ

プロローグ

始まりの歌は誰が爪弾く

 西暦2314年八月十日 一六時二五分


 大東亞新日本帝国が消滅したとの一報より十時間。


 周辺国家から飛び立った無人偵察機や、周回軌道から地上を見下ろす人工衛星から送られた、あまりにも不気味な光景は関係機関の人間たちを絶句させていた。


 その座標に数刻前までは国があり、多くの人々が生きていたなどと誰が信じるだろうか。陸地などは見えず、ただ一面に広がる荒れ狂う大海と帯電した空気だけが、何かの残滓を伝えているようにも見えた。


 そして、時を置かずして数百キロ離れた太平洋上で日本列島らしき島と国民が発見される。一瞬でこの場所に国ごと移動したとしか結論付けようのない、前代未聞の現象であった。


 人々は、口々に光に呑み込まれたと語った。

 そして雷鳴を聞いたとも。


 この人類史上類を見ない、未曾有の事態ではあったが、死傷者は何故か居なかったという。――ただ一人の行方不明者を除いて。


 将来に渡り、誰一人としてこの日に起きたことを科学で解明することは叶わなかった。後世の人々は、この日のことを畏敬を込めて「神雷の日」と呼び、過ぎた文明がついに神の怒りを買ったのだと恐れ慄いたという。


 人類はこの日をきっかけに、緩やかな衰退と滅びの道を歩むこととなる。




 ――――遡ること十時間前。


 一人の男が、粗雑なベッドで目を覚ました。黒い長髪に落ち窪んだ双眸、こけた頬。痩せぎすで、色白のいかにも不健康そうな男だ。


 男は、上体を起こすと静かに数呼吸を置いた後、音もなく立ち上がって周囲を睥睨する。その瞳には何の感情も見受けられず、ただ確認をする作業をするために生み出された機械のような、そんな不気味さを醸し出していた。


 無機質な機械らしきものや、おおよその人間が見たことも無いような生物的な組織などが部屋中を埋め尽くしており、一見するとただ散らかっているようにも見える。だが、俯瞰して見る事が出来た人間がいたのなら誰もが狂気の塊だと言うだろう。


 数を数えるのも馬鹿らしいほどの意味不明な物体は全て細い銅線や太いケーブルのようなもので接続されているのだ。それらは、男が寝ていた部屋の隣の大部屋に続いている。


 男は静かに、ベッド脇に掛けてある黒い上着を羽織ると、ふらつきながら隣の大部屋に移動する。四季など無くなって久しいが、それでもこの部屋のひんやりとした空気は、どこか静謐で懐かしく男の肺を満たした。


 薄暗い大部屋にも、所狭しと器具や機械が並べられていた。


 明滅するシグナルが、薄ぼんやりとそれらの存在を浮き上がらせる。男が壁際の装置を操作すると、空中に画面が表示され、男はそれを確認し頷いた。極めて微かに、満足そうな感情を瞳に浮かべて。


 部屋の中央には、大きなガラス容器が鎮座している。容器からは大小のケーブル類が伸びていて周囲の器具に接続されている。それは、数百年前の人々が想像していたSF映画の研究室、そんな表現がぴったりな光景だ。


 そこに男が近づけば、容器の周囲のみ照明が灯った。容器は緑黄色の液体で満たされており、そこを通過する照明の光が、部屋の壁や床を暗緑色に染め上げていく。


 その容器の中央に鎮座するのは、肉塊としか形容しようが無い物体だ。表面はピンクと茶色のグラデーションを描き、青緑や紫の血管らしき物や、骨らしきものも見え隠れしている、直径三十センチくらいの不気味な肉塊である。


 男は微かに口角を吊り上げると、近くにあるスイッチを操作した。すると空中に浮かんだ画面に何らかのステータスが表示され、伸びて行くバーから、何らかの数値が高まって行くのが分かる。


 それと同時に、建物全体で発光と微振動が発生する。その現象の発生元は、建物中に敷き詰められた用途不明の物体たちであった。電池と形容することもできるだろうか。それらは決して、世間一般的にいう電気を発生するためのものでは無かったが。


 あらゆる無機もしくは有機的な物体からは、信じがたいことに、何らかのエネルギーが確かに発生しているようで、全てが大部屋の中央の肉塊に収束されていく。


 近くに他の人物がいたのなら、吐き気をもよおすような奇怪な動きで肉塊が蠢き、容器から発せられる光量や機械の作動音が次第に高まって行く。常人なら、まず目を開けていられない程の光量で照らされる部屋の中で、男は目を見開き容器を見つめて叫んだ。


「さぁ、世界の変革を始めよう!」


 臨界に達したエネルギーは、刹那、音もなく全てを白い光で飲み込み、そして消失する。


 音が追いついた時には、其処には何も残っていなかった。

 人も、建物も、陸地さえも。



 ――――そう、男は重篤な中二病に罹患していたのだ。

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