婚約破棄された悪役令嬢は冒険者を目指す……?

佐藤山猫

第一話

「マリー、君との婚約を破棄させてもらう」

「どうしてですか!?」


 ユナ王国の貴族子弟が集まる王立学園のパーティー会場。パーティーの名目は王子にして王位継承権第一位、その名をレイ・リュエリオ・フォン・ド・ユナの誕生日祝い。だが、そのレイ王子が自身の婚約者でもあるマリー・フォン・ゴア公爵令嬢に対して婚約破棄を宣言した。まさに青天の霹靂、寝耳に水の話。王子が突き付けた婚約破棄は、列席者に多大なる衝撃をもたらした。


 何故か。それは王命にも等しい婚約破棄を当人の一存のみで一方的に破棄し、ましてやそれを衆目に晒す形で行うというのが常識外だからだ。


 王子の傍らにはしなだれかかるようにひとりの令嬢が佇み、マリー嬢に対して分かりやすく怯えのこもった視線を投げかけていた。


「どうしてだと? とぼけるな。貴様がアンに行っていた非道の数々、もはや許し難い。恥を知れ!」


 マリー公爵令嬢はその華やかなブラウンの腰まで届く髪を振り乱さんとばかりに取り乱していた。外に出ないため透き通るような白皙の肌も、気品を演出するための白いドレスも、取り乱すマリーに乗算されると途端にホラー物の幽霊のようになってしまい、そこはかとなく不気味だ。マリー自身、懸命に冷静になろうとしているのだろうが動揺が表に出てしまっていてどうしようもない、といった様子だ。

 相対するマリー嬢がそんな様子だから、レイ王子はますます得意になっているご様子だ。王子に抱き着くアン・ジュペリン男爵令嬢の腰に手を回し、ふたりはますます密接する。清楚な黒髪が背中になびいた。


 ちなみに非道とは、アンの持ち物が隠されていた(無事10分後に発見された)だとか、背中を押され階段から突き落とされた(ただし床まで二段しかなかったのでケガは無かった)であるとかの、ごく子どもじみたもので、それをマリーがやったという証拠も満足に提出されないという杜撰極まりないもの。詳細が明らかになるにつれ、驚愕が呆れに、呆れが嘲笑に変わっていく。

 当事者で一方的な糾弾を受けているマリー公爵令嬢にしても、俯き肩を振る合わせその表情を窺い知ることはできないものの、聴衆と同じような心境で居ることは明白だ。


「そもそも貴様のようなボンクラは我が妻としてふさわしくない! 聡明なアンこそふさわしい!」


 ついに人格批判まで始めた。


 と、マリー付きの侍女長でマリーの異母姉(但し当人たちは知らない)のラナは会場の外、列席者の邪魔にならぬ位置で待機しながらこの呆れたイベントを眺めていた。

 従者としてはこの事態、憂慮すべきか怒るべきか。当事者になってしまった以上、何らかの風評被害に遭うことは避けられない。


「……レイ様……なんということを……」


 レイの侍従だろうか、ロマンスグレーの髪を丁寧に撫でつけた男性が頭を抱えている。完全なやらかし案件である。主人の未来が見えた。それどころか、「どうして王子を止めなかったのか」等々、どんなに責められ処断されても文句は言えない。

 気の毒なことだ、とラナは思った。


 そんなラナに近づく影。

 同じく侍女のスーだ。ラナの部下に当たる。マリーとは最も歳が近く、また趣味嗜好が似ている。フィクションを愛し、夢想癖があり、浮世離れした雰囲気を持つスーはラナの袖を引いて使用人の控える輪のさらに場外にラナを導いた。


「ラナ様」

「どうしました」


 耳元で囁くスーはなんだか泣きそうな表情をしていた。


「実は……」


 ずっともじもじして、手遊びを繰り返している。

 ラナはあまり辛抱強い性格ではない。早く言いなさい、とスーをせっついた。


「実は……レイ王子の糾弾の内容は全て事実なんです」

「はっ?」


 ラナの思考はフリーズした。


「な、なにを言っているの?」

「も、申し訳ありません」

「ちょっと詳しく話しなさい? ね? 怒らないから」

「はい……」


 そして、スーがぽつぽつと、時折嗚咽を交えながら長々と、話した内容は非常にあっさりとしたものだった。

 馬鹿王子レイ浮気相手アンができたことに嫉妬した婚約者マリーが、アンに対する注意だけには飽き足らず「ちょっと嫌がらせしてやれ」とちょっかいをかけていた。今日この場で婚約破棄をされようとは微塵も想定しておらず、大事になって焦りに焦っている。それだけだ。


「そんな……子どもじゃあるまいし……」


 マリーは今年で15歳。確かに幼いと言えば幼い上に、性格も相まってかなり挙動を警戒されていた。

 絶句したラナに、レイの侍従へ向けた感想が反射してくる。いまならあの人の心境がよく分かるというものだ。


「……取り敢えず旦那様に報告を」

「はっ」


 スーが駆けていく。

 どうせ遅かれ早かれ事実関係ははっきりするのだ。

 開き直ったラナはただ姿勢を正した。




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