第2話 ファーストコンタクト ①

「えっ……?」


 一瞬、視野が暗くせばまったかと思った次の瞬間、手にはスマートフォンではなくボウガンが握られていた。

 意味が分からず思考が停止――すると同時に、大通りから多数の悲鳴が上がった。


「えっ、もう仕掛けた!?」


 状況も、ルールも分からない中でいきなり撃ち始めたとでもいうのだろうか。 

 驚いて思わず、という可能性はあり得る。

 少なくとも、故意こいで撃った者はいない……と信じたい。


 考えたところで答えは出ず、悲鳴は止むどころか次第に膨れ上がっている。

 そして間もなく、大勢の人たちが散り散りに逃げる姿が目に入ってきた。よくよく聞き耳を立てていると、野太のぶとうなりのようなものが聞こえる。


 ……いや、武器を見た人が驚いて逃げただけか?


 皆が一様に浮かべる表情は恐怖。それに釣られてか、群集心理ぐんしゅうしんりという奴か、流れの外に居る者達も同じように走り始める。


「なん、なんだよ」


 訳が分からない。

 しかし、狂乱の中心に居なかったおかげで、恭平は一歩引いた俯瞰視点ふかんしてんで状況を見る事が出来た。

 一目散に逃げ出したい気持ちを押さえつつ、まずは人の流れから更に外れたビルの狭間はざまに身を潜らせる。


 ――リアルのイベント座標ざひょうに移動してる、って感じでもないし。


 そして、通りから直線で狙われないように、ゴミを入れる為の大きなプラスチックバケツの陰にしゃがみ込んで身を隠す。

 路地の奥は別の建物で塞がれており、背中から攻撃される心配はない。

 どのような原理か分からないが、手にした武器を使ったゲームが始まったのなら、一本道の小路こみちは迎撃にはおあつらえ向きだ。


 外の喧騒に気を配りつつ、改めてボウガンに意識を向ける。まるで、十年来の相棒のように武器は手に馴染なじんでいる。


最大連射さいだんれんしゃ6発ろっぱつ


「……!?」


 ボウガンを調べていると突如として、頭の中に声が響いた。

 疑問に思いかけた事を先回りするかのような声。

 無機質で電子音のような抑揚のない男の声音だった。

 それにしても、一般的に単発のボウガンが6連射とはどういう事だろう。

 恭平の選択可能武器がボウガンだけと分かったのは約3カ月前。

 念のためにボウガンとはどんな武器なのか一通り調べて知っている。


再装填さいそうてんはセットポジションをフリック』


 まるでチュートリアルだな、と思いつつ通りをにらんだまま背後へとボウガンを適当に向けて六連射。

 すぐに胸の前へとボウガンを引き戻し、矢がセットされていた部分を指の腹で弾く。


「すっご。なんだこれ」


 まるで魔法のように、ボウガンがセットポジションまで引きしぼられ、つがえられた矢が出現する。リロードされた6本の内、5本は銃芯じゅうしんの中に沈み込んでおり、1発撃つごとに次の矢が自動でり上がってくる。

 銃の弾倉のような構造だ。


 最新のVR技術か何かなのだろうか。

 しかし、感触から重さ、何から何まで本物のように思える。


 そんな感動と困惑の最中、視界の右端に新たな光点が三つ現れる。

 それは、赤、青、黄色の丸い光のうずだった。


特殊とくしゅスキル』


 そんなものまであるのか、と感心しかけた時、大通り側の状況が動いた。


 グチャ……。

 赤黒い飛沫ひまつが通りに飛び散る。

 ペンキ? と思った次の瞬間には、強烈きょうれつ鉄臭てつくささが鼻を刺した。

 顔をしかめ、鼻を左手で押さえる。嫌な予感に、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 良くない事が近づいていると、全身が危険信号を発している。


 それが表れたのは、飛沫からたっぷり14秒後。


「なんだ……、あいつ」


 最初は逆光のせいでよく見えず、全身が灰色タイツの変な奴だと思った。

 しかし、よく見れば違う。

 顔を含めた全身をおおう灰色、それは布ではなく、脈動する皮膚だった。例えるなら象の表皮。それを剥ぎ取ったものを無茶苦茶に人に巻き付けたような出で立ち。

 それでいて、顔の口にあたる部分はななめに大きく裂けて広がっており、赤茶色の鋭い歯が何本も乱杭状らんくいじょうそろい、赤黒い液体をしたたらせている。


˝˝˝


 得体の知れぬ異形。

 それが、ゆっくりと此方こちらを――恭平きょうへいの隠れるポリバケツの方へと顔を向けた。

 その異形に目玉はないというのに、目が合ったという確信と共に全身を悪寒が駆け巡る。

 全身が総毛立つ。本能的な恐怖だった。

 それを実感するより早く異形が大きな口を開き、路地へと体をじ込んでくる。


「あ˝あ˝あ˝ァァァ!」


 身長は恭平より高い。170センチはあるだろうか。

 灰色の表皮が波打ち、だぶつき、路地のごみを巻き上げながら迫ってくる。

 まだ15メートル以上距離があるのに、それが路地に入ってきた途端に耐え難い腐臭ふしゅうが鼻を刺した。


 1発目を打てたのはただの偶然。その一発で我に返り、立て続けに五連。

 4発が命中するも、バケモノは速度を落とすことなく向かってくる。

 すぐさまリロードの動作を行い、今度は両手で構えて『止まってくれ!』と念じながら更に6発を叩き込む。

 視界の端に漂う3色の内、青色の光がはじけるのが見えた。


「!?」


 立て続けに放たれた6本の矢は青い光を帯びている。

 それが突き刺さった瞬間、バケモノの皮膚に刺々とげとげしい氷の花がき、動きがにぶった。


 何が何だか分からないまま、更にリロードを行い、次を射出する。

 今度は普通の矢だ。

 先程弾けた視界の端の光点は今、暗い色にくすんでいる。

 その円に意識を向けると、中心に42という数字が見て取れた。

 数字は41、40、39と規則正きそくただしく数字を減らしていく。


 ――クールダウン。


 次にスキルを使う為の予備時間に違いないと直感する。

 敵との距離はもう5メートルと無い。打てるのはこのワンセットが最後だろう。


「来るな、来るなって!」


 視界の端、光り続ける赤い光に意識を集中しながら引き金をしぼる。

 それに答えるように赤い光が弾け、


 ――あ˝あ˝あ˝ァァァ。


 矢を受けたバケモノが炎に包まれた。

 氷の花が炎に反応してひび割れて砕け、床に肉の破片をまき散らす。

 バケモノはその状態でも3歩距離を詰めてきたが、ついに力尽きた様子で前のめりに倒れ込んだ。

 べちゃ、という肉袋の潰れる音に驚いて後ろに飛びのくと、足元の空瓶からびんに足を取られて盛大にすっ転んで尻餅しりもちをついた。


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