羅刹

@fujikon

羅刹

「―――“羅刹”ゥ?」



「そそ、“羅刹”」



 ―――色んなバンドや車のポスターが貼られ、ロック風の音楽がラジオから流れている、少し狭苦しい部屋の中、4人の男がタバコを吸いながら会話をしていた。



 ガラの悪い4人組だ。派手な柄のシャツに、金髪だったり、剃り込みを入れたリーゼント頭と言う、いかにもと言った風貌だ。


 彼らは所謂、“暴走族”と呼ばれる男達であった。喧嘩と走りに力を入れる、刹那的な衝動で生きている男達だ。ルールを嫌い、好きに生きる事を信条としている。


 そんな彼らが口々にしているのは、“羅刹”、と呼ばれる存在についてだった。


「羅刹つったらアレだろ……ここらのNo.2の暴走族、“アトラスレーシング”を乗っとったって言ってた……」


「そうそう、今や“羅剛闘神会”だったっけ?  危なさも走りも凄いとか聞いたぜ?」


「今やこの街最大の注目株ってか……」


「ヤクもしねえし女も連れ回さねえんだろ?  欲のねぇ奴らだよなあ」


「今の族なんて殆どヨゴレばかりだからなぁ、希少価値だぜ希少価値」


「アレだろ?  ヨゴレっつっても小説家なのにソープ嬢ばりに女物の服着て自分から宣伝するみたいな……」


「それはヨゴレじゃねえよ。ただの欲望マンだよ。女とヤリたがる金持ちみてえなもん」


「それも違うだろ!」


 ドワッと、その場で一気に笑いが木霊した。


「……でもまぁ、羅刹、ってのは総長の事なんだろ?」


「らしいな」


 真面目なムードへと、すぐに切り替えて4人は会話を続ける。羅刹、と言う言葉は、彼らを一瞬で本気にさせる程、意味のある言葉である事が伺える。


「……噂なんだけど、羅刹って野郎は深夜の前沢公園の所にいるらしいぜ。ホラ、あのブランコと砂場しかねえ公園」


「あそこか……ここからでも充分近いな」


「……ホントにやるのか?」


 金髪の男が、不安げにそう尋ねた。


「そのつもりさ。俺達が名前を売るには、それしかない」


 剃り込み頭の男が、覚悟を決めたかのような、物静かでありながら、野心の篭った言葉でその質問を返した。それと同時に、他の2人も思う所があるような表情になる。


 彼らからしたら、今日行おうとする、その行為が一世一代のチャンスなのだ。


 暴走族の世界において、名前を売るには最もベストな方法。それは、組織の頭を潰す事。


 どんなに強くても、1人相手ならば数人で囲んで倒せる。例えリンチで相手を倒そうが、それだけで暴走族の世界ではのし上がる事が出来る。しかも、今回は滅多と無いチャンス。注目株の総長が、1人で、しかも近場にいると言う噂まである。


 これ程のチャンスは、恐らく、2度と来ない。彼らはそう考えていた。


「俺達がのし上がるには、この方法しかねえ」


「……」


「正直、落ち目だもんな、俺ら」


「ヤクも女も色々やってみても……俺達だけじゃ限度があるもんな」


「そうだ、だからやるのさ。ヨゴレだろうと何だろうとやるしかねえのさ。ここまで来たら、後はどうとでもなれだよ」


「ハハッ、違いねえ」


「……よし、んじゃあ、4時間後の深夜1時に集合な。公園の中じゃなくて、1歩手前の木々の所でな」



「「「―――オウ!!」」」



「どデカい花火、ぶちかましてやろうぜ……!」





 ・・・





 ―――深夜1時、前沢公園、寒い風が吹く中、4人はジャケットを着て、公園の1歩手前の木々の背に隠れていた。



 それぞれが片手に、得物を持っている。鉄パイプに、金属バット。安価ながら、1番使い勝手が良くて、1番強い威力を引き出せる武器だ。どんな相手だろうと、間違い無く1発でぶちのめす事が出来るだろう。


 4人は喋らない。それどころか、息も殺している。常に中の公園の、ある一点を見つめている。



 ―――視線の先には、異様な男がブランコの前に立っていた。



 黒いドカジャンを着ていて、背中には金色で“羅刹闘神会”の刺繍が縫われている。黒髪を真ん中から分けていて、右半分をオールバックのようにし、左半分は前髪を下ろしている。


 縦の高さは190はあろう大きさだ。しかも、鍛え抜かれているのか、横にもかなり大きい。


 だが、何よりも異様なのは、その顔だ。


 憤怒以外、まるで何も感じさせない。怒りと狂気が入り交じったかのような目付きは、まるで仁王を思わせる。そして、口元には深い傷跡がある。


“羅刹”、と言う通り名が示す通りの男だった。


「……」


(ヤベェ、襲えねぇ……)


 その雰囲気に飲まれ、4人は動けずにいた。隠れているのに、バレていない筈なのに、今動けば、全滅してしまうかもしれないと言う恐怖に支配されてしまっている。


 得物も持っている、数的有利もとれている。なのに、負けてしまうと言うビジョンしかそこには映らない。


 どう足掻こうが、勝てないと思わせる気迫が、確かにそこにはあった。


(ど、どうする……どうすればいいんだよ!)



 ―――そうやって思考していた、その時だった。



(……何だ?  足音?)



 ―――足音が聞こえてくる。更に耳を傾けてみると、それは1人の音では無い事が分かる。足音がいくつも重なっていて、何人いるかは分からないが、大勢いると言う事だけは分かった。



 足音が近づいてくる。公園の真ん中に向かって、真っ直ぐと。そして、足音の主が姿を見せた。


(ッ!?  あ、アイツらは!)



 ―――青色の特攻服や、ジャケットを着た集団、数はざっと15人くらいか……



 背中には、“栖堂会”と刺繍が施されてある。


(栖堂会って……この街のトップの族じゃねえか!?)


 隠れていた他の3人にも、目を配らせた。3人もまた、彼らの登場に驚きを隠せなかったのか、かなり動揺している。

  

 しかも、先頭の男は、この街の正に“顔”と言えるような存在だった。


(あ、アイツは……栖堂会トップの、“高野”!?)


 羅刹と同じ程の身長、だが、横の大きさは羅刹を遥かに超えている。まるで柔道家だ。しかも、こんな冬だと言うのに特攻服の袖を捲っている。兎に角、色々と規格外過ぎる。


 ……思わず息を飲む。この街のトップたる集団と、そのリーダーが、何の前触れも無くこの場所に現れたのだ。驚かない筈もない。


 そして、あの羅刹もまた、男達の方へと体を傾かせた。


(スゲェ……トップランカー同士が顔を合わせてやがる)


 正直、その場から逃げ出したいとまで思った。


 だが、見てみたい。この街のトップランカー、最強と称される男と、最恐と恐れられる男が鉢合わせて……何をするのか?


「噂通りたぁ驚いたぜ。羅刹よ」


「……」


「ケッ、無言なのも貫禄出してるつもりか?  テメェなんざすぐに殺してやれるんだぞ。今すぐにでもな」


 高野は脅す様な、低く、ドスの効いた声を響かせる。ただのチンピラならその声を聞いただけで震え慄くような……それほどにまでの恐ろしさがあった。栖堂会と言う、70年代から続く老舗の族の現NO.1。その肩書きに最も適している人間なのだと、改めて自分たちに認識させた。


 そして、高野は羅刹に近ずいて行く。


「……」


「お前らが名前を今売り出しまくってるのてのはよお……俺らからしたらよ、気に食わねぇのよ。まるで頂点の座を狙ってるかのようでよ」


「……」


「お前、ナメてんのか?  それとも、ビビって何も言えなくなったのか?」


「……アホくさいな、お前」


 初めて、羅刹が声を出した。


「……ア?」


「この街の頂点とも言えるお前が、少し名前を売り出したような奴らの総長1人にビビって……大人数連れて脅しを掛けるだなんてな」


「……少し思い出したよ、確か、ここらの街で一時期女みたいな男が美人局みたいな事してた話があってな」


 羅刹は突如、よく分からない事を言い出した。それが、何を意味するのだろうか。


「……ソイツは俺の仲間の1人を騙した。だから俺が直接、会いに行ってやった。そして……」



「―――ソイツの“タマ”を直接潰してやった」



「ッ!?」


「そしたら、泣きながら……ごめんなさい。ごめんなさいだとよ」


「アホくさいよな……本当に、哀れに見えたから……目を、抉りとった」


(……い、イカれてやがる)


 想像を絶する、いや、言葉に形容できる訳が無かった。羅刹と言うその呼び名は、間違いなんかでは無い。いや、それ以上だ。あの男は、最早人では無い。それ以上の狂気の塊なのだ。


 あの高野ですら、冷や汗を流して、怯えからか動こうとしない。それは、奴に着いて来た取り巻きたちも同じだ。


「……ホラだろ、そんなの」


「なら、そう思えばいいだろ」


 今度は羅刹が高野へと近ずく。



「―――お前もソイツと同じくらい、哀れに感じちまったんだ。だから、お前も……」



 羅刹は、目にも留まらぬスピードで、高野の首を右手で掴んだ。そして、圧倒的な力で、そのまま高野をその身へと無理矢理近寄らせた。体格差をものともせず、しかも、恐怖に脅えている、このタイミングでだ。


「カハッ!??」


「……次いでに、だ、貰うぞ。トップの座を」


 更に、右手の力を強めていく。


「ガハッ!?  オゲェ、カッ、ガァッ、ア、ガァッ!」


「……」


 高野は、その苦しさから解放されようと、必死になって羅刹の腕を離そうとしているのに……まるで動く事は無い。羅刹は涼しい顔で、ひたすらに力を込め続けている。それが尚更、恐怖を引き立てている。


 見ている自分たちも、何故か、苦しく感じていた。


「辛いか?  苦しいか?  その痛みをよく覚えろ、そして刻め」



「―――これが、死に至ると言う事だとな」



 苦しいのだろう、高野は膝を着き始めた。白目を向かせ、涙を流し、顔はまるで茹でられたタコのように赤くなっている。栖堂会の構成員たちも、助けには行かない。それは、羅刹が作り出した、恐怖の影響なのだろう。


「……」


「カッ!  ……アッ、ガッ……」


 そして、羅刹は手を離した。すると、糸の切れた人形のように、高野はバタリと倒れた。


「……つまんねぇな、これだから無敗とかって言う奴は嫌いなんだよ……それに、お前らも」



「―――消えねえと、ぶっ殺すぞ」



 冷たく、狂気的で鋭い声がその場に響いた。


「ヒッ!!?」


 1人が逃げ出す。そうすると、1人、また1人と恐ろしさから声を出して、逃げ出して行く。総長の高野の事を放っておいて、我が身を優先する。そうしないと、殺されると、本能と精神で察しているのだ。


 それは、自分たちも同じだった。


「……!」


 剃り込み頭の男は、隠れるのを止めて、すぐに後ろ側へと走り出す。他の3人も釣られて、逃げるように……いや、逃げ出したのだ。耐え切れなかった。あの男の放つ、途方も無い狂気に。


 そして、最後に後ろを振り向いた時。



 ―――羅刹は、屈託の無い笑みを、彼らに向けていた。





 ・・・





「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!」


「ヤベぇ……クソ」


「ど、どうする!?  見られたのかな……アレ」


「どちらにしろ……もう関わらない方がいいだろ!  あんなのよ……」


 息を切らしながら、元いた住宅街の方へと走って逃げ帰った。不良的な観点から見れば、それはとてもダサい行為ではある。だが、そんなのはどうでもよかった。最早あの場は、“死ぬか生きるか”の場だった。そんな所に、見栄だの何だのは言ってられない。


 兎に角、怖かった。得体の知れない恐怖とは、予想に反して、その力までもが作用するものだった。羅刹という男は、狂気だけでない。それを更に際立たせる、力を有していた。この街のトップを片手だけで倒した。


 そして、羅刹の語った言葉の数々だ。アレが引き金だった。あの言葉が先ず、最初にその場にいた全員に恐怖を伝染させる要因だった。


 思い出せば思い出す程、心が更に恐怖に蝕まれそうになっていた。


「……俺らが相手にしようとしたのは、何だったんだ?」


 剃り込み頭の男が、静かにそう呟いた。


「……分かんねぇよ、そんなの」


「狂ってたよな……ホント」


 他の2人も、同意したかのように返事をした。


「人間には、見えなかったぜ。同じ血の通った、人間にはな」


 金髪の男も、顔を下に俯かせながら、そう答えた。


「……もう、今日の事は、忘れよう」


「何も見なかった、何もしてない、俺らが見たのは、悪魔の作った夢だった……これでいいじゃねえか」


「「「……」」」



 ―――静寂に包まれる。



 ―――時間は、深夜の2時だった。




 ・・・





 ―――あれから、数週間の月日が経った。



 4人はこれまでと、大差無い生活をしている。車を駆り、女をはべらかせ、たまに喧嘩をしながら、少々規模の小さめな暴走行為を繰り返しながらも、それなりに平和に暮らしていた。



 ―――そして今夜、剃り込み頭の彼は、東京の高速道路を、女と共に、互いに談笑しながら車で走っていた



「久しぶりだねぇ〜こうやって高速走んのも」


「だなぁ、何かとあったからな」


「……そーいやさぁ、何かと話題になってるよね」


「?  何がだよ」


「ほら……アレよ、アレ」



「―――羅刹、だっけ」



「ッ!?」


 彼は“その時”の恐怖を思い出したのだろう。笑顔が表情から消えた。


「へ?  どうしたの?」


「……い、いや、何でも無い。で、羅刹がどうしたんだって?」


「んーとね、この街のトップがソイツらになったよねぇって。それに、他の街からもヤバい奴らを抱き込んで勢力を拡大させてるとか」


「……」


 噂は、広がっていた。


 羅刹闘神会がこの街のトップに立って、ある事ない事、様々な噂や話が流れていた。


 あの夜、栖堂会と言う何十年もトップを張り続けた組織が破れ、それからしてすぐに解散になってしまったのだ。噂だと、総長の高野が、精神的に弱り果てただからと。それが事実かは不明だ。


 他に流れてくる噂と言えば、ヤクザをバックに着けたのだとか、様々な街からヤバい奴らを幹部として抱え込んでいると言った噂もある。そのヤバい奴らの中には、40人近くを相手に片手にナイフだけで立ち向かった狂人のような男もいるのだとか。


 兎に角、情報は錯綜していた。


「……」


「凄いよね。ホントに、数十年の歴史を変えちゃったもの」


「……ホントに、そう思うか?」


「へ?」


「……アイツは、いや、あの“化け物”は」



「―――きっと、ただの遊び感覚であんな事してんだよ」



「凄いとか、凄くないとか、そういう領域なんかじゃねぇんだよ」


「……どうしたの?  なんか、顔色悪いし」


「何でも、無い……」



 ―――ふと、彼は外を見た。



「……」



 ―――横を通る黒い車、シビックだろうか。その車の側面に貼られたステッカーには……



 ―――“羅刹闘神会”、と書かれていた。

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