お仕置きとご褒美

「試験お疲れ様」

「はい。お疲れ様でした」


 今日はお互いに学科の友人達と夕食をとった。試験終わりの打ち上げのような物だ。

 その後訪ねた美園の家で、出してもらった紅茶に口を付ける前にお互い口を開いた。


「どうだった?」

「良く出来たと思います。特に専門科目は自信があります」

「頑張ったね。ご褒美用意しとかないと」

「ありがとうございます。智貴さんはどうでしたか?」

「僕の方も問題無いよ」


 資格試験の勉強に時間を割いている為、点数自体は前期よりも下げた自覚がある。しかし成績評定に関しては保てているはずだ。保てていなければきっと美園が気に病むので、10割を取りに行く勉強から9割を抑えるやり方に変えた。その成果は出たと思っている。


「それじゃあ、私の方もご褒美を考えないといけませんね」


 ふふっと楽しそうに笑う美園。お互いに相手の言葉と、出すであろう結果に対して信頼がある。それを口にしなくてもわかる事が何とも嬉しい。


「それに関してはもう決まってるんだ」

「何でしょうか?」


 期待をこめた瞳で美園が聞いてくる。これに関してもお互いに同じ。「してもらう事」も「してあげる事」も、どちらも楽しみなのだ。


「僕の両親に会ってほしい。前にも話してたけど、春休みだし具体的に決めたい」

「……はい。いよいよですね。万が一にも失礼の無いように、今から準備しておきます」

「大丈夫だって。大体あっちの方が大概失礼を働きそうで困ってるんだ」


 父さんも母さんも僕が進路の話をした時にはあっさりとしたものだったが、美園の事に関しては――特に母さんが――興味津々で、「話を聞かせろ」としつこかった。実際に会わせたとして、距離の詰め方に不安は残る。


「きっと素敵な方達なんでしょうね。智貴さんのご両親ですから」

「普通の両親だからハードル上げないでくれよ」


 優しく微笑む美園に照れ隠しで返してみれば、ムッとした表情を作り、可愛らしく尖らせた唇から反論が返ってくる。


「智貴さんに言われたくありません。私のハードルを上げましたよね?」

「あれは、本当の事だから。美園は僕の自慢の彼女だから、嘘は一つも無い」

「もうっ。そんな調子で成人式の時も何か言っていないですよね?」


 テーブルの向かいから僕の横へと移動して来た美園が、ずいっと顔を近付ける。

 なのでそのまま抱きしめた。


「ごめん」

「ごめんじゃありません」


 僕の胸に顔を埋めたままの美園が、背中に回した腕に力を強くこめるのがわかる。彼女としては「私は怒っています」というアピールなのだが、僕にしてみれば正直ご褒美に他ならない。力加減は心地良いくらいだし、押し付けられる柔らかな体からはとんでもなくいい香りがする。

 流石に本気で怒っているのであれば僕ももっと真面目に謝るが、これは美園の照れ隠しのようなものだ。


「実際にさ」


 そっと髪を撫でると、僅かに腕の力が弱まる。その素直な反応が面白くて可愛い。


「美園を褒められた時に謙遜して『そんな事無いよ』なんて言えないし、どんな子か聞かれて『普通の子だよ』なんて返せない。『自慢の彼女』だって言うのは最大限の譲歩なんだよ」

「智貴さん」


 潤んだ瞳だけをこちらに向け、美園は静かに僕の名前を呼ぶ。


「お仕置きです」

「はい」


 年末のあの時以来、僕が美園を恥ずかしがらせたりすると、彼女の『お仕置き』が待っている。流石に「がおー」とは二度と言ってくれなかったが。

 ふわりと漂う甘い匂いとともに、僅かに傾けた首にやって来るのはこちらもまた甘い感触。柔らかな唇が触れるくすぐったさの次に感じるのは、硬く優しい甘噛み。


 今日は今までよりも恥ずかしさが大きかったのか、いつもなら一噛みで終わる『お仕置きご褒美』に、もどかしくもくすぐったく気持ちのいい二口めがあった。

 そんな美園の背中に腕を回して抱き寄せ、もう片方の手で髪を撫でると、「んぅ」っと艶めかしい声が僕の首筋と脳を震わせた。


 三口めは残念ながら無く、しっとりと柔らかな唇がゆっくりと離れていく。一瞬寂寥感に襲われるが、美園の吐息が首筋にふっとかかった事で、それも既に過去のものになっていった。


「反省しましたか?」

「うん。ごめん」


 耳までを朱に染めた美園の問いにこう答える。

 美園が笑いながら「仕方ありませんね」と応じて仲直りは完了。元々仲違いをしていた訳ではないので、正確に言えば違うのだが。



「じゃあ今月ラストの金曜土曜でいいかな?」

「はい。準備しておきます」

「うん。よろしく」


 そっと髪を撫でれば、美園が僕の左腕を抱く力が少し増した。


「緊張してる?」

「はい。だって智貴さんのご両親にお会いするんですよ?」

「美園のご両親に会う前に言ってくれた事、覚えてる?」

「ええと……」


 流石に対象の言葉が多すぎる為か、美園は首を捻っている。


「僕は美園を信じてる。だから心配なんかしてないし、美園も緊張なんかしなくていいよ」

「あ……」


 そもそも美園は普段から礼儀正しい。言葉遣いも所作も美しい。減点など受ける要素は一切ないし、そもそも両親だってただ美園に会いたいだけで、採点するつもりなど無いだろう。


「まあ僕の経験から言って、だからって緊張するなってのも難しいんだろうけど。今回は泊まりで行く訳だし」

「お泊り……」

「初めての泊まり外出が僕の実家で申し訳ない」

「いえ!そんな事は無いです。嬉しいですよ」

「ありがとう。そんな訳だから、あんまり気にせず普段の美園でいてくれればいいと思うよ」

「ありがとうございます」


 ふふっと笑った美園が僕の左手に自身の右手の指を絡ませ、言葉を続ける。


「確かに、あんまり良く見せようとしてしまっても後が大変になりますね」


 美園ならそんな風にする必要はないんだけどな、と内心苦笑していると、「だって」と少し恥ずかしそうに、美園が少しだけこちらに振り向いた。


「私のお義父様とお義母様になってくださる方達ですもんね」

「……うん」


 顔が熱を持つのがわかる。そんな僕をチラリと見て、美園は少し照れたような笑いを浮かべてまた前を向いた。そっと頭を撫でながら絡めた指に少しだけ力を入れると、彼女も同じように返してくれた。

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