可愛い吸血鬼

 僕と美園が一緒に過ごす時、テレビをつける事は滅多に無い――そもそも僕も美園もほとんどテレビを見ない――が、今日はお互いに何となくだが手持無沙汰な感があり、たまにはという事で適当な番組を視聴する事にした。


「うーん」

「年末特番ばかりですね」


 番組表を見ても、バラエティーやお笑いがほとんどで、これなら動画配信サイトで適当な映画でも見た方がマシではないかと思った時、隅の方に毛色の違う番組を見つけた。


「ホラーか」


 別に好きなジャンルと言う訳ではないが、彼女といる時にホラーを見る理由など男にとっては一つしかないので、そのために視聴するのは吝かではない。


「怖いの平気?」

「グロテスクなのは嫌ですけど、普通のホラーだったら大丈夫です」


 思った以上に普通の反応が返ってきて、思惑が台無しになりそうな予感をひしひしと感じながらも、それを悟られないように「それじゃあこれにしようか」とチャンネルを合わせた。



 選んだ番組はジャンルこそホラーとなっているが、どちらかと言うと歴史バラエティーと言うべき内容で、世界各国の有名なホラーネタを映像を交えながら紹介していくものだった。

 そのくせに紹介VTRが地味に怖い。と言うよりも驚かす造りになっていて、情けない話だが僕は何度もビクっと反応してしまっていた。

 ソファーの隣に座る美園はそんな僕を見つつ、「可愛いです」と優しく微笑んで僕の手を握った。完全に目論見とは逆になってしまい、少し悔しい。


「最後は吸血鬼か」


 途中から見始めた番組だったが、なんだかんだで結局最後まで見る事になりそうだった。


「映像の出来がいいですね」

「うん」


 テレビの中では丁度吸血鬼が美人女優――美園の方がずっと綺麗だ――の首筋に歯を立てたところ、そしてそこで暗転したVTRが終わってスタジオが映される。

 こうなってしまえば後はただのバラエティー。隣の美園に視線をやると、微笑みながらコクリと頷いてくれたので、そのままテレビを消した。


 美園が髪をアップにしていなくて――作業が無い時にアップにする事はまず無いが――良かったと思う。先程のVTRのせいか、どうしても彼女の首元に視線が行ってしまう。

 正直、歯を立ててみたいと思った。もちろん優しく、甘噛み未満で、軽く触れる程度、あの綺麗な肌に痕など絶対残さない。


「智貴さん」


 そんなバカな事に気を取られていると、ソファーの上をスイっと移動して来た美園が、僕の横にぴったりとくっついたかと思えば、そのまま膝の上に乗っかった。

 ソファーに並んで座る事自体が珍しいので、こんな風に美園を膝の上に乗っける事も随分と久しぶりかもしれない。後ろから抱きしめるのとは当然違う、やわらかな重さが心地良い。


「重くありませんか?」

「全然」

「良かったです」


 ホッとしたように微笑み、息を吐いた美園が、そのまま正面から顔を近付ける。

 ふわりと漂う甘い香りの中で目を瞑り、彼女の唇を待つが、何よりも甘いそれは中々やって来ない。


 呼びかけようかと考えたところで、丁度美園の手が僕の両肩に置かれた。美園からキスをされる時に肩に手を置かれた事など無いので、珍しいなと思いながらも、いつもとは違うその様子に少し期待してしまう。

 そして――


「!」


 触れられた感触があったのは唇ではなく首筋。それもやわらかなだけでなく、くすぐったさの中に堅い物も当たった感触があった。

 驚いて目を開けると、見えたのは愛しい恋人の、そのダークブラウンの側頭部。


「み、その?」


 我ながら間抜けな声が出た。多分間抜けな顔もしていると思う。

 しかしそんな僕の声にピクリと震えた美園が、ゆっくりと顔を起こした。

 眉尻の下がったその可愛い顔は、真っ赤に染まっていた。


「きゅ、吸血鬼です。……がおー」


 両手の指を折り曲げて爪を立てるようなポーズを取りながら、恥ずかしそうに笑う美園は、ほんの僅かに震えている。


「何か言ってください……」

「吸血鬼はがおーって言わないんじゃないかな」

「そうですね……」


 ハッとした美園は、慌てて自分の手を背中に隠したかと思えば、僕の視線に気付いて、「見ないでください」と抱き着いて来た。

 ぎゅっと押し付けられたやわらかな感触の向こうから、早鐘を打つ心臓の鼓動が伝わる。


「凄い可愛かったからもう一回お願いできる?」

「もうしません!」


 耳元で「うぅ」と恥ずかしがる美園があまりに可愛すぎて、抱きしめ返す腕に力を入れすぎないようにするのが大変だった。



 抱きしめながらしばらく髪を撫で続けると、ようやく美園が落ち着いたのか、僕の背中に回していた腕から少しずつ力が抜けてきた。


「吸血鬼の映像を見た後、智貴さんが私の首をじっと見ていたので、噛みたいのかなと思いました」

「うん。ちょっと思った」

「やっぱり」


 本当はちょっとどころではないが。


「ですけど、お風呂に入る前ですし、恥ずかしかったので……」


 そこまで言うと、僕の背中にあった美園の手が完全に離され、彼女の体も起こされる。

 その可愛らしい顔には、まだかすかに赤い色が残り、大きな目には少し潤みが見える。


「考えている内に私の方もしてみたくなって……」

「それでがおーした、と」

「それは言わないでください」


 少しだけ赤みを増した顔で口を尖らせる美園に、「ごめんごめん」と謝ってまた髪を撫でると、彼女の方は「もうっ」と口にしてふいっと顔を背けた。


「そう言えば、吸血鬼に噛まれると吸血鬼になるんだっけ?」

「そういうお話もありますね」

「じゃあ僕もがおーしないとダメだね」

「ダメです」


 笑いながら先程の彼女と同じポーズを取ると、美園は素早く両腕を交差しながら自分の首を守った。


「残念」


 押せばがおーさせてもらえる気もしたが、これ以上美園を困らせたくもないので、この辺りが引き際だろう。

 口に出した通り残念だが、いつかきっと機会はあるだろう。

 その時に「がおー」と言って噛みついたなら、美園はどんな顔をしてくれるだろうか。


「智貴さん、何だか悪い顔をしています」


 そんな僕の考えを読んだかのように、美園は真っ直ぐ僕の目を見つめた。


「今は吸血鬼だからね。可愛い吸血鬼に血を吸われてさ」

「もう」

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