第13話 心配する先輩とバカップル
連休明け最初の火曜は文実の全体会が無い。前回の集まりが4月最終週の火曜だったので、次の全体会までの間は2週間以上空く事になる。
とは言え同じ大学に通っているので、一学年2000人前後の学生たちの中でも、行動範囲が近い文実メンバーとは意識しなくても意外と遭遇する。
僕の通う大学の学部は教育、理学、人文、農学、工学の五つがある。それぞれ専門の○○学部棟の群――理学部ならば理学部A棟~E棟――があり、そこに加えて教養科目や言語系の授業で使う共通棟を合わせて六つの群となる。
各棟の簡単な位置関係としては、正門に近い第1学生食堂周辺に共通棟と理学部棟、工学部棟があり、そこから少し奥に進んだ図書館付近の第2学生食堂周辺に教育学部棟と人文学部棟がある。
農学部棟に関しては、土地の確保の関係上一つだけぽつんと離れた位置にあり、ほぼ農学部専用の第3学生食堂――第一と第二の学生食堂がほぼ同規模なのに対し、大分小規模な造りになっている――が存在している。
つまり、僕の行動範囲である理学部棟付近や
そういった訳で週明けの月曜から1年2年を問わず、それなりの文実メンバーと遭遇している。1年生に関しては話した事の無い子達がほとんどだったので、遭遇というよりは見かけたという方が正しいかもしれない。
「あれマッキーじゃん。久しぶり、ここいい?」
そして木曜日――毎週木曜は部活とサークルの活動日で、授業は午前中しかない――僕が一食で昼食をとっていると、珍しい人と珍しくない人のコンビに出会った。
「航くん」
声を掛けてきた人物の名前を呼ぶと、その横の人物がぷっと噴き出した。
そして僕は無言で頭をはたかれた。
「言うようになったな、お前も」
笑いながらそう言って向かいの席に座ったのは、文実OBの成島航一さん。通称成さんだ。
「つい。というか成さん、僕の個人情報をそこの奴にベラベラ喋ったでしょ」
「そこの奴って酷くありません?」
その隣の席についたのが成さんの恋人の宮島志保で、進行形で僕に抗議している。
「でも珍しいですね。成さんこっちに来るなんて。サークルの日でも
成さんは教育学部、普段の昼食は二食で済ませているはずだ。
「今日は生協にも用があったしついでにな。お前こそ木曜に学食にいるの珍しいんじゃないか?」
生協は一食に併設されているが、普段の平日は昼食を買いに来る人以外は、混雑を嫌って避ける人が多い。午後は帰るだけの学生も多い木曜の昼に関しては、学食同様に比較的空いている。
「酷くないですか?」
「そうですね。今日はほんとにただ何となくです」
「酷くないですか?」
「あーわかった。悪かった悪かったごめんごめん」
「感情が全くこもってませんけど、まあ許してあげます」
うるさいので仕方なく志保に謝ると、志保は尊大な態度で胸を反らせた。
「お前、人の彼女の扱い雑じゃね? こんなに可愛いのに」
そう言って成さんが優しい笑みを浮かべながら志保の頭を撫でると、志保も嬉しそうに目を細めた。
午後の授業がある他の曜日と比べれば学生は少ないが、現在の一食にも100人くらいはいるはずだ。
そんな100人などいないかのようなバカップルに冷めた目線を送って見せたつもりだが、二人ともこんなに幸せそうな顔をするのかと、内心ではとても驚いていた。
「まあ、マッキーさんは私の事眼中にないですからね」
ひとしきり頭を撫でられて満足したのか、志保はニヤリと笑って僕に話題を向けてきた。
「どういう事だよ。志保に魅力が無いって事か?」
「僕の成さんのイメージを返してください、マジで」
成さんは雄弁なリーダータイプでは無かったが、後ろから見守りいざという時には的確な助言をくれる、辛そうな人を見つけては愚痴を聞いてやる、そんな風にみんなを支える頼りになる先輩だった。断じてこんなバカップルの片割れではない。
というか眼中にあったらあったで絶対文句言っただろ。
「成さんの彼女ですからね。そういう目では見られませんよ」
「そうでなくても、美園の事がお気に入りですからね」
言いたい事を飲み込んで無難な答えでお茶を濁そうとした僕に、志保は相変わらずのニヤケ顔でそう言った。
「みその?」
「私の友達。同じ学科で文実の子だよ」
「ああ。前に言ってた子か。その子がマッキーのお気に入りだと」
「そ。すっごく可愛いから。学食とかにいると本当によく声かけられるしね」
「へ~」
そりゃそうだよな。そう思うと同時に、美園は上手く対応できているだろうかと心配になる。
「嫌そうな顔してますね~」
「してますねぇ」
そんな僕を、二人してニヤニヤと生暖かい視線で見ている。
「別に嫌そうな顔なんてしてませんよ。美園が困ってないかちょっと心配だっただけです」
最近の僕は割と表情を読まれるが、今日のはハズレだ。
「へえ」
そう言った僕を、成さんが普段より目を開いて見てきた。
「何ですか?」
「いや、お前からそんな言葉が出るなんて意外だなと思ってさ。お気に入りってのも案外嘘じゃないんだな」
「嘘じゃないよ!」
発言を疑われていた志保がぷりぷりとして文句を言うが、成さんが「悪い悪い」と頭を撫でるとすぐに怒りも吹き飛んだようだ。バカップルめ。
「お気に入りですか」
志保と成さんから言われた言葉を反芻する。
美園と最初に会話をしてから約20日、その間家まで送る事2回、休日に二人で食事に出かける事1回、メッセージのやり取りは足の指まで使っても数えるには足りない。美園以外の後輩で言えば、志保をバス停と成さんの家まで送った事があるだけで、その他は0だ。
しかも出展企画だけに限っても、話をした事がある後輩の方が多分少ない。自分から交友関係を拡げられない僕の、後輩との付き合いはそんなものだ。
その状況を美園に対してのものと客観的に比較するならば、美園は間違いなく僕のお気に入りだろう。主観で言っても、僕は美園を好ましいと思っている。ただ――
「二人が思うようなお気に入りじゃありませんよ」
「そうですかねー」
「まあ志保、そう面白がるなよ」
少し不満げに口を尖らせる志保を、成さんが軽く咎める。バカップルに堕ちたとはいえ、やはりこの人は僕の知っている成さんだと再認識する。
「こういうのは茶化さず見守った方が楽しいんだ」
「確かにそうだね」
前言撤回。
◇
「じゃあそろそろ
「はい。お疲れ様です」
「じゃあマッキーさん、また」
「ああ、また」
昼食を食べ終わると、二人は文化サークル棟に向かった。志保が成さんと同じ合唱団に所属していることは、先日美園から聞いていた。
二人は同じ高校の合唱部で出会い、志保から告白して交際に至った事も一緒に聞いた。
「恋人か」
去っていく二人を見て、自然と言葉がこぼれた。
頼りになる兄のような先輩も、サバサバしていると思っていた後輩も、恋人の前ではあんな表情を見せるのだという事が、意外で仕方なかった。
僕も恋人が、もし仮にだが、出来たとしたら、ああなるのだろうか。
もし仮に僕に恋人が、そう考えた時に頭に浮かんだのは一人の後輩の顔だった。
今話題に上がった人物なので連想するのは当然だろうし、先日恥ずかしい台詞を吐いた後遺症もあるだろう。きっとそうだ。
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