放課後の演奏会

口一 二三四

放課後の演奏会

 放課後の校舎内にトランペットの音が響く。

 どこからともなく聞こえてくる音色は決まって夕方。

 全ての授業が終わり、部活をしている生徒以外ほぼほぼ校門を出たぐらい。


 夏であれば傾く途中の陽射しに合わせて。

 冬であれば沈む寸前の夕暮れに合わせて。


 緩急のある旋律で音楽らしきものを奏でている。

 最初は吹奏楽部の練習かなにかだと思っていたけれど、あいにくこの学校に吹奏楽部は無い。

 五年程前にはあったらしいが、部員の減少、顧問の不祥事で当時在籍していた生徒限りで廃部になってしまったと、その内の一人であった姉貴が教えてくれた。

 廊下を流れ誰もいない教室へと辿り着く音色を聞くと、同じくトランペットを吹いていた姉貴もこんな風に学校で練習してたのかなと想像してしまう。

 音が一旦止み、また奏でられる。

 校舎内に残っている生徒なんて部活で部屋を使っている人や、僕みたいにわざわざ長居しているモノ好きぐらいしかいない。

 そんなこともお構いなしに今日もトランペットは吹かれ続ける。



 この音色に気がついたのは三ヶ月ぐらい前。

 いつもなら忘れない宿題を忘れてしまい居残りをしていた時。

 傾き始める西日が射し込む教室。

 僕以外誰もいない場所で聞く彼方からのトランペットの音は、幻想的で、心地よくて。

 まるで僕だけのために開かれた演奏会のように思えた。

 もちろんそんなわけないのだけれど、物事に特別感を抱くのは誰にだってあること。

 他の、日中同じクラスで同じ授業を受けている生徒が知らないことを僕は知っている。

 それだけでなんだか得した気分になれた。


 一体誰がなんの目的で吹いているのか?


 気になった僕は当然の如く音の出所を探した。

 ひと気のない音楽室、ひと目につかない校舎裏、ひと一人寄りつかない非常階段。

 一週間かけてようやく見つけ出したそこは、屋上だった。

 普段はカギがかかっていて入れない扉は開いていて、隙間からもれ出るトランペットの音をかき分け覗くと、ポニーテールの女の子が金色に輝く楽器を吹いていた。

 両手を垂直に上げ、トランペットを水平に構える姿は彫刻みたいで美しかった。

 陽の光に照らされ煌めく奏者にすぐ目を奪われ、気がつけばそのまま。

 いつも教室でそうしているように聞き入っていた。

 制服の襟元には学年を表すピンバッジ。遠目から辛うじて一つ上の先輩だとわかった。


 声をかけたい。


 演奏が一段落してトランペットを口から離すタイミングで扉を開けようとした。

 しかし、いざ話しかけようとするとありもしないことが浮かんで二の足を踏んだ。

 ひと気のないところで、ひと目につかず、ひと一人寄りつかない屋上でトランペットを吹いているのだ。

 もしかしたら一人の世界に浸っている、浸っていたいからこそそうしているのかも知れない。

 誰にも聞かせずただ自分のためだけに吹いているのかも知れない。

 そこに、偶然演奏を聞いて興味を持っただけの僕が足を踏み込んだら……。

 いつの間にか楽しみの一つになっている放課後の演奏会を、僕自身の手で台無しにしてしまうような気がした。

 このまま誰が吹いているのか気づいていないことにして、立ち去るのが得策だと感じた。

 学校で奏でる理由がなにかあるのだろう。

 気にはなったが、好奇心に背を向けその場を離れる選択をした。



 以来僕は屋上へは近づかず、一人残った教室でトランペットの音を聞いている。

 その日その日によって変わる曲調と空模様。

 運動部の掛け声に混じって届くトランペットの音は。


「……今日はなにか、いいことでもあったのかな?」


 淡々と学園生活を送る僕に、ささやかな青春を与えてくれた。

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