残念過ぎる美人教師が俺んちに居候してる件

さくたろう

プロローグ

 高校生活も慣れた二年目。

 GWという連休も明けて少し経ち、学生たちの気持ちが緩みきった帰りのHRにそれは起きた。


「それじゃ来週から家庭訪問あるから、ご家族の方にちゃんと伝えておくようにね」

「え……?」


 HRでのいつも通りの担任教師からの連絡。

 ただ一つ、家庭訪問という単語を耳にした生徒たちにより教室が軽くざわつく。

 俺はというと、まさか高校生にもなって家庭訪問があるとは思ってもなくて、思考が完全にフリーズしていた。


「伊佐敷くん、どうかしたの?」


 教室の中央最前列にいる俺の声はプリントを配る担任の耳にしっかりと届いてしまったようだ。


「日程とかで何か都合悪かったりする?」


 くりっとした大きな瞳で顔を覗かれ教師相手に不覚にもドキッとしてしまう。

 きっと距離が思ったよりも近いせいだ。そういうことにしておこう。


「あ、いえ……別に」


 視線を落とし配られたプリントを眺めると、俺の予定は来週月曜。順番的にはその日の最後。

 別に日程的に問題があるとかそういうわけじゃない。

 問題なのは別のことだったりするわけで。


「ならいいんだけどね。なにかあるならちゃんと私にも親御さんにもちゃんと話しておくようにね」

「はい、わかりました」

「よろしい」


 俺の返答に担任の池野崎ちのざき先生は、こちらを見て満足げにほほ笑んだ。


「みんなも日程とかで都合が悪いようだったら後で教えてね」


 その言葉にクラスメイトが反応したのを確認すると、先生はよく通る声で話を続けていった。


 池野崎絵美ちのざきえみ

 俺の通う、県立湯野川高校二年D組の担任教師。

 年齢は非公開。噂では二十代後半。あくまで噂だ。

 昔、先生に直接年齢を聞いた勇者、もとい大馬鹿者がいたらしいが、次の日から学校に来なくなったという話もあるらしい。いや、流石に盛ってるだろうけどさ。

 まあ先生じゃなくても、女性に年齢の話はあまり喜ばれないだろうけど。

 それでも十分若い部類だし、綺麗な顔立ちにさらさらと肩口まで伸びた濃いめの茶色の髪がとても似合っている。


 スタイルも良く、少し短めのスカートと黒タイツという男ならだれでも食いつきそうな恰好で男人気はかなり高い。

 男子生徒からはもちろん、教師も何人か池野崎先生を狙っているとかいないとか。

 噂ではファンクラブもあるそうな。

 高校教師のファンクラブとは如何に。初めて聞いたし。もはやアイドルなのでは。

 見た目だけではなく先生は、生徒との距離感をほどよく保ち姉御気質で面倒見も良いので女子からの人気も高いらしい。


 受け持つ授業に関しても、教えている現代文は丁寧でわかりやすく高評価。

 もはや創作物なのではと思ってしまうくらい高評価の固まりすぎて怖い。悪い噂とか一切聞かないもんな……。

 


「それじゃあみんな、今日も一日お疲れ様。また明日もよろしくね」


 そんなことを考えていると、池野崎先生の言葉がクラスに響く。

 さようならと生徒たちが返し、わらわらと教室を出ていった。


 俺もささっと帰り支度を済ませ、書類と真剣に睨みあっている池野崎先生に軽く一礼して学校を後にした。




「ただいま」


 学校から帰宅し、ぼそっと呟くが返事はなく室内は静まり返っている。

 それもそのはずで俺はこの1LDKのマンションに一人暮らしをしているからだ。

 実家から持ってきた使い古されたソファーに荷物を置いて自室に向かう。


「しかし参ったなぁ……家庭訪問か」


 別に家族がいないというわけじゃない。

 一応いることはいる。ただ、普通の家庭環境とは少しばかり違うのだ。

 そして、あの人たちから逃げるように一人暮らしを始めた俺にとって、今回の家庭訪問のために呼び出すのは躊躇いがあった。

 嫌いとかそういうわけじゃない。

 このマンションと学費だって出してもらっているので感謝しているし。

 ただ少しだけ居心地が悪いだけなんだ。


「……ま、一人で対応すればいいか」


 本来の家庭訪問といえば、教師が家に来て生徒の家族と話しをするというのが普通だとは思うけど。というか三者面談じゃないんだな。

 どちらにせよ、教師と家族がいる場面に自分がいる状況は居心地悪いことこの上ないだろうし、今回は一人でやり過ごすことにしよう。

 そんなことを考えながら俺は、バイトに向かう準備を始めた。



 今は一人暮らしをしていて家族がいないと池野崎先生に伝え、軽く世間話や学校のことについて話をして終わり。ただそれだけのこと。

 それが済んでしまえばいつも通りの日常が待っていると。

 まさか家庭訪問があったことで自分のこれからの生活が今までとは全く別のものになるなんて、この時の俺は夢にも思わなかったわけで――。

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