レンタル彼氏が元カレだった件⑪
梨生奈はバッグを持ち颯人の隣に並んだ。
「えっと・・・。 田中さん、ありがとう。 ここまで私を応援してくれて」
感謝の言葉は本当に感謝していたこともあるし、これ以上刺激をしないためにと思って言ったものだ。
「ううん。 リオちゃんのことは、地下アイドルだった時からずっと好きだった。 この気持ちは今でも変わらない、ただそれだけ。 あ、でも携帯が・・・」
そう言って壊れた携帯を見る。 画面が割れるどころではなく、先程の田中の狂気を存分に物語っていた。
「あ、携帯は大丈夫。 新しいのを買うから」
「でも流石に僕が弁償を」
「田中さんは、私に歌手デビューする勇気をくれた一番の人だから。 それで十分」
「リオちゃん・・・」
「じゃあ、帰ります」
「歌手デビューしたら、一番に応援に行くから!」
田中に笑顔で見送られ部屋を出た。 二人きりの帰り道、気まずいながらも梨生奈はまず最初に確認をする。
「・・・えっと、颯人なんだよね?」
「ん、何?」
人違いであると思ったわけではなく、レンタル彼氏の延長かどうかの確認だ。
「私のことは、誰だか分かる?」
「梨生奈だろ?」
「ッ・・・」
ようやく名前も呼んでくれた。 レンタル彼氏だった時とは違い、口調も砕け付き合っていた頃と同様になっている。 嬉しい反面今日一日の困惑から、喧嘩腰の言葉が出てしまう。
「どうして日中は名前を呼んでくれなかったの?」
「デート中は仕事だったから、っていう理由ももちろんある。 だけど一番は、梨生奈を試したかったから」
「試す?」
「別れたけど、梨生奈は今俺のことをどう思っているのか気になって。 一日中、一人で百面相を繰り返していて面白かったな」
「なッ・・・!」
「顔が真っ赤だぞ?」
「誰のせいだと思っているのよ!」
酷い言いようだと思った。 自分だけ感情が暴れ回るのを必死で抑えていたのだ。 だがそんな言い合いも、今は心地よかった。
「ねぇ、どうして戻ってきたの?」
「・・・」
「・・・?」
颯人は梨生奈の問いかけに、しばらく考える風を見せる。
「・・・仕事が終わったから、普通に梨生奈と話したくなって。 電話をしたら急に知らない男が出たからビビった」
「どうしてあの場所が分かったの?」
「居場所特定アプリだよ。 憶えてない? 付き合っていた時、一緒に同じものを入れただろ」
「・・・憶えてる」
「男が電話に出た瞬間、嫌な予感がしたから通話しながら居場所特定アプリを起動していたんだ。 携帯が壊される前でよかった」
何か隠しているような気もしたが、助けに来てくれたことは感謝しかない。
「ありがとう、颯人。 助けにきてくれて」
「当たり前じゃん。 ・・・で、梨生奈はもうそのアプリは消した?」
消さずにそのまま残っている。 思い出を捨て去るにはまだ早過ぎて、気持ちの整理が全くついていなかったし、すっかりそのことを忘れてしまっていたというのもあった。
「それは、俺と同じ気持ちっていうこと?」
「・・・え?」
「俺、梨生奈と縁を戻したいんだけど」
「どうして・・・」
「梨生奈と別れてから、色々と考えたんだ。 どうしても思い出すのは、梨生奈との楽しい思い出ばかりでさ。 こんなにも梨生奈のことが好きだったんだって、別れてから気付かされた。
・・・梨生奈はもう、俺のことは嫌いになった?」
勝手な言い分だ。 周り全てが敵に思えたあの時、一番に味方してほしかった時に離れていったくせに。 そのような考えが頭を奔ったが、どうにも感情には嘘をつけなかった。
「ッ、なってない・・・! 嫌いになっていたら、今日一日中こんなにも感情は忙しくなかった」
「じゃあ、また俺とよりを戻してくれんの?」
「でもいいの? 私今、物凄く評判が落ちているんだよ?」
「それが何だよ。 数日後には歌手のソロデビューをしているっての。 俺の親父の会社に入ったらもう安泰だ」
こうして二人は復縁した。 だけど最後に梨生奈は聞きたかったことを尋ねる。
「・・・あ、そうだ。 そう言えば、どうしてレンタル彼氏をやっていたの?」
復縁してからの直後の会話にしては厳しいものだと思ったが、モヤモヤは残しておきたくなかった。 すると颯人は涼しい顔でこう言った。
「そういう梨生奈こそ、どうしてレンタル彼氏に申し込みなんかしてんだよ? それと一緒さ。 ・・・異性で心の傷を癒したかったんだ」
やはり何か隠している。 そんな気がしたが、今はもうどうでもよくなりそれ以上問い詰めるのは止めにした。
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