第12話「リサーチ」
<火炎球ファイアーボール>はデリトに直撃した・・・かと思われた。
しかし、実際にはゲババービの放った巨大な<火炎球ファイアーボール>はデリトが軽々と握りつぶしてしまった。
「・・・で、ゴブリンキングの弱点は?」
「わ、私の最大級の魔法の<火炎球ファイアーボール>が・・・、し、しかし、”キング”に弱点などありません!
かつて、”救世のハーフエルフ王”との戦いで、奴の魔法によって”権能”が使えなくされても”キング”自身の力はハーフエルフ王を上回ったのです!」
確かにデリトはゴブリンキングのとんでもないステータスの高さに舌を巻いたのだった。
”救世のハーフエルフ王”が何者かは分からないが、異世界転生者であり異世界転移者であるデリトですら上回るゴブリンキングの攻撃力に通常の異世界の住人がかなうはずもない。
「そうか、まぁそうだろうな。では奴は前世のことを何か言ってなかったか?」
「・・・・・・!」
「あるんだな。」
「いえ、いえそれは・・・」
「言えばお前を解放してやろう。言わないと・・・。」
デリトは再び<無限重火器インフィニティウェポン>スキルでボウガンを出現させてゲババービの頭に突き付けた。
「いひぃ・・・!」
ボッチェレヌはゾーレにこっそりと耳打ちした。
「異世界転生者は基本的に異世界の最強存在”魔王”を倒すための存在で、”権能”だけでなくステータスも”魔王”のそれを超える数値に設定されているので異世界最強なんです。
しかも、やっかいなことに異世界転生者を超えるものが現れてはならないという絶対的な決まりがあります。」
「はぁ・・・なるほど・・・。」
話が複雑すぎてゾーレにはあまり理解ができていなかった。
「これはもう異世界の法なのです。
だから、異世界転移者であるデリトの旦那のステータスは転移時にちょうど異世界転生者よりちょい下のステータスに自動的に設定されるんですよ。
神のみぞ知る大いなる力が働いて。
つまり、旦那は異世界転生者と正々堂々と戦うと負けます。ギリギリ。」
「え、じゃあどうするの?」
「つまりは、正々堂々と戦っても絶妙に勝てないから、せこーく弱点を尽くしかデリトの旦那は勝ち目がないんですよ。
それはデリトの旦那が持つ特殊な”権能” <異世界転生殺しチートキラー>のみが成せる技。異世界転生者最強という法の抜け穴みたいなものです。」
「・・・そうなんだ。でも弱点ってどうやって見つけるの?異世界転生者は最強なんでしょう?弱点なんてあるのかな?」
「前世に弱点が隠れているんですよ。例えばブラックウィンドなら前世で陸上競技のオンリンピック代表候補だった時もあるからスピードが肝になります。」
「オリン・・・?」
ゾーレには聞いたことがあるような無いような不思議な単語に聞こえた。
「オリンピック代表候補。まぁめちゃくちゃ足の速い人みたいなもんと思ってもらえば。」
「なるほど。」
「つまり、ブラックウィンドは足の速さには自信があった。だから、逆に転生する際にはスピードを全く望まなかった。むしろ、仕事も忙しすぎてそのせいで死んだみたいな部分があるので、異世界転生ではゆったりと過ごしたいという気持ちがありました。
そしてブラックウィンドは自動的にスピードのステータスのみ普通の数値を持って異世界転生したんですよ。」
「じゃあ他のステータスは最強だけどブラックウィンドのスピードだけは普通だったからそこで勝ったってこと?」
「まぁ実際はもうちょっといろんな小細工を重ねてましたけど、簡単に言えばスピードを爆上げしてスピードのみの一点突破で倒したって感じですかね。
しいて言えば奴の”権能”である”魅了”は人間が声を聞くと洗脳されちまうから耳栓してたくらいですかね・・・。」
「・・・そうだったんだ。」
異世界タンファージで勇者ブラックウィンドに全く歯が立たなかった魔王マクスガムの姿を思い出していた。
ブラックウィンドが現れるまで魔王マクスガムはゾーレ自慢の父であり、タンファージで最強の存在だったがこうも最強の存在が入り乱れると頭が混乱した。
「異世界転生者の弱点は、彼らの前世での”死因”が深くかかわっていると旦那は良く仰っています。その弱点が分かれば旦那の<異世界転生殺しチートキラー>が発動し、勝つことができるんです。」
「”死因”・・・。」
ボッチェレヌがゾーレと話している間、デリトはゲババービを様々なスキルで拷問していた。
今はゲババービの体中を魔法スキル<鉄鋼蜘蛛の白糸ファイアーボール>で造り出した高硬度の繊維で縛り上げているところだった。
「で?」
「あ、ああ。確か、ゴブリンに生まれ変わる前が人間だったとは・・・」
「ほう、奴は何か自慢していなかったか。」
異世界転生者は転生直前の自分の記憶や願いがもとになって”権能”やステータスが決まる。
そして、だいたいの異世界転生者は前世での強い記憶、それも自分にとって都合のいい記憶を能力に変換している。
「えーとオオテメ-カー?のエイギョウブチュウ?だったとかタイイクカイケー?とか・・・。それはさぞ凄い組織の頂点にいたそうで・・・。前世から自分は王様だったと・・・。」
「それで?」
デリトはゲババービを縛り上げている縄をきつく縛り上げた。
「イデデ!・・・あーあとはシュウデンまで部下と働いていたとかをよく言っているそうです。わたくしめには謎ですが・・・」
「ふむ、大手メーカー、営業部長、体育会系、終電・・・。」
なるほど、ゴブリンキングの素性が分かってきた。
デリトは前世での自分の上司と似ていると感じた。
ゴブリンキングもそうだが、上司は体育会系のいわゆる古臭い人間で、反りが合わずデリトは会社を辞めたのだった。
デリトはふと数時間前のネドカイとの会話を思い出した。
それはネドカイの案内でゴブリン軍の隠し通路を歩いていたときのことだった。
「ゴブリンキングは生き返ったという話や生まれ変わったという話をしていなかったか?」
「うーんそうですね。これは誰から聞いたのか忘れてしまったので本当かは分からないですが・・・。誰かに後ろから刺されて死んだけど”権能”で生まれ変わったっていうのは良く自慢していると聞いたことがあります。」
「”権能”で生まれ変わっただと?・・・奴の”権能”が何か聞いたことはあるか?」
「さぁ・・・そこまでは・・・」
「そうか。」
デリトはこの会話の時に最初にネドカイに違和感と疑念を抱いたのだった。
ゴブリンキングの素性をかなり知っているのに”権能”のことだけ知らないのは不自然だと感じたのだった。
その時はデリトはゴブリンキングの”権能”を生き返る能力だと思っていたが、”権能”が”死者を操る能力”だと分かった今、ネドカイの話はゴブリンキングの前世での死に方だろうと予想がついた。
おおかた、ゴブリンキングは不死だと思わせるための策略か虚栄心によるものだろうと予想はついた。
「なるほど・・・。」
デリトは思案した。ゴブリンキングの弱点がどこかにあるはずだ。前世のどこかに・・・。
確かゴブリンキングは「過労死してしまう軟弱者もいた。私のやり方に不満を持つようなバカモノもいた。」と話していなかったか。
この大コンプラ時代にとんでもないブラック本部長だ、それはさぞ・・・。
そこでデリトはゴブリンキングの死因の詳細に思い当たった。
まさか・・・そういうことか?
にやりと笑ってデリトは策を頭の中で巡らせた。
「君たちが人間族の反乱者か。」
ゲババービに尋問し終えると、デリトは近づいて檻の中にいる男たちに話しかけた。
檻の中には憔悴した様子の男たちが数人座っていた。
「・・・お前は?見たことない奴だな。さては、ゴブリンキングに言われて俺らを処刑しに来たのか?ふん、最期は同胞である人間にやらせるなんて、奴らしいな。」
「待て。警戒するな。俺らはお前らを助けに来た。そして、ぜひ君たちに協力してほしい。」
デリトは自分たちのことと目的を話した。
異世界転生者というところに関しては話しても分からないだろうと考え、うまくごまかした。
「なるほどな。てめえが敵でないことは分かった。まだ信用なんかしちゃいねぇが、あのゴブリンキングを倒そうとしている奴なら大歓迎だ。だが、俺らが何に協力できるかって?」
「まぁ、そういうな。ところで、君の名前は?」
「俺か?俺はレジスタンスのリーダー、カロウだ。」
「そうか、カロウ。これならどうだ?<物質解析分解マテリアルアナリシス>」
そう言うとデリトは魔法でカロウたちレジスタンスが閉じ込められている鉄の檻を分析して分解し、ただの鉄の塊にしてしまった。
「なっ、とんでもねぇ魔法使いだな。あんたは。」
いともたやすく解放されることになったカロウたちは驚きを隠せないでいる。
「君にはゴブリンキングを倒したあと、人間族の王様となってもらう。そこでだ、俺からの条件だが・・・。」
そして、デリトはカロウたちに驚きの提案をした。
「・・・”それ”するだけで勝てるんだな?」
「分からない。だが、確度は高いと思う。」
「兄貴、兄貴。そんなことであの最強の王様ゴブリンが倒せるんですかい?
ゴブリンキングよりも弱いブラックウィンドですら倒すための準備やリサーチで1年かかったんですよ。」
ボッチェレヌが驚きの声を上げた。
「ゲババービの話とネドカイの話を総合して分かった。ゴブリンキングの”前世”について。ゴブリンキングの前世は大手メーカーの営業部長だった。ブラックな会社のパワハラ上司だな。」
「ホント、ヒドイでやんすよ。あっしにもそんな上司いたような、いなかったような・・・。」
「ゴブリンキングはどうやらブラックな体育会系企業で王様のごとく振舞っていた、その中で奴の死因は後ろから刺されて死んだこと。ここから導きだされるのは・・・。
さぁ、やってみようカロウ!頼んだぞ!」
デリトはレジスタンスのリーダー・カロウと固く握手を交わした。
”それ”は至極簡単なことだったが、”相手”に条件を飲んでもらうのはギャンブルにも近かった。
数時間後、ゴブリンキングとその配下は侵入者を見つけられず捜索を一度打ち切った。
「本当に逃げ足の早いやつだったな。」
ゴブリンキングはイライラとして悪態をついた。
自分と同じ異世界転生者と出会うことで、自分自身の強さを再確認するとともに、自らのゴブリン軍の詰めの甘さに気づいていた。
「使えない部下を持つと苦労するな・・・前世でもここでも。仕方がない。今日は終わりだ!大幹部どもは我が寝室の周囲の守りを固めよ!私はきゃつらの攻撃に備えて休む。」
ゴブリンキングは王座の間から繋がる寝室へと向かった。
異世界転生者たるゴブリンキングには休まずに動き続けることすらスキルを駆使することで可能だった。
しかし、彼には休むこと以外の理由があった。
寝室のベールをくぐるとそこにはベッドに裸で横たわったネドカイがいた。
性欲を抑えられないうえにオスしか生まれないゴブリンにとって、人間やエルフの性奴隷は楽しみとしても種の繁栄としても必要なものだった。
ゴブリンキングも例外ではなく、自分専用の性奴隷を集めていたが、その中でもネドカイは特にお気に入りだった。
ネドカイは娼館ができる前からゴブリン軍に捕らえられていた性奴隷だったが、ゴブリンキングのお気に入りになったことや頭が切れることから娼館の主に抜擢された。
それからしばらくはゴブリンキングに呼ばれることはなかったが、それは単純にゴブリンキングが忘れていただけで、今回の騒ぎで再び呼ばれることになったのだった。
娼館はゴブリンキングにとって肝いりの政策で、ゴブリンキングにとっては人間・エルフ軍との正当な取引によって成り立っていると考えていた。
その実態が今や、マッチルカンやゲババービをはじめとしたゴブリン軍の大幹部たちによって崩され、攫ってきた女性たちが強制労働させられているなど”キング”には夢にも思わなかったのである。
ネドカイはいつかその実態がキングに知らされることを恐れていたが、ゴブリンに対してトラウマを持つネドカイはマッチルカンやゲババービに対して強く言えていうことができていなかった。
ネドカイがゴブリンキングの床にはいって時間が経ち、夜になった。
時計は夜中を指していた。
ゴブリン軍の要塞は地下に広がる空間で朝夜の光はほとんど入ってこなかったが、時計を設置させてゴブリンキングは時間によって軍を統率していた。
それでも時間の感覚が前世での会社員と違うゴブリンたちは遅刻や時間通りにやらないことが多くゴブリンキングはその者たちを叱咤、もしくは処刑していた。
「・・・ふぅ。娼館の館主よ。貴様は策略だけでなく、こちらも得意だな。改めて見直したぞ。それに、やはり頭の悪いゴブリンよりも人間のほうが良い。信用できる。」
「ですが、私、侵入者をとらえるのに失敗してしまいました。」
ゴブリンキングの腕に抱かれたネドカイは身こわばらせた。
「ククク、そうだな。では、罰として貴様のことも娼館にて他の女とともにゴブリン達に可愛がってもらおうか。」
「嫌!それだけは・・・それだけは・・・」
ネドカイの脳裏にはかつて経験した地獄の日々がよみがえっていた。
「ククク、ハハハハハ!」
ゴブリンキングは意地悪に高らかに笑った。
異世界転生はやはり最高だ。
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