第1話「黒スーツの男」

冷たい地面に倒れると同時にブラックウィンドは絶命した。


「・・・ごめんな。」黒スーツの男は頭を打ち抜かれ大の字になってのびているブラックウィンドを見下ろし、誰にも聞こえないような小声でつぶやいた。


その場にいた100人の女性たちはみな、パニックになっていた。


悲鳴をあげるもの、声をだせずへたりこんで座っているもの、謎の男に憤慨して殴りかかろうとするものなど様々だったが、謎の男は慣れた様子で落ち着いて見ていた。




「よくもあの人を!!!許さない。」最初にパニックから抜け出し、言葉を発したのはブラックウィンドを「君」と呼んでいた黒髪のイライだった。


イライは魔王と敵対していた王国の第一王女で、ブラックウィンドが異世界転生したときに最初に出会った女性だった。


攻撃魔法を得意とするイライは魔力を溜めて突然現れた謎の男に攻撃しようとしていた。


「貴様。分かっているだろうな、私たちの神たる勇者ブラックウィンドを殺した貴様には死すら尊いと知れ。」続いて褐色の女戦士ユルユが弓矢を構えて、謎の男に向ける。


「ひどい!どうしてこんなことするの!」小刀を活発な幼女メリメが向け、魔女のカレカも黙って杖を敵に向けた。




ブラックウィンドのパーティー100人に敵と認められた黒スーツの男は、何もいわず面倒そうにネクタイを緩めた。


対象を抹殺した時にはこうするのが彼のルーチンワークとなっていた。


この異世界タンファージにおいてブラックウィンドがほとんどの敵や魔王の部下たちを倒してきた。


とはいえ、ブラックウィンドを取り巻く彼女たちもこの世界の住人の代表として、勇者一行として魔王征伐のためモンスターを倒す日々を送ってきたのだ。


高い戦闘能力はあった。それも100人いるので多勢に無勢のはずだった。


しかし、男は既に仕事は終わったとばかりにリラックスモードに入っていた。


ブラックウィンドのパーティを脅威と捉えていないようだった。




「あなた、今がどんな状況かわかっていらして?」怒りを抑えながら魔女のカレカが震えた声で尋ねる。


男は困ったような顔をしてあたりを見回した。


「・・・ああ。俺が絶世の美女たちに囲まれてるってこと?・・・それは、とっても嬉しいね。残念ながら興味はないけど。」


少ししてから男は低い声でとぼけてみせた。


まるで今、目の前の状況が分かったかのような顔をわざとらしく繕い、ブラックウィンドの信奉者たちを苛つかせた。




「みんな、この汚らしいおっさんを殺してブラックウィンドの仇をとるわよ。」イライが言うと、ブラックウィンドのパーティーがパニックから抜け出し、武器を構えた。


多勢に無勢で、無精ひげの男も勝ち目がないかと思われた。




「<バーニングフラッシュ(閃光による消失)>」


しかし、無精ひげの男が呪文を呟くと、唐突に閃光があたりをつつんだ。


イライたちブラックウィンドのパーティがまぶしさから抜け出すと、彼女たちの武器は消失していた。


「え・・・」


「・・・見ての通りだ。お前たちの武器をすべて焼き尽くした。」


男はパンパンと手を払って、手についた煤を払った。


黒スーツの男は閃光でブラックウィンドのパーティたちの目をくらました隙に、彼女たちの武器を全て奪い、一瞬にして焼き去ったのだった。


「・・・・・・!」


ブラックウィンドのパーティは依然として全員、動けずにいた。


イライは実力差に驚愕していた。


ブラックウィンドの力を直近で、最も長く見てきた彼女にとって男の次元の高さは遥かにブラックウィンドの実力を上回っているのが分かっていた。


彼女たちが眩しさに目を閉じたのはものの数秒程度だったはずなのに。




黒スーツの男はいたって落ち着いた様子で、戸惑っているイライの顔に向かって一指し指を向けた。


「まずお前だ。お前はブラックウィンドの正妻のように振舞っていたが戦闘ではいつも役立たずだと思われていた。いや、何度かパーティーの前で直接言われていたらしいな。」


イライの顔に動揺が広がる。


「ケンカの度に表面上は仲直りしていたようだが、ブラックウィンドは心のなかではずっとお前のことを役立たずと思っていたな。そしてお前はそれを知っていた。正直、もうおさらばしたかったんだろ?お姫様育ちのお前のプライドはズタズタだな。」


「な、なにを・・・」


イライの表情は図星と言わんばかりに固まってしまい、顔色も青くなっていた。




「それからお前だ。そう、背の高いお前だよ。」


次に無精ひげの男は女戦士ユルユに向かった。


「え、私・・・」


弓矢をとられたままの恰好で固まっていたユルユの目にも同様が広がる。


「お前は第三側室なんて呼ばれて頭にきていた。正妻たる黒髪の女はともかく、なぜ一番最初にブラックウィンドと出会ったはずの自分がそこの小娘とエルフのババアに順位が抜かれるんだってな。残念だったな、最初で最後の純潔をささげた男がクズで。」


ユルユも持っている剣をふるわせながら何も答えなかった。




無精ひげの男は周囲にいる100人のパーティーに語り掛けるように、しかし響き渡るように朗々と話した。


「他の奴らも順位つけられたり、他の男に無理やり身売りさせられたり・・・。気に入らない村人も老若男女問わず平気で殺してたのがブラックウィンドだ。


正直いって魔王を倒したこと以外に関してはクズといって差し支えないだろう。


そんなやつと一緒にいて、お前らの中で本当に幸せだったやつはいるか?」


誰も何も答えずうつむいていた。




震える声でメリメがささやいた。


「それでもブラックは魔王を倒してくれた。真の勇者で・・・」


幼いながらブラックウィンドの妻の一人となった少女メリメは、か細い声で抗議するも流れる涙が既に無精ひげの男が言ったことを事実として認めていた。


100人のパーティー全員が、黒スーツの男に指摘されたことで本当の気持ちを思い出していた。彼女たちはブラックウィンドの特殊なスキル”権能”の影響で惚れていただけで、心の底からブラックウィンドのことを好きなものはいなかった。


男は、倒れているブラックウィンドのことを顎で指した。


「やめておけ、こいつはただのチート野郎。お前らが見ていた勇者様は幻想だ。それに魔王は魔物たちに反乱を計画されていた。どのみちもう魔王も長くは無かったんだ。お前たちはブラックウィンドの”魅了”という”権能”によって、いいように洗脳されていただけだ。」


 


それでもなおブラックウィンドのパーティは答えなかった。


「まだ、聞きたいか?」


少し、間をおいて男は厳しく、しかし優しさもあわせて言った。


「去るんだ。何もしなければ俺も手出しはしない。そして、魔王と勇者は相打ちになって死んだと言うんだ。そうすれば、もう平和だろう。」


誰も動かない。


「さぁ!自分の気持ちに正直になるんだ!ブラックウィンドはもういない。」




その言葉で、ブラックウィンドの”元”パーティたちはひとり、またひとりと去っていった。


最後に残ったイライも黒スーツの男を鋭く一瞥したあと何も言わずに去っていった。




魔王城の大広間から誰もいなくなってからパタパタと羽をはばたかせて黒スーツの男のところに降りてきたものがいた。


その姿はフワフワとした綿菓子のような見た目をしていた。


「やれやれ、デリトの旦那は本当にクチが悪い。もっとオブラートに包んで丁寧にいえば良いんですよ。だいいちアレじゃ感謝されるどころか、恨まれるだけですよぅ。」


羽をはばたかせて宙に浮きながら小動物がデリトと呼ばれた黒スーツの男に話しかけた。


「・・・ボッチェレヌ。どこにいってた。」


デリトがにらむ。


「ちょっとデリトの旦那の演説が長そうだったんで散歩を・・・あ、空中散歩を・・・。


それにしてもこのタンファージっちゅう異世界は本当に剣と魔法の世界って感じで王道って感じですよねぇ~!こんな王道なのは久しぶりなのでとても楽しいでやんす。


あ、でも最後のほうは聞いておりましたよ。騙されてんじゃねえよ雑魚ども!結婚詐欺は犯罪だ!とか。」


「・・・お前の方がクチが悪い。というより、そんなことは言っていないし思ってない。」


「えー、またまた、ホントはそのくらい言いたいくせに。それにデリトの旦那もあの女の子たちを口説いてブラックウィンドとかいうやつみたいにハーレムでも作ればよかったのにー。全く女性に興味ないんですかー、修行僧かお前は。」ボッチェレヌがつまらなそうにぶーたれる。


「・・・ブラックウィンドの罪に手を貸したやつもいるかもしれないが、あの少女たちには本当の意味で罪はない。悪いのはブラックウィンドとかいう転生者とその”権能”だ。そして・・・」デリトはそう言うと少し間を置き、遠くをにらんだ。


「転生の女神だ。」

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