19.師弟関係

「さて、帰ろうか」


 戦いが終わり、クエストを達成した。

 武器をしまった俺は、先に帰路を進んでいく。

 そんな俺の後姿を、彼女たちは意味あり気に見つめ、かけて後ろに続いた。


 街へ戻ってからは昨日と同じだ。

 ギルド会館へ向かって、完了報告を済ませる。

 昨日よりは時間が早いし、そこまで混み合ってはいなかった。


「以上になります」

「はい。ありがとうございます」


 淡々と報告だけ済ませて、報酬をもらって受付を離れる。

 時間的余裕がある俺たちは、特に理由もなくクエストボード前の椅子に腰かけた。

 マンティス戦の反省でもしようか、と話を切り出そうとした時、アリアが改まって話し出す。


「ユースさん!」

「えっ、はい。何かな?」


 キョトンとした表情で聞き返した俺。

 アリアはティアとマナに一回ずつ視線を向け、何かを通じ合わせて頷く。

 そうして、彼女は俺に懇願する。


「私たちを……ユースさんの弟子にしてもらえませんか?」

「――へ?」


 思わず変なトーンの声がもれてしまった。

 考えていた斜め上の発言どころか、まったく予想できなかった言葉に驚いたからだ。

 俺はちょっぴり挙動不審になりながら、アリアに聞き返す。


「えっと~ 弟子って言ったの?」

「はい」

「弟子ってことは、俺が師匠ってことだよね」

「そうです」


 当たり前な質問をしてしまったと、あとから恥ずかしくなる。

 対する彼女は真剣そのもので、淡々とハッキリ質問にも答えてくれた。

 他の二人も同様に、まっすぐと俺の顔を見つめている。


「何でか聞いて良い?」

「ユースさんみたいに強くなりたいからです」

「俺……みたいにか」

「はい」


 そう言って、アリアが大げさに頷く。

 さらに続けて言う。


「助けられた時も、さっきの戦いも……ユースさんの戦いを見ていると、胸ががぁーって熱くなるんです」

「ユースさんは、私たちに足りない物を全部持ってますよね」

「ボクも……お兄さんみたいに魔法が使いたい」


 アリアに続けて、ティアとマナが自分たちの意見を口にした。

 彼女たちの目からは、期待と憧れがにじみ出ている。

 かつての俺も、同じ感情を抱いていたことがあるから、すぐにわかった。

 強くなりたいと、冒険者であれば誰もが思うだろう。

 具体的な目標があるのなら、真似ることだって多い。

 彼女たちにとって、それが俺だったということなのか。


「でも弟子か……別に俺は、教えるのが得意ってわけじゃないぞ」

「そんなことないです! ユースさんの話はとってもわかりやすいですよ」

「見ているだけでも勉強になります」

「ボクもお兄さんが良い」

「皆……」


 期待の視線は、俺には新鮮すぎて受け止めるのに難儀する。

 今まで一度だって、誰かに期待されたり、求められたりすることがなかった。

 初めての感情に当てられて、どうして良いのか迷う。

 そんな時、俺の中で一人が言ったような気がして――


「わかった。俺で良ければ」


 不思議と軽い気持ちで、俺の口は動いていた。

 俺の中の【聖女】が、迷える彼女たちを導けと囁いたような気がしたんだ。

 抗うことは出来ない。

 俺に強さを与えてくれた記憶がそう言っているのなら、きっと正しいことなのだろう。

 少なくとも――


「ありがとうございます!」


 彼女たちが嬉しそうだから、間違いであるはずがない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 冒険者の毎日は、激動のように過ぎていく。

 というわけではなく、激しさの中にも平穏があり、穏やかなひと時もちゃんとある。

 戦いばかりが人生ではない。

 強さを追い求めるためには、明日を生きる必要がある。

 英気を養い、わが身を案じながら毎日を過ごす。

 そうして迎える朝は、特別だけどありふれた日常の始まりだ。


「――んせい! もう朝だよ!」

「……ぅ」

「全く起きないわね。師匠」

「お兄さん……強いのに朝は弱いよね」

「いや……起きてるから。とりあえず上からどいてもらえる?」


 声より先に、身体にかかる重さで目が覚めていた。

 ベッドで眠る俺の上に、三人の弟子たちがのしかかっている。


「おはようございます! 先生」

「ああ、おはよう。だから早く退いてってば」


 この起こし方は、一週間前からずっと続いている。

 三人部屋が空いて、俺は一人部屋になれたけど、鍵を渡しておいたのがダメだったな。

 いつも勝手に入り込んで、朝の穏やかな時間を騒々しく変えられる。


「相変わらず早いけど、準備は出来てるの?」

「もちろんだよ!」

「準備は万端です」

「眠気もふぁ~……ばっちり」


 一人だけ眠そうな声を出しているけど、あえて気にしないことにする。

 俺は徐に起き上がり、ベッドから降りる。


「じゃあ外に出ててくれる? 俺も準備するから」


 三人が部屋を出たら、寝間着を着替え、寝癖を梳かし靴ひもを結ぶ。

 冒険に行くための準備は、昨日の晩に終わらせてある。

 あとは身なりを整えれば万全だ。

 十五分ぐらいで支度を済ませた俺は、部屋を出て宿屋の外にいく。

 そこでは彼女たちが俺を待っていてくれていた。


「お待たせ。じゃあ行こうか」

「はい!」


 元気の良い返事はアリアだ。

 俺たちはギルド会館へと足を運ぶ。

 この流れも光景も、そろそろ見慣れてきた頃合いだろう。

 彼女たちが弟子になってから、もう一か月弱が経過しているからな。

 互いの距離感とか、接し方もわかってきて、砕けた感じで話したりもできるようになった。


「ねぇ先生! 今日はどれにいくの?」

「う~ん、久しぶりにマンティスでも狩るか。あれ以来だしな。二人は?」

「良いと思います。私たちの成長を見せつけましょうよ!」

「目標は十秒以内」

「マナ……さすがに無理よ」


 笑いが零れながら、クエストを選んで森へと赴く。

 この短期間で、彼女たちは十分に成長していた。

 それこそマンティス程度なら、一人で討伐できるくらいには。

 偏に俺の指導が良いからだ。

 と言いたいけど、半分以上は彼女たちの才能があってことだろう。

 センスを持ち合わせていて、素直さも兼ね備えていた彼女たちが、成長しないはずもない。

 俺の中にある英雄たちの経験を、着実に吸収している。


「本当に強くなったな」

「先生のお陰だよ!」

「ええ。師匠の講義は、とてもわかりやすいもの」

「ボクはもっと褒められたいけど」

「はははっ、君たちはそういうだろうね」


 誰かに何かを伝える。

 初めての体験も、案外しっくり来るというか、楽しかった。

 成長していく彼女たちを見ていると、自分も負けられないと思える。

 互いに利がある師弟関係って、実際にあるんだな。

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