9.アリアの抱き枕

「えっとぉ……良かったの?」

「はい」

「もしもあれだったら、俺は別の宿屋を探すけど」

「大丈夫です! ユースさんは私たちを助けてくれたので、信頼できる人だと思ってますから」

「ま、まぁ……そこは嬉しいけどさ」

「それにもう、どこの宿屋も空いてないと思いますよ」

「……そうだよね」


 彼女の言う通りだから、納得するしかなかった。

 すでに日が沈みかかっている時間。

 今から宿を探す人も少ないだろう。

 そもそも、当初の予定ではもう少し余裕をもって到着しているはずだったんだけど。


「仕方がないか」

「はい。仕方がないです」

「え、何で嬉しそうなの?」

「気のせいです」


 いや、さっきよりニコニコしてるよ。

 ツッコミたくなったけど、疲労を感じ始めていたから我慢した。


 ゴブリンとの戦闘で調子に乗りすぎたな。

 ひけらかす様に力を行使したから、反動が今更来ている。

 継承スキルでは、彼らの肉体までは手に入れられない。

 身に余る力を使えば、それ相応の疲労が出現して当然。

 何せこれは、人類を救った英雄たちの力だからな。

 凡人の俺には不釣り合いな力だ。

 それをあんな使い方をして、疲労程度で済んでいるのは、日頃から身体を鍛えていたからだろう。

 そう思うと、ちょっと嬉しい。


 事務的な手続きを済ませた後、鍵をもらった。

 一旦俺たちは、馬車に戻ることに。

 すると、目を覚ましていたティアが、馬車の前で待っていた。


「アリア! ユースさんも」

「起きたんだね」

「ええ、ついさっき目が覚めたわ。ごめんなさい、ユースさん。私たちだけ寝てしまって」

「良いよ別に。疲れていたんだから仕方がない」


 俺はそう言ったけど、ティアは申し訳なさそうに頭を下げた。

 とても礼儀正しい子なんだろうな。

 ふと、ここでもう一人にアリアが気付く。


「マナは?」

「寝てるわ。声をかけたんだけど、まったく起きないの」

 

 ティアが馬車を指さす。

 そっとのぞき込むと、マナが荷物にもたれかかって眠っていた。

 気持ちよさそうに、寝息をかいている。


「ぐっすりだね」

「そうなの。身体を揺すっても駄目だったわ」

「大丈夫なのかな?」


 アリアが心配そうにマナを見つめる。

 俺はマナの顔色、脈と呼吸数を確認して、問題ないことを伝える。


「大丈夫だよ。魔力をほとんど消費していたから、かなり疲れているだけだと思う」

「そうなんですね。良かったぁ」


 アリアはほっと胸をなでおろす。


「彼女は俺が先に負ぶっていくよ。皆は荷物を下ろしていて」

「はい」

「わかりました」


 俺はマナを負ぶうため、彼女に背を向け手をかけさせる。

 起こさないよう慎重に、ゆっくりと。


「よいしょっ……ん?」

「マナ、何だか嬉しそうな顔してるね」

「ええ、私にもそう見え……いや、ちょっと待って」


 ティアも気づいたのか。

 ということは、俺の感じた違和感は正しかったということに?


「マナ……起きてるでしょ?」

「……」

「寝息が止まってるわよ」

「……寝てる」

「喋ってるでしょ!」

「あはははっ……」


 やっぱりそうだったのか。

 彼女を負ぶった時、自分から掴まろうとした感じがあったんだよな。

 ティアはプンプン怒るから、マナも渋々俺の背から降りて手伝うことに。

 それから二十分くらいかけて、荷を部屋まで移動させた。


「えっ、ユースさんと同じ部屋?」

「うん」

「何でアリアだけ、ボクも一緒でよかったのに」


 何やら部屋の前でブツブツもめている様子。

 俺はその間に、馬車を貸出し所へ戻すことに。

 

 三十分して、俺は宿に戻る。

 部屋の鍵を開けると……


「ただいま」


 返事がなかった。

 もしかすると、二人の所へ行っているのかな。

 そう思って中へ入る。

 すると、二つあるベッドの片方に、アリアは横になって眠っていた。


「スゥー……スゥー……」

「ふっ、何だよ。やっぱり疲れてるじゃないか」


 馬車では大丈夫と言っていたけど、思った通り無理をしていたんだな。

 他の二人も今頃、フカフカのベッドで寝ている頃か。

 俺は風邪を引かないように、アリアに布団をかける。


「お疲れさま」


 声をかけたとき、彼女の手が俺の腕を掴む。

 そのまま強く引っ張られて、俺もベッドの上に転がる。

 気づけば、俺は彼女の抱き枕にされていた。


「え、ちょっ……」

「ぅ~ん……」

「えぇ~」


 後から知ったことだが、アリアには寝ている時、何かに抱き着く癖があるらしい。

 できればもっと早く教えてほしかったよ。

 こんな状況で寝れるか!


 時間は過ぎて……


 小鳥が鳴く声が聞こえる。

 窓から差し込む朝日は、ギリギリ俺の所に届かない。

 時計に目を向けると、午前六時半を示していた。


「……朝か」


 結局、昨晩はまともに眠れなかった。

 ちょっと記憶が曖昧な部分もあるし、たぶん一時間くらいは眠れたのかな。 

 依然として、彼女の抱き枕状態は継続中だけど。


「ぅ……う~ん」

「おっ、目が覚めたか?」

「ユース……さん?」

「ああ、おはよう」

「おはようございま……――///」


 状況を察したアリアが、顔を真っ赤にして悶絶している。

 跳び避けるように離れて、彼女はベッドから落ちる。


「ちょっ、大丈夫か?」

「ご、ごご……」

「ご?」

「ごめんなさぁーーーい!」


 彼女の叫びが部屋の壁に反響して、ちょうど良い目覚ましになった。

 お陰で眠気がどこかへ飛んで行ったよ。


 しばらくして、落ち着いた彼女は俺に謝罪する。


「すみません!」

「良いってもう。別に君は悪くないから」

「悪いですよ! 私の変な癖の所為で、ユースさんに抱き……ごめんなさい!」

「だから気にしないでって。それより疲れはとれた?」

「は、はい! お陰様でバッチリです」

「それは良かった。じゃあ出発の準備をしよう。今日はギルド会館へ行かないとね」

「はい」


 中途半端に落ち着かないまま、俺たちは部屋を出る準備にとりかかる。

 服を着替えて、髪を整える。

 持ち物を確認したら、部屋を出て鍵を閉める。


「二人とも起きてるかな」

「先に見に行くか?」

「はい!」


 俺たちが泊っている部屋は三階。

 ティアとマナが泊っている部屋は、二階の階段横にある。

 通り道だから、ついでに起きているかの確認に向かう。

 部屋の前について、トントンとノックをする。


「ティアー、マナー、起きてるー?」


 数秒経過して、扉が開く。


「二人ともおはよう!」

「ええ、おはよう。ユースさんも、おはようございます」

「おはよ……」

「マナは眠そうだね」

「私が無理やり起こしたからよ」


 部屋から二人が出てきて、朝のあいさつを交わした。

 二人とも起きていて、すでに支度も済ませているようだ。


「じゃあギルド会館に行きましょう!」

「いや、その前に朝食にしようか」

「あっ、そういえば昨日も何も食べて――」


 ぐぅー

 っと、アリアのお腹が鳴る。

 顔を真っ赤にするアリアを、二人は見てニヤニヤ笑う。


 宿屋の一階には受付と別に食堂が用意されている。

 宿泊代は朝食込みの値段だから、利用しないのはもったいない。


「「「「いただきます」」」」


 俺たちは談笑しながら朝食をとる。


「二人も昨日はちゃんと眠れたかな?」

「はい」

「ボクはもうちょっと寝てたかった」

「マナが一番寝てるでしょ。いいかげん一人で起きれるようになってよ」

「ティア目覚ましが優秀だから無理」

「私の所為?」


 マナが寝坊するのは、今に始まったことではないようだ。

 魔力の使い過ぎも関係してそうだけど、単純に寝起きが悪いだけかな。


 話の途中で、マナがアリアに声をかける。


「アリア」

「何?」

「お兄さんに迷惑かけてない?」

「えっ……だ、大丈夫だよ?」

「まさかアリア……まだ抱き着いたんじゃ」


 二人はアリアの反応から察したようだ。

 この後はアリアに対する質問攻めが始まったわけだけど……

 その間、俺はずっと黙秘を通していた。

 まったく、朝から賑やかなパーティーだな。

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