6.土砂降りの中で

 街を出るときに馬車を借りた。

 目的地までは、予定だと三日はかかる長い道のりだ。

 俺は地図を開いて、道を確認する。


「えっと、この街道を道なりに進んで……ガラド大森林を抜けるか、大回りするか」


 ガラド大森林は、この周辺で最も広い森林だ。

 モンスターの生息数も多い。

 最短ルートで抜けるなら、一直線に敷かれた街道を進むのがベスト。

 商人たちもよく利用しているし、比較的安全だとは聞いている。

 ただし、大抵は冒険者の護衛付きだけど。


「要するに、運悪ければモンスターに遭遇しますよってことね」


 安全を考えるなら、大回りするルートを選ぶ。

 その場合は、到着の日が二日ほど増える。

 時間をとるのか、安全をとるのか。


「う~ん……まぁ近づいたら決めれば良いか」


 まだ出発して十数分。

 到着した時の状況で、どうするか決めることにした。

 それから俺は、街道で馬車を走らせる。

 草原を横断し、山のふもと抜けて、三日目の朝を迎える。

 その日は途中から、道がぬかるんでいることに気付いた。

 おそらく前日に雨が降っていたのだろう。

 空を見上げると、雨雲がチラホラ見つけられる。

 雨に降られるのは色々と面倒だから、俺は馬に鞭を打ってスピードを上げた。


 正午を過ぎる。

 馬車は問題の大森林前までたどり着いていた。

 一旦停車させ、どうするかを考える。


「……雨、降りそうだな」


 空を見上げると、雨雲が増えていた。

 空気も湿っぽく感じられて、雨の匂いも微かにしている。


「よし、直進しよう」


 結論は早々に出た。

 雨が降る前に、この森を抜けよう。

 大回りしていたら、確実に雨が降ってきてしまう。

 幸いなことに、この街道を通れば街まで二時間もかからない。

 土砂降りにさえならなければ、危険も少ない。

 特に今の俺なら、大抵のことが起きても何とかなるし。


 そうと決まれば急いで出発。

 俺は馬に鞭をうって、馬車を走らせる。

 森の風景に目を向けながら、ガラド大森林について考える。


 出発前に調べた情報だと、この森だけで十種類以上のモンスターが生息しているらしい。

 広さを考えれば妥当な数字だけど、危険な場所だとも思う。

 中には大型のモンスターもいるらしくて、街道を通った商人が襲われたって事例もあるとか。

 だからじゃないけど、冒険者にとっては良い狩場になる。

 俺も街で活動するなら、何度も訪れることになりそうだな。

 そう考えると、今のうちにゆっくり探索してみたい気持ちも生まれる。


 が、ここでポツリと雫が頬をつたる。

 懸念していた雨が降ってきてしまった。

 俺は馬車のスピードを上げていく。

 しかし残念なことに、それよりも早く雨は強くなっていく。

 土砂降りにならなければ大丈夫。

 なんてことを思った時点で、フラグが立っていたのだろう。

 雨は瞬く間に強くなってしまった。

 予定調和としか言いようがない。


「やれやれ」


 俺はそう呟いて、馬車のスピードを落とす。

 雨で視界が悪く、地面の状態も悪い。

 こんな状況でスピードを出したら、馬車が横転してしまう可能性が高い。

 早く抜けたい気持ちもあるけど、現実的な対処法をとろう。

 それから怖いのがモンスターの襲撃だ。

 土砂降りというシチュエーションは、彼らにとって好都合。

 今まで以上の注意を払おう。

 そうでないと、あんな風に襲われて……


「ん?」


 一瞬、理解が追いつかなかった。

 土砂降りの中、俺は急いで馬車を停める。

 理由は目の前に広がっている光景だ。


 馬車が倒れている。

 濡れた地面が赤く染まっていて、馬が横たわっているのが見えた。

 視界が悪く、細かな情報まではわからない。


「くっ――」

「アリア!」

「だい……じょうぶ! まだ戦える!」


 馬車の奥から、女の子の声が聞こえてきた。

 見えないけど、誰かがモンスターと交戦しているんだ。

 だけど状況が見えない。

 こういう時はのスキルを借りよう。

 

 千里眼――


 俺の両目が緑色に光る。

 千里眼スキルは、【女神】と謳われた弓兵アルテミシアから継承したスキル。

 彼女はこの眼を使って、百キロ離れた標的を射抜いたという。

 

 女の子が三人。

 一人は剣士で片腕を負傷している。

 二人は後衛。

 装備からして、弓兵と魔法使いか。

 全員疲労しているようだが、一番ギリギリなのは――


「マナ援護して!」

「……」

「マナ?」

「……ごめん、魔力がっ」


 やはり魔法使いが限界を迎えていた。

 アルテミシアの千里眼は特別製で、他人の魔力も見ることが出来る。

 彼女の魔力は、限界ギリギリだ。


 そして、戦っている相手はゴブリン。

 人型の下級モンスターだけど、人間に近い知能を持っていて、罠や道具を巧みに使う。

 馬車の前に丸太が倒れているのが見えたし、彼女たちも罠にかかったのだろう。


「数が多すぎる」

「このままじゃ……」

「っ……」


 迫るゴブリンの数は視認十七体。

 負傷した剣士は、魔法使いを守るために前に立つ。

 彼女だって限界だろう。

 弓兵の女の子は動けそうだけど、この雨じゃ矢もまっすぐ飛ばない。

 わかりやすく追い込まれている。


 それを理解した瞬間、頭の中にある言葉が浮かぶ。

 俺は浮かんだ言葉を呟く。


「助けなきゃ」


 この言葉は合図だ。

 俺の中にある彼らの記憶が、力が……彼女たちを助けろと言っている。

 気づけば俺の身体は勝手に動いて、地面を蹴り飛ばし空中を舞う。

 ゴブリンと彼女たちを肉眼に捉えた。

 俺は左手を前にかざし、新たなスキルを発動させる。


「――魔法弓!」


 光の玉が生み出され、一瞬にして弓へと形を変える。

 右手には同じく光の矢を持ち、弓で放つ。

 放たれた矢は雨のようにゴブリンたちへ降り注ぐ。

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