5.この街にさようなら

 涙はしばらく止まらなかった。

 記憶と一緒に、彼の感情も流れ込んできたから。

 心が揺さぶられて、あまり良い気分じゃない。

 これこそ、継承スキルの対価なのか。


「ふぅ……ちょっと休憩しよ」


 俺はベッドに寝そべったまま、ダランと全身の力を抜く。

 身体を動かしたわけじゃないのに、全身に疲れが溜まっている感じだ。

 さっき時計で確認したけど、時間的には二時間程度しか経っていない。

 だけど、体感的には人の一生分を経験したようなものだし、疲れるのも当然か。


「しかも、あれだけ濃いんだもんなぁ」


 剣聖の一生は、俺たちみたいな一般人とは比べ物にならなかった。

 一日一日が劇的で、物語の主人公みたいだと思った。

 

 それから少し休んで、俺は重い体を起こす。

 机の上には、剣以外の四つが並んでいる。


「どうしよう……」


 時間は十分にある。

 ただ、継承にかかる負担を実感して、すぐに行動が起こせない。

 剣聖の記憶でわかったけど、この四つは彼の仲間だった英雄の物だ。

 そして、六人目の英雄こそ、俺にこのスキルを与えてくれたローウェン。

 彼は去り際、俺にこう言った。


 君の紡ぐ未来が、何よりも幸福であるように、私たちは祈っているよ。


 「私たち」というのは、彼ら六人の英雄のことを指していたんだ。

 あのダンジョンには、彼らの遺品が残っていた。

 理由まではわからない。

 ダンジョンのことは、剣聖の記憶にはなかった。

 おそらくだけど、彼らの死後に誰かがあのダンジョンへ保管したのだろう。

 いや……今はそんなことどうでも良い。


「……よし、見るか」


 俺は続いて槍先を手に取る。

 一日に全て継承するのは、体力的にも負担だろう。

 だけど、知りたいという気持ちが勝ってしまったから仕方がない。

 ちょっと不安だけど、他の英雄たちが何を思ったのか。

 見てみたいと思うのは、普通のことじゃないかな。


 そして、翌日の朝――


 俺は荷物をまとめている。

 大きなリュックを背負い、忘れ物がないか確認する。


「忘れ物なしっと。じゃあ……お世話になりました」


 部屋に一礼する。

 どういうことかというと、俺はこの街を出ることにしたんだ。

 継承した記憶が理由でとかじゃなく、単にここで活動するのは、これからやりにくいと思ったから。

 彼らもいるし、他の冒険者だって、俺のことを知っている。

  

 俺は宿屋を出て、街の出口へ向かって歩く。

 

 継承スキルのお陰で、俺は強くなっている……と思う。

 まだ試していないから、あまり実感がわかない。

 今の俺なら、彼らも受け入れてくれるかもしれないとか。

 少しも考えなかったわけじゃない。

 だけど、彼らは一度俺のことを捨てている。

 そんな彼らに頼るなんて、嫌だったというのが本音だ。


 そうして、俺は街の出口までたどり着く。

 この門を潜れば、街の外に出る。

 俺は手続きを済ませ、門を潜った。

 立ち止まり、振り返る。


「さようなら――レスタ」


 街の名前を口にして、また背を向ける。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ユースが去った後の酒場では、楽し気な宴会が続いていた。


「すみませーん! こっち生一つ追加で!」

「かしこまりました」


 テンションの高いレイズ。

 顔が真っ赤だ。

 すでにアルコールが回っている様子。

 他のメンバーもそれなりに飲んでいて、全員が酔っ払いながら話している。


「いや~ これでお荷物ともおさらばできたな~」

「ホントにそれ! もー肩が軽い軽い!」


 酒を片手に大声で話すレイズと、自分の肩をグルグル回しているシーア。

 二人に続けて、ゴードンがつまみを食べながら言う。


「ついでにガラクタも処分出来たのは一石二鳥であったな」

「あれは少し可哀想でしたけど」

「何言ってんだよアンリエッタ! あれは俺たちからの餞別だぜ~ 見た目はガラクタかもしれねーけど、中にはお宝も入ってるかもしれないからな」

「何を今更言うか。誰がどう見てもゴミしか残っていなかっただろう」

「まっ、そうなんだけどな」


 ガハハハと品のない笑い声が酒場に響く。

 そうして、彼らは夜遅くまで飲み明かした。


 翌日――


「うぅ……頭痛ぇ~」


 二日酔いになったレイズが、頭を抑えながらギルド会館に向かう。

 玄関を開けると受付が見えるのだが、そこには他のメンバーが集まっていた。


「おはよ~」

「来たか」


 三人とも神妙な顔をしている。

 レイズは首を傾げ、彼らに問う。


「どうしたんだよ」

「これを見てくれ。我々も今しがた読んだばかりなのだが……」


 ゴードンが一通の封筒を差し出す。

 レイズが受け取り、中を見る。

 封筒の中には、文字の書かれた紙が入っていた。


「この名前って……今日から加わる新人だよな」

「うむ」

「何々~ 急で申し訳ありませんが、別のパーティーに加わることになりました……は?」


 文章を読み上げたレイズが固まる。

 眉をひそめながら、書かれた文字を読み直す。

 ちなみに、先に読んだ彼らも似たような反応を見せたのは、言うまでもない。


「何だよこれ……どういうことだ?」

「わからん。昨晩のうち、我々宛てにギルドへ託されていたそうだ」

「何だそれ? 本人はどこだ?」

「もういないって~」

「はぁ?」

「別の街に旅立ったそうです」

「マジかよ……」


 それを聞いて落胆するレイズ。

 加入前に抜けるなんてことは、誰も予想できなかっただろう。

 昨日の酒場でも、彼らは楽し気に話していた。

 これから新しいパーティーとして名を挙げていくのだと。

 それが……いきなり躓いた気分にさらされている。


 だが――


「まっ、仕方ねぇな!」


 切り替えも異様に早かった。


「元々あんま期待してなかったし、俺らだけで十分だろ」

「確かに~?」

「そもそも我々は、これまで荷物を背負っていたわけですから。荷がなくなった分、今のほうが強いかもしれません」

「ええ。私としても丁度よかったわ。新しい人って、何だか気を遣ってしまうし」


 他の四人も納得している様子。

 彼らの認識では、一人メンバーが減ったのではなく、邪魔者を排除できたという感じなのだろう。

 元から仲良しこよしで活動してきたこともあって、新メンバーへの期待も薄かったようだ。


「んじゃ、今日も適当にクエスト選びますか」

「うむ」

「おっけー」

「ええ」


 そうして彼らは、意気揚々とクエストに出ていく。

 当たり前のように、軽々とした足取りで。

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