3.真実の水晶
強い光が、俺のことを求めている。
俺もその光を求めている気がして、咄嗟に手を伸ばした。
逃げてしまわないように、掴んで離さないように。
俺はその光を握りしめる。
その瞬間、全身に衝撃が走った。
光は一気に広がって、周囲の黒を塗り替えていく。
淀んでいた心を晴らすように、暖かな光が俺を包む。
まぶしさのあまり、俺は目を瞑る。
「ぅ……!」
目を開けると、そこは奇麗な花園だった。
白い花が一面に咲いていて、心地良い風が吹き抜ける。
真っ暗だったさっきまでとは大違い。
あちらが地獄だとすれば、ここは天国なのだろう。
「もしかして、本当に天国なんじゃないよな……」
「いいや、天国に花は咲かないよ。命ある物は生まれない場所だからね」
不意に声が聞こえて、思わず驚いてしまう。
驚いたと言っても、声にじゃない。
聞こえたのが目の前からだったこと。
そして、そこには最初、誰もいなかったんだ。
風が吹き、花弁が舞って、気づけば一人が立っていた。
状況が伝わりにくいかもしれないけど、これ以上に表現できない。
「いつの間に……」
「ん? 最初からだよ? 君がここへ来た時から、私はずっと目の前に立っている」
「いや、でも」
「まぁ仕方がないさ。今の私は夢のような存在だからね。すぐに認識できなくとも、君に非はないよ」
そう言って、彼は穏やかにほほ笑んだ。
彼……でいいのだろうか?
背丈は俺と同じくらいで、肌は白く整っていて奇麗だ。
顔つきは中性的、男とも女ともとれる
声の感じから、勝手に男性だと思い込んでいるわけだが……
「それで合っているよ」
「えっ」
「ああ、驚かないでくれ。心を読んだわけではなく、初対面の者は皆そう思うんだよ」
「そ、そうなのか……って違う!」
思わず自分にツッコンでしまった。
大きな声を出したけど、彼は微笑んだまま暖かい目を向けている。
そう、俺が知りたいことは――
「あんたは誰なんだ? そもそもここはどこなんだよ」
「あぁ、自己紹介がまだだったね? 私はローウェンという。君が砕いた水晶の作成者だ」
「水晶……あれってあんたが作ったのか?」
「そうだよ。ずっとずっと昔……何千年も前の話さ」
「何千って、というか割っちゃったんだけど……」
訳も分からず申し訳なさが押し寄せる。
なぜだか、彼と話していると落ち着くんだ。
その所為で、状況の異常さにも不安を感じない。
「心配いらないよ。あれが発動方法だったんだから」
「そうだったのか?」
じゃあ偶然にも合ってたのか。
俺はほっと胸をなでおろす。
「そうだとも。そして、この場所は私の精神世界。言い換えればただの夢だ。魔道具を発動した者と対話するために、私が用意した機会でもある」
「えっと……どういう意味?」
「う~ん、そうだね。簡単に言ってしまうと、君は私に選ばれたのさ」
ローウェンは両腕を大きく広げてそう言った。
選ばれた、という言葉が自分にはしっくりこなくて、俺は首を傾げる。
「真っ暗な世界で、君は何かを見たはずだ。それが何だったのか、ちゃんと覚えているかな?」
「それはまぁ、ついさっきのことだし」
暗闇で見えた無数の光。
それらは記憶の断片だった。
過去の記憶から、起こりうる未来の記憶。
可能性を広げれば、無数に存在するであろう記憶を、俺は見せられていた。
「その通り。あれは君の記憶……今の君ではなく、『ユーストス』という個人に関する記憶の全て」
過去の記憶の中にも、俺が体験していないものが混ざっていた。
あの時は疑問に感じなかったけど、改めて考えれば変だ。
過去の記憶と理解しながら、一致しない映像も含んでいて、それを過去だと認識している。
自分で言っていて、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「要するに可能性の一端さ。無数にあった記憶は、枝分かれした運命の未来であり過去。選択肢が違えば、未来は変わる。だからあれは、今の君が選ばなかった道を進んだ……別の君の記憶」
「パラレルワールドってやつか?」
「そうそう! よく知っているね」
以前に本で読んだことがある。
知らない名前の学者が熱論していたけど、正直あまり信じていなかった。
その知識が、まさかこんな形で役に立つとは思わなかったよ。
「さて、君はあの記憶見て、何かを思ったはずだね?」
「まぁ、ああ。腹が立ったよ」
「何に?」
「弱い自分とか、俺を追い出した奴らこと」
「うん。それを変えたいと思ったんだろう?」
「……ああ」
俺が答えると、ローウェンは嬉しそうな表情を見せた。
「だから君は、ここへ来られたんだ。今を変えたいという強い意志が……その思いが可能性を掴み取ったのさ」
「可能性?」
「そう、進化の可能性だ。断言しよう。君はこれから、誰よりも強くなれる」
ローウェンの言葉は、強い風に乗って俺に届く。
身体が震えるようだった。
生まれて初めて、そんなことを言ってもらえたから。
込み上げてくる何かがわからなくて、必死に抑え込んでいる。
「さぁ、手を出してくれ。君のスキルを進化させよう」
「進化? そんなこと出来るのか?」
「出来るとも。君は条件を満たしている」
「条件って?」
「過去と未来、全てを見ただろう? そうして選び取ったことが、私のスキルの発動条件なのさ」
スキル名『スキル進化』。
対象のスキルを、新たな形へ進化させる。
発動条件は、己の全てを知り理解すること。
「君はもう知っているはずだ。無数の未来の中で、自分が何者になれたのか。私のスキルは、その中から最も優れた力を引き寄せるだけ。つまり、未来の君が持っているスキルを、現在の君に上書きすることが出来るんだよ」
「そんなスキルがあるのか。初めて聞いたよ」
「まぁね。私だけのスキルだから、現代では知られていないのも当然。さぁ、そろそろ揺り戻しが来る」
そう言って、再びローウェンは手を差し出す。
「触れておくれ」
「……わかった」
話はまだ十分ではなくて、わからないことも多い。
結局、ローウェンという男が何者なのかもハッキリしていない。
それでも俺は、彼の手に触れていた。
ただの期待だ。
本当に変わるのなら、何だって出来る。
触れた瞬間、淡い光が俺を包む。
胸の奥底から、力が湧き上がってくるのを感じる。
この時の感想は、きわめてシンプル。
「凄い」
「そうだろう? あの水晶を手に入れたことを、光栄に思い給え」
「そうだな……まぁ偶然だけど」
「確かに偶然かもしれない。だけどね? 偶然という言葉は、時に運命という言葉に置き換わるのさ」
彼がそういうと、今までで一番の風が吹く。
花弁がたくさん舞って、彼の姿を隠してしまう。
「君の紡ぐ未来が、何よりも幸福であるように、
それが、最後に聞こえた彼の言葉だった。
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