第26話 春のことぶれ

 ドゥニア・ゲランガンも幕を閉じ、またいつもの日常に戻った。ススムの肉体も回復基調にあり、修行を再開していた。


「おっ、ススムやってんな!」

 ミドルが元気に声を掛ける。


「おう! いつまでも寝てらんないからな」

 ススムはシャドーを繰り返している。


「ん? なんか見たことあるな。その動き」

 ススムは対戦相手を想定してシミュレーションしていたのでは無かった。


「ああ。アクションスターの越苦春到えっくはるとの真似さ。あんなシャープでダイナミックな動きを俺も体得したいんだよ」


「ススム、春到の真似してるだけじゃ、いつまでたっても春到を追い抜けねーぞ」

 ミドルは型の練習が嫌いである。


「ミドル、お前には感謝してるけどさ。あの大会でコテンパンにやられて俺も思うところがあってな」

 兄弟弟子との実力差はさほど無いと思っていたススムだが、自分を完膚なきまでに打ちのめしたニーマイヤーを、ああも簡単に始末したこの少年に対して、悔しさと寂しさを覚えていた。


「なにシケたツラしてんのよ。ちょっと一服しましょ」

 ウィルは肉体鍛錬も行っているが、わずか12歳にして物理学会にも籍を置いている。


「わお、良い香り!」

 ウィルは紅茶のロンネフェルトを淹れてくれた。


「それから、これ二人にあげる」

 真っ赤なハート型のBOXに、ゴールドのリボンが飾られていた。


「そうか、きょうはバレンタインか!」

 さっきまで不穏な空気が漂っていたが、ウィルのおかげでハッピーでラッキーなムードがあたりを包んでいた。


「「ありがとう! ウィル!」」

 ひと粒食べると、もう一粒食べたい欲求が瞬時に生まれ、その繰り返しであっという間に無くなった


「ちょっとちょっと! もう少し味わって食べてよね!」

 研究熱心なウィルの手に掛かれば、チョコ作りもざっとこんなものだ。


「ウィルは料理も美味いもんな!」

 胃袋もハートも掴まれてしまっている。


「大会が終わって二人とも疲労がたまってるだろうから、もっと食べないとね。肉も魚もお米もね」

 食い意地の張ったこの三人に、恋愛感情が生まれるとは筆者も想像が付かない。


「そうそう! 肉はヘルシーだからな!」

 大食い漢の詭弁のように聞こえるが、彼らのような戦士には、真理であろう。

 “力は、血から”である。

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