第26話 好きを探す ⑩

「どう、今日のエグいくらい材料費と手間のかかった調理部の傑作の味は。美味しい?」

「うん、すごく美味しいよ。ただ……」


 僕は調理部の部室ないし家庭科室にいくのだと密かに覚悟していたら、調理を終えて制服に着替えた黒川くろかわさんが皿に乗ったパンケーキをeスポーツ部に運んできた。

 それはとてもよかったのだが問題があったんだ……。


「今日のはお店を超えたね。これ、生クリームも調べて作ったんだ。あっ、あーしは生クリーム班ね」


「なるほど。これは調理部が大所帯だからできたんだね。 ……そして女の子が好きそうだ」


「そうそう。焼くのと最後の盛り付けは各々って感じ。あとは片付けして、部のホームページにあげる今日の活動内容をみんなで考えるの。終わったら連絡するから」


 ふわふわなパンケーキは美味しいからいいとして。

 生クリームに苺にとのると見た目ケーキみたいだというのもいいとして。

 ちょっと量がおかしくないだろうか?というのもいいとして、問題は黙ったままの顧問からの視線の痛さだった。


「……(ジーッ)」


 コンビニからお昼を調達して戻ってきた部員たちからの羨ましそうな視線も痛かったが、それは黒川さんが「次はみんなの分も何か作るからね」と言ったら収まったのでよかったが、先生だけは黒川さんが片付けにいくまでそんなだった。


一条いちじょうくん。ちょっと……」


 そして他に聞かれないようにだろう、先生のいわばホームであるパソコン室(部室の正面)に連れていかれ、解いたはずの誤解がよりマズい方に再燃した。


「──最後の『クリームついてるよ♪(ぺろっ)』はなに!? あんなこと私には恥ずかしくてできません! あの格好であの態度の問題児と付き合ってるなんて嘘ですよね。嘘だと言って!」


「す、すいません。本当のことです。あと、みんないるから平気なふりをしていましたが僕も先生と同じことを思いました。本当なら叫び出したかったです」


「私は来年もこのすごく待遇のいい学校で教師をしていたいんです。私から職を奪わないでー、お願いだから彼女と別れてー。監督不行き届きで失職とか嫌だよー」


「そんな大袈裟な。生徒会長にそんな権限はないですよ」


「なら、どうして私は部の顧問なんですか!? 校長から直々に頼まれて私が断れずというだけならいいでしょう。しかし、『くれぐれもよろしくお願いしますね』って生徒会長に言わてるんですよ。といいますか新任教師が校長から直接頼まれてる時点でおかしいんだから! この学校は裏であの子に支配されているんですよーー」


 僕はeスポーツ部を作りたいのだと相談されたが、部ができるまでどういう経緯があったのかを知らない。

 ただ、「部を作りたいって人がいるんだけど、それって大変なのかな?」と相談をさらに相談しただけだ。


 そのあと僕は今年から高等部にeスポーツ部(仮)ができると聞き、活動するのに必要な人数を集めただけだ。

 特に何を言ったわけでも、特別反応があったわけでもなかったけど、顧問は決まり部室も活動にいいところをあてがわれた。

 裏で何の力も働いていないとは言えない……。


「今日だってあの子はどこにいったんですか!? 黒川さん商談って言いましたよ。学生がなんの商談をどこにしにいったの。先生何も知らないですよ! 起業、起業でもするんですか!?」


「それはその、絶対に違うとは言えないですけど……」


「ほらみなさい。肩書きは先生の方が上でも権力は生徒会長の方が上なんです。私みたいな新任なんて機嫌を損ねたら消されるだけでしょう! だから彼女と別れて。お願いだから、先生が代わりに付き合ってあげるから!」


「先生が何言ってるんですか。絶対にそっちの方が問題あるでしょう。大丈夫ですよ。いざとなったら部長に出張ってもらいますから。部長ほど口が回る人を僕は知りません」


「部長を慕うのはわかるけど彼には無理だから。部活の予算委員会ですでに惨敗してるから! 愚かにも部費が多く欲しいなんて直接意見した結果、少ない部費がさらに減ってるんだから。ぐうの音も出ないくらい論破されて負けてるから!」


 一生徒に先生をやめさせるような権限があるわけないとは思っても、知らなかったことが次々と出てきてはっきり否定することもできず。

 かといって黒川さんと別れるつもりもなく、どう疑心暗鬼に陥っている先生に言えばいいのかと考えてしまった(先生に限った話ではない……)。


「絶対に先生に迷惑はかけないですから! 先生は何も知らなかったということに……部長が知ってるんだから無理か。まずは部長の口を塞がないとか。む、無理そう……」


「……そんなに彼女がいいんですか? 確かに授業中も今も噂ほどの悪い印象はなかったです。『金成かなり先生じゃん』なんて私のことを覚えられているとも思いませんでした」


「黒川さんは言われているほど悪い人じゃないです。言っている人が誇張とまでは言わないですけど大袈裟に言い、聞いた人が大袈裟に受け取るからかなと」


「まあ、一条くんがそこまで言うならそうなんでしょう。私は知らなかったことにします。それで、わかっているでしょうが万が一の時はくれぐれもあの子に私のことを言わないようにお願いしますね! そうですか、そんなに好きなのか」


「好き? ……これが好き」


 likeとは同じようで違う意味の「好き」。

 どうして黒川さんなのかと改めて言われたら、浮かんできたものは始まりに思っていたこととは少しずつ違っていて、「好き」なのかと言われたらそうなのかなと思った。


 そのあと先生がようやく出勤していき、それを見送った僕たちも片付けて部活をしようとなり。

 みんなは弁当のプラごみを捨てにいき、僕はその間に空き缶を捨てに自販機の横のゴミ箱までいった。


「あっ、高木たかぎくん。ちょうどいいところにいるね」

「いや、これから部活なんだが。 ……なんだ?」


 そこでグラウンドに向かうために通りがかった高木くんを見つけ、高木くんを疑問を確かめるのにちょうどいい相手だと思い話しかけた。


「高木くんって姫川ひめかわさんが好きだよね。そんな高木くんに聞きたいんだけど、好きとは何なのか具体的に教えてくれないかな?」


「……お前は何を言ってるんだ」


「実は黒川さんのどこをどう好きなんだろうかと考えていてね。そこですり合わせというか確認というか、どういうのが一般的に好きに当てはまるのかなと」


「……一条、本当に何を言ってるんだ」


 黒川さんに聞くのは意味合いが違っており、最初から好きで付き合っている友人たちに聞くのも違っており、一番これを聞く相手として相応しいはずの高木くんには上記のような反応をされた。


「じゃあ、僕が黒川さんを好きだとは見える?」


「そう、だな。見えないこともない。最初はどうなるのかと思っただけに、黒川と問題なくやっているのはそうだからだと思う。俺からは彼氏と彼女に見えるよ」


「なるほど。他人から見て見えるということはあのキラキラは僕たちにもあるということか……。ならこれが好きで、彼氏彼女であると考えても間違いではないと」


「素直に羨ましいと思う。それじゃあな」


 高木くんは校舎の時計を見ると部活にいってしまったが、僕はあの日見たものが手に入ったのだと気づいた。

 これがきっと「好き」なんだと理解した。

 なら僕からは黒川さんの好きを探すまでもなく、見える全てが好きになるとでも言うべきなのかもしれないと思った……。

 

◇◇◇


 ──夏休みの任意補習はこうして進み、好きを探すという僕たちの彼氏彼女のやり取りも同じく進み。

 たまにあった一人の登下校を寂しいと感じるようになり、週末が近づくと決まってどこかに遊びに行こうかという話になった。


 しかしそれもほぼほぼ任意補習で登下校から一緒なのに、休みの日にまで無理して会わなくてもいいかとなり、二人で任意補習中の土日を何もない日と定めた。

 そんな何もない日は昼間はLINEのやり取りをし、夜は決まって通話で長話と、出かけずともそれなりに有意義な任意補習の期間だったんだ……。


「昨日はおっきな花火大会だったんでしょう……。パパに誘われて一泊二日の旅行なんて行かなきゃよかった。花火見たかった。一条も誘ってよ!」


「家族旅行も大事だよ。黒川さんに予定も合わせてくれたんでしょう? それにあれはすごい混むよ。シャトルバスで行っても帰りのバスとか行きより乗れないし、車出してくれる人がいたとしても停めるとこないんだよ。モールだって十九時で完全に閉店って異常事態になるし。有料じゃないと何もできない、思いついて急にいこうとしても無理だったって」


 僕たちが任意補習の七割ほどを消化した八月の最初の日曜日に行われた、市内で最大の花火大会の次の日のことだ。

 この日の放課後に黒川さんから家族旅行のお土産を貰い、花火が見たかったという話が出た。


 僕としても有名な花火大会だしいけるならいきたかったけど、行く手段と花火を見る場所にも当てがなく、黒川さんは決まっていた家族旅行ということもあり見送った。


「七夕祭りも肝心の踊りを見れてないし、灯籠流しの花火大会はまだ先の二十日だし。夏休みなのに毎日学校なのが悪いんだよ!」


「灯籠流しは駅から歩けるし見にいこうよ。あっ、十六日に地元の海のところで盆送りの花火大会ってのならあるよ。灯籠流しみたいには花火上がらないけど、」


「それだ! 補習終わってようやく夏休みになってるしいける。ぜひいこう!」


 二十日のお祭りほどではないが一応花火もあるし、花火の前に行われている踊りも見たいなら見れるし、地元ということなら融通もきくと僕は花火大会の話をした。

 黒川さんはこれに二つ返事で行くと決め、僕にナイショで姫川さんと高木くんに声をかけていたんだ。


 ……僕は高木くんともこの夏休み中に仲良くなったつもりでいて、姫川さんの考えていたようにも気づかず、こうしてみたところで何も思いつかないや……。

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