第20話 好きを探す ④

 黒川くろかわさんにいつもの場所でいじり倒され、今回はというかこれからは誰も助けてはくれず、ここから僕は黒川さんからの過度なスキンシップに悩まされている(未だにだ)。


 このいじり倒された放課後から正式に付き合うことになった僕たちだが、付き合うとなっただけで黒川さんのことも知らないことが多くあり。


 そもそもお付き合いという事柄に関して僕の知識は乏しく、ラブレターに書いた内容というのはあくまでやりたいことであり(黒川さんいわくビジネス文書)、普段の彼氏と彼女のすべきことも何も僕にはわからなかった。


 そうなると僕の頼りは減点方式により一ヶ月と続かないが、彼氏と彼女について経験豊富な黒川さんになる。


「今日はとりあえず一緒に帰ろ。そんで駅前のミスドでも寄ってお喋りしよう」

「任せるよ。あっ、部活休むって言ってくる」

「LINEして!」

「なんで? すぐそこだし言いにいってもすぐだよ」

「あの部長の人……。部活と彼女どっちが大事なの?」


 この日も下でぷよぷよ音は聞こえていて部活は通常通りに行われていたのたが、黒川さんが彼女らしいことを言ってきたので大人しく指示に従い、「休みます」とだけ部長にLINEして僕は黒川さんと帰路についた。


一条いちじょうはどっからきてるの? バス乗るってことは駅まではいくんだよね。だけど、駅でも電車でも見かけたことない気がする」


「駅まではいくよ。で、北に二駅いった四ツ倉よつくらって田舎なところだよ……。黒川さんは?」


「あー、駅名は駅の案内板で見たことある。行ったことないし有名なものとかも聞かないよね。あーしは植田うえだ


「遠いね。きっと僕たち生活圏がまるで違うから学校でしか遭遇しないんだよ……。植田駅までって何分くらい?」


「二十分。でも一条のとこまでいくとなると乗り換えなきゃだし、少なく見ても四十分くらいはかかるのかな? 本当にちょっと遠いかも」


 この時、黒川さんの言ったのは乗り換えが上手くいった場合。おそらく最短で四十分だ。下手したらもっとかかる。

 乗り換え駅である市内のターミナル駅まではどちらからもいけても、主にこちら側へのアクセスが悪いからだ。


 上野方面への電車より仙台方面への電車の方が数が少ないからだろう。

 明らかに北に行くにつれて田舎になっていくからだろう。自慢できるのは海が近いことくらいしかないのだ……。


「つまり夏休みに遊ぶにしても、ここまでは出てこないとなのか。まぁ、遊びたいし頑張りますか!」


「でも、任意補習で学校あるから遊ぶって言っても帰りだろうし。休みの日なら僕がそっちまで行っても構わない……黒川さん?」


 僕たちは帰りのバスを待つ間にバス停近くで会話していたのだが、黒川さんはどうしてか急にそっぽを向いた。

 駅までのバスがくるにしても方向が逆だし、バスがくるまでは少し時間もあったのだが、黒川さんは決してこちらに向き直ろうとしなかった。


「「…………」」


 僕は黒川さんのあからさまな反応にまさかとは思ったけど、夏休みを満喫するつもりだった黒川さんだからなくはないとも思った。


 黒川さんが本当にそう、、するつもりなら阻止しないといけないから、確認のために顔の方に回り込むとまさにそう、、するつもりだと黒川さんの表情は語っていた。


「まさかとは思うけど任意補習に出ないつもり?」

「あーし、来週から具合悪くなる予定だから……」

「ズル休みじゃん。絶対にダメだからね!」

「嫌なものは嫌なの! あーし、絶対にこないから!」


 駅に向かっている道中も、到着してドーナツ屋に入ってからも、一貫して黒川さんは夏休みは夏休みなんだと主張し続けた。

 しかしおそらくそんな考えの人は学年に一人もおらず、彼女の過ちをみすみす見逃すわけにもいかないから僕は説得し続けた。


 黒川さんは部活にしか出ない人たちもいるとの主張も出してきたが、推薦で部活が本業みたいな人たちは授業には出ていなくてもその時間に部活には出ているのだ。

 やはり黒川さんの言う、夏休みは夏休みの理論からは外れると僕は説得した。

 

「折れないし、曲がらない……。高木たかぎっちに平気で向かっていくから妙に度胸があるなと思ったらこれは違う。これは変に真面目なのが影響しているんだ。流石は学級委員長……」


「ぜんぜん自分の間違いを認めない……。指摘されても自分のルールを適応させるから納得しないし、頭も口も回るから余計に手に負えないぞ。 ……僕が学級委員長だったって誰から聞いたの?」


 高等部になって立候補があったから、僕が学級委員長だったのはもう中等部の頃の話で。

 高等部からの進学者である黒川さんが知っているはずがないのだが、黒川さんはそれを知っていてとても不思議だった。


 自分としても他薦による結果でしかなく、いくら黒川さんの口が上手くて聞かれた人がそんなことを覚えていても、わざわざ言うようなことでもないはずで。

 今のクラスメイトで中等部からクラスが同じ人は何人いるのかと僕は考えた。


「えっ、情報収集の成果だよ。そんなことより、思い出したんだけどさっき何か言うことがあるとか言ってなかった? 思い出したら気になるにゃん♪」


「えっ、急になに!? こ、こんなところで急に言われても困るんだけど……」


「……本当に気になるやつじゃん」


 興味が僕が言えなかったこと(黒川さんのせいで)に移った黒川さんは、話は逸らせるし気になるしで話題をそちらに変えてきた。

 だけど、とてもではないがドーナツ屋で言える、言っていい内容ではなかっのに、「任意補習に出てもいい」と引き合いに出されてしまえば僕は言うしかなかった……。


「──もうわかったから! やめて。そんなの言ってて恥ずかしくないの!? 恥ずかしくてもういられないから出よ」


 言わせた黒川さんは言った僕より照れて、手早く片付けて自分だけ先に店を出ていってしまうし。

 遅れて店を出ることになった僕は、目が合った女性の店員さんにやけに明るく「ありがとうございました」と言われた気がした。


 僕はラブレターの内容を短くだが口頭で述べ、こんな自分でもいいのかと聞き、「付き合ってください」と言ったのだ。

 思い出してはなんたる愚行だとその度に思うのだが、いつもの場所で言っていたとしても結果は変わらなかったとも思う……。

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