第16話 きっかけ ⑩

「──なんで。みんな友達だったんじゃないの?」

黒川くろかわさん!? まさか今の聞いてたの!?」

「うん。次は仲のいい友達から情報収集しようと思って。一人も見つからないからここかなって」

「えーー……」


 最後まで残った友人Bもいなくなったいつもの場所に、ドアが開く気配も音もなく黒川さんが現れた。

 屋上への出入り口は一つだけで、僕たちは出入り口は見えない位置にいたのは確かだが、黒川さんにまったく気がつかなかった。

 でも、黒川さんはいて僕たちの話を聞いていたんだ。


「別に格好つけたわけじゃないからね!?」

「あーしに気づいてなかったんだからわかる」

「そう、ならよかった……」

「よくないでしょ。友達みんないなくなってんじゃん。カッコよくもないし!」


 黒川さんから見たらそう見えたのだろう。

 実際のところもそうなっているのだから否定もしにくいのだが……。


 しかし黒川さんの「友達がいなくなった」という言葉の意味は、僕からしたら「友達がこの場所からいなくなった」と同じ程度の意味合いだ。特に問題はない。


 どちらかと言うと黒川さんに聞かれていたことの方が問題だった。

 僕は「黒川さんと付き合おうと思う。彼女がどんな人間でもだ」とか言ってしまっているから。


 彼女の性格からしたら即行動に(前日のようなことに)なるのかと思って警戒したが、黒川さんは見るからに沈んでいて恐れたようなことにはならなかった。

 がっかりはしなくても拍子抜けしてしまった。


「……こんなつもりじゃなかった。もっと情報収集してからでもよかったね。一条いちじょうくんがあーしのこと、何も知らないと思ってなかったし。急ぎすぎた」


「えっ、待って。今朝の情報収集って僕に対する情報収集だったの?」


「そうだけど、なんだと思ってたの?」


「そ、そう言われるとそれしかないよね……」


 黒川さんはよく人を見ている人だけど、わからないものはわからないから直接話を聞いて、見たことしか知らない僕に関係する情報を集めていたんだろう。


 こんなふうに行動して相手のことを積極的に知ろうとする人に、やっぱり悪い人というのはいないと思う。

 そもそも深くは知ろうとしないか、見たものだけから判断するのが普通だと思うから。


 その方が簡単で楽だからみんなそうする。

 だけど、それだとその人のことなど何もわからないんだ。

 黒川さんはそれをもったいないと考えるのだろう。だから彼女は付き合ってほしいと言った人間と付き合うのだ。


 加えて、黒川さんはとても熱しやすく、とても冷めやすい女の子なんだと僕は思う。

 興味が少しでも湧けばあり余る行動力で動き、逆に興味がなくなればもうどうでもよくなってしまうのだ。


 マイペースで気分屋で好奇心旺盛で、時折とてもしたたかな女の子。

 これが僕が理解した黒川さんの人間性だ。


「はぁ……。まあ、なっちゃったものはしょうがないよね。切り替えていこうね。夏休みに可愛い彼女がいれば大抵のことは大丈夫だから」


「いや、僕は大丈夫だよ。別に黒川さんが気にすることないし。それよりも、その、付き合おうと思うと言ったんだけど。今日一日時間がほしいんだ」


「お付き合いは明日からってこと? でも、明後日の金曜で学校は終わりで、月曜の終業式終わったら夏休みでしょ。いいの、ギリギリだよ?」


「……なにが?」


「夏休み始まってから夏休みの予定立てると大変かなって。あっという間だよ。一ヶ月しか休みなんだから」


 僕からしたら夏休みになろうと、土日とお盆のあとから始業式までしか休みという感覚はなく、まるで毎日が休みのように語る黒川さんに違和感を覚えた。


 ラブレターには確かに夏の項目があったが、土日とお盆のあとからしか行動できないなら急ぐ必要なく。

 目先の土日をカウントしているようにも特に思えず、代わりに僕はとても恐ろしい予感がした。


「く、黒川さん。知ってるとは思うんだけどさ。任意補習は任意ってあるけど出なきゃダメなんだよ? 欠席多いと単位に関わるよ」


「……はぁ!? それじゃあ夏休みは!?」


「土日とお盆から始業式までかな……」


「聞いてない! 夏休みに何もできないじゃん。任意じゃないし!」


 興味がないことには興味がない黒川さんは、夏休みは夏休みだと思っていた。

 任意補習の欠席は欠席にはならないが、単位に関わるのだから基本的に出なくてはいけないのだ。

 外部進学者にもわかるように間違いなく案内はあったはずだけど、黒川さんだから見てなくても、聞いてなくても仕方ないのかなと思う……。


「へ、変だとは思ったんだ。周りで誰も夏休みの話しないし。みんな夏休みも部活もあるし、あーしは出ないけど補習に真面目に出る人もいるのかと思ったけど。全員強制なら任意とかつける必要なくない!?」


「それは、学校としては一応は夏休みとしないといけないのでは?」


「なら、休みたい人は休ませてよ!」


「えーーっ、でもみんな進学に本気だからこの学校にくるんだから。自らやりたくないって言う人はいないと思う」


「ここにいるけど! ママに騙された。いい学校だなんて言って、本当は夏休みもない学校だって知ってたんだ!」


 いい学校であることに間違いはないが、なんとなく黒川さんが自分でこの学校を選んだわけではないと思った。

 黒川さんが選ぶ理由がないというのは理解できるけど、黒川さんが選ぶ理由は何一つ思いつかないから……。

 夏休みを満喫する方が黒川さんのイメージにぴったりだし。


「黒川さん。昼休み終わるしそろそろ教室に戻ろう?」

「もう午後の授業はボイコットする。一条くんも彼氏ならあーしに付き合って!」

「いや、僕が彼氏なら彼女を授業に出させるよ。いこうか」

「真面目なのは度が過ぎるとマイナスになるぞ! あっ、こら──」


 このあと黒川さんを引きずっていき、嫌そうだった黒川さんだけど諦めたように教室に入っていき、二人とも始業ギリギリだけど授業には間に合った。


 そして僕が黒川さんに時間がほしいと言った理由は、あるものを用意するのに時間が必要だったからだ。

 僕たちはまだきちんと彼氏彼女ではないから……。

 

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