玉の露 ⑦
僕は、ここから離れたら一生戻れないと思っていた。
僕なんかの変わりはいくらでもいる。僕がいなくなったら僕がいた場所に誰かが入ってくる。世の中そんなものだと思っていた。
「戻ってきてもいいんですか?」
天音の一言は、僕の心の中にあったモヤモヤを全部吹き飛ばしていった。
「ああ、その時になってまたお前が戻ってきたいと思えるなら歓迎するよ」
「本当に?」
「本当さ」
僕の中にあった前提条件が崩れていく。
戻れないと思っていたからこそ、ここに居続けるために、残りの短い時間で天音に認められないといけないと思っていたのだ。
そもそも、僕はもう認められていたし、必要だと思ってもらえていた。
さらには、戻ってきてもいいと言ってもらえた。
何も最初から悩むことなんてなかったじゃないか。
「天音さん、僕は…………」
「おっと! その先はまだ言うな」
「えっ?」
「まだお前が決めた期限まで時間があるだろ? それを最大限に使ってもう一度考えるんだ。
今の考えが一番自分に合っているのかを」
これ以上のいい案なんて出るわけが…………
「もしかしたらもっといい案が思いつくかもしれないし、元の案がやっぱりいいってなるかもしれないだろ? それに、いまここで決めるとお前自身に免罪符ができちまう。上手くいかなかった時に『天音がこうしたほうがいいって言ったからこうしたんだ。僕の責任じゃない。天音が悪いんだ』って言い訳が出来てしまう。それはダメだ。自分の人生なんだから、自分でしっかり考えて自分の責任で決めるんだ。そのためにも残りの時間必死に考えろ!」
そんなことしない。
なんて言いきれない自分がいる。
ちっぽけな、弱虫な、卑屈な、クソ野郎な僕じゃ、追い詰められたら人のせいにしてしまうだろう。そんな未来が訪れないとは言い切れない。だからこそ、天音の言う通り自分で決めないといけない。
「分かりました。期限までもっと一杯考えます。他に良い選択肢がないかも考えます。最後は、胸張って天音さんに宣言します。だから、もう少し待っていて下さい!」
僕の言葉に、天音はニカっと大きな笑いを浮かべてくれた。
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