ザ・プレミアム・モルツ ②

 鵜飼遼輔(うかいりょうすけ)。それが兄の名前。

 兄は現在、有名国立大学の3年生。

 通っていた進学校は首席で卒業。

 所属していた水泳部でも個人で大きな功績を立てている。

 生徒会の会長をやっていたこともあった。

友達からも後輩からも先生からも信頼が厚かったと聞いたこともある。

あげれば功績は他にもたくさん出てくる。

絵にかいたような模範的な生徒、それが僕の兄。

 真似するにはちょうどいい、立派な背中。

 追いかけ続けてもひたすら離れていく大きな存在。

でも、久しぶりに見た兄は心なしか小さく見え、雰囲気もどこかおかしい気がする。

「兄さん、こんなに朝早く何しに来たのさ? というかなんでここに来たの? そもそもこの場所はどうやって知ったの?」

 色々と聞きたいことが渋滞する。

いつもの兄ならあらかじめ連絡を入れてから来そうなものなのに、やっぱりどこかおかしい。

「大輔の顔が見たくなったんだよ」

「へ?」

 なにいきなり恥ずかしいこと言っているのかな、この兄貴は!

 気恥ずかしくてスルーすることにする。

「今日は大学休みなの?」

「普通にあるよ」

「えっ?」

「サボってきた」

 兄は当然の事かのように「サボった」と言う。

「嘘でしょ…」

 僕の模範のような存在であった兄が「サボった」なんて言う。

今まで一度も聞いたことが無かったセリフを言うのだ。

驚かないわけがない。

「いやいや、本当さ。ところで今日は暇?」

「店番がある」

「サボれない?」

「そんなことしたら天音さんに殺される」

「そっか… 何時ごろ終わる?」

「夕方には」

「了解。それまで僕はこの辺りを観光しようかな。終わったら夕飯奢ってやるよ」

 兄は僕の返事を待たずに、大通りの方へ歩いていった。

 今日の兄はどこかおかしい。

自分からサボりを促してくるなんてこと、いつもの兄なら絶対にしてこない。

 最初に感じた違和感みたいなものはあながち間違いで無いのかもしれない。

いったい兄に何があったのだろうか?


 兄の襲来のせいで、今日は仕事に全く身が入らなかった。

 レジを打っていても、商品補充をしていても、掃除をしていても、重い荷物を運んでいても兄の姿が目に浮かんでくる。どうしていきなり店に来たんだろうって、疑問が心の中で渦巻き続ける。僕が知っている兄とはどこか違う気がして、そればかりに気を取られてしまう。

 そんな感じで漫然と仕事をしていたせいか、ワイン瓶を一本割ってしまった。

 それだけなら天音に軽く叱られる程度で済んだだろう。

だが、割れた後も上の空でいた僕は割れた瓶を直接触ってしまい、指に割と大き目な怪我をした。そこまでのことをしてやっと我に返り、その後は痛みのおかげで上の空から脱することができたため、何もなく仕事を終えられた。


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