木漏れ日のムシメガネ

「酒の大沢」

 祝いの品を求めて訪れるお客さんが多いためか、最近では暇な日がほとんどない。

 閑古鳥が鳴いていた日が遠い昔のように思えてくる。

 祝いの品だからか、○万とかするワインとか焼酎が何本も売れていく。

そのせいでレジには福沢さんがたくさん。

 暇を見つけては金庫にぶち込んでいるが、それでも溢れかえる。

今強盗に入られたらこの店は潰れるかもしれない……

 店主の天音が請け負っている配達も多くなりすぎて、回り切れない数件は断ってしまっている。普段でさえ休む暇もなく店を行ったり来たりしているから仕方がないと僕は思うのだが、彼女は悔しくてたまらない様子であった。

さらに、近くにある公園の梅もちょうど見ごろになってきたからか、細かな買い物をするお客さんも増えてきた。

 天音いわく、桜が咲くともっとすごいらしい。

これ以上忙しくなると流石に死ぬ~


チーン


「いらっしゃいませ」

 またお客さんだ。

果たして、僕の元気は桜が散るまで持ってくれるかな?

このままだと僕のほうが先に散るような気がして気が気でない。

桜は儚く散る姿が美しいと言われる。

僕も散るときはそんな風になりたいと思うが、それはまだ当分先でいい。

散らないで済むためにも何か手を打ちたいが、果たして何か出来るだろうか?


だいぶ日が落ちてくるとお客さんの波が引き切り、束の間の平和が訪れる。

夕日がこの町を優しく包み込んでくれている。

こんな時は、呑気に「にんげんっていいな」なんて歌っていたい。

でも、歌っている暇などない。

閉店前にもう一度ラッシュが控えているから。

 店を見渡すと至る所に穴が出来ている。

その穴を埋めるべく商品をどんどん補充していく。

「どっこいしょ」

 店の奥にあるスペースからどんどん補充用の品を取り出していく。

 今日は、日本酒のパック酒が売れているようだからそこを重点的にやるつもりだ。

 赤や青、茶色、黒など色とりどりの箱を台車にのせて、日本酒のスペースまで運ぶ。


 あ、これはあったか~

 あ、これ持ってき忘れた~

 あ、在庫もしかしたらないかも

 あ、開けるの間違えた


 独り言をぶつぶつ言いながら棚に収めていく。

 正直言うと、日本酒パックの品出しは嫌いだ。

 だって、全部同じようなパッケージをしているから。

 例えば赤。白鶴まるや晩酌、大関のものもなどが同じような色合いをしている。

そのせいで、補充の時に違うのを持ってきてしまって二度手間になることが大変多い。

それに、酒屋の店員が間違えるくらいだから当然客も間違える。

自分が欲しい奴じゃないのを持ってきて、会計後に「間違えていた。違うのに変えて欲しい」って事案が多発する。

 会計後の取り消しは処理が面倒だからやめて欲しいが、紛らわしいものを売っている店側にも問題があるから文句言えないのが辛い。


チーン 


 『クマの子見ていたかくれんぼ』って冒頭すら歌わせてもらえないようだ。

「いらっしゃいませ」

 補充を取りやめてレジに向かうと、入ってきたお客さんがいきなりこう言ってきた。


「オヤジ臭くない酒をくれ!!!!」


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