クリアアサヒ ④

「お待たせしました」

 お淑やかバージョンの天音が、百合に声をかける。

「いいのよ。お二人は仲がいいのね」

 やっぱり、丸聞こえだったようだ。

「さて、何のことですかね?」

 笑顔を浮かべて、押し通そうとしている。

天音のニカっとした笑顔を知っている人からすると、今の笑みが作りものなのが良くわかる。

 百合にも、触れないほうがいいと伝わったのか、少しだけ微笑んで話を変える。

「大沢さんはいらっしゃらないの?」

「父は、少し前に亡くなりました。ですので、娘の私が店を継ぎました」

「そうなのね… 若いのに大変ね」

「この店が好きなので、気になりませんよ」

「じゃあ、新しい店主さんにお願いしようかしら」

 暗くなりかけていた店の空気が、百合の明るい声音で引き戻されていく。

「何なりと」

「お供えでビールを持っていきたいの。結びきりの熨斗と包装いいかしら」

「畏まりました」

「仏様へのお供えでいいですよね?」

「そうよ」

「ビールは何をお持ちしましょうか?」

「クリアアサヒで」

「かしこまりました」

 すると、天音は先ほどと同じように手招きしてきた。

すぐに近づくと、

「奥のビールコーナーの二段目にアサヒのビールが積んであるから、そこからクリアアサヒ持ってきてくれ。私は、薄黒ペンもって来るからよろしくな」

 そう言って、母屋の方へ走っていった。

 うかうかしていると、天音にどやされかねないので、自分も急いでビールコーナーに向かう。

 ビールコーナーは入り口から見て左奥、レジ奥の壁沿いにある。

「さっき、見といてよかったな」

 店番を初めてすぐに、ぐるっと店の中を回っておいたのが功を奏して、迷わずにビールのところまでつくことが出来た。

まぁ、店自体がそんなに広くないから、迷ったとしてもそんなに変わらないかもしれないが……

「確か、二段目だったよな」

 ビールコーナーは、鉄骨に台が取り付けられ、4段に分けられている。

下から、キリン、アサヒ、サントリー、サッポロの順にコーナー分けされている。

今回の目的は、アサヒのはずなので二段目に目をやる。

「この中にあるの?」

 何種類も置かれた箱の山を見て、最初の浮かんだ感想だ。

赤や青、緑に黄色、黒っぽいものまである。

ぱっと見どれが目的の物なのか見分けがつかない。

「クリアアサヒと……」

 箱の側面を見て、そこに書かれた名前を探っていく。

スーパードライに、アサヒオフ、ドラフト…

「あった!」

 いくつかの箱の下に、黄緑色のクリアアサヒと書かれた箱があったのだ。

他に、糖質ゼロと書かれているのが少し気にはなったが、待たせるのも悪いと思い、

上に積まれた箱を急いでどかして、見つけた箱をもって、レジの方に走る。


「持ってきました!」

 母屋から既に戻っていた天音に得意げに見せると、明らかに残念そうな顔をする。

「惜しいな。それは、クリアアサヒの糖質ゼロだ。頼んだのは黄色の普通のやつだ。

はい、やり直し!」

「はい? でも、ここにクリアアサヒって書いてあるし…」

「違う。それは、贅沢ゼロだ。ビールには同じような名前のやつが多いから覚えとけよ」

 未成年にビールの種類を見分けろというほうがおかしいだろと思いつつ

「はぁ」

 返事だが、ため息だが分からないような声を出して渋々、ビールコーナーに戻る。

それから、もう一度よく見てみると、確かに黄色が入ったパッケージでクリアアサヒと書かれたものがあった。急いで取り、レジの方へ戻ると、レジの奥にある包装台の上に箱を置く。

「今度は正解だな。」

「暇なとき、ビールの名前教えてくださいね」

「分かったよ」

 と短く返事をすると、天音は表情を引き締め、一枚の灰色っぽい大きな紙を取り出して、箱の下にくぐらせる。

それから、ぱぱぱっと紙と箱を動かし、何度か転がして、綺麗に箱を包み込んだのだ。

あまりの手際の良さに、思わず

「すごい」とこぼすと

「これが、回転とか転がしっていう包装だ。また今度教えるからな」

 こんなに手際よく、自分に出来るのだろうかと考えていると、包装された箱をずらして、白色と黒色の紐が肩結びされたような絵が、プリントされたA4くらいの紙を取り出す。

次に筆ペンを取り出すと、先ほどの紙の中央に「供養」と筆を躍らせるようにして書く。こちらもあっという間に書きあがる。先ほど同様なかなかの手際だ。

字の出来の方も、教科書に載っていてもおかしくないような洗礼されたものである。

最後に書き上げた紙を、包装した箱に張り付ける。そして、百合の前に置く。

「お待たせしました」

「ありがとうね。大輔君も」

 先ほどお喋りを付き合ったからか、ごたごたを見ていたからか分からないが、自分にも感謝を述べてくれた。誰かに感謝されるようなことが、ほとんどなく照れ臭くなっていると

「いえいえ。そういえば、お客さんここまでどうやって来られました?」

「歩いてよ」

「お帰りも」

「そのつもりよ」

「なら、荷物持ちに大輔をお貸ししますね。箱を抱えていくのも大変でしょうし」

「あら、なら頼もうかしら」

 自分が口を挟む間もなく、百合の同行が決まった。

まぁ、自分にはもともと拒否権はないのだろうけど……



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