本格化するパワハラ
始めこそ、タケさんは私との接触を避けていました。
しかし、引継ぎ時の僅かな時間をフル活用しての叱責が増えて行き、次第に“宿題”制度も復活していきました。
日勤週の帰りには決まって呼び止められ、一時間から二時間程度の拘束を受けました。更衣室で待ち伏せされたり、会社の入り口まで追いかけられる事もあり、退社するだけでも神経を尖らせなければなりませんでした。
そして末期には、帰宅後に電話がかかって来る事さえあり、スマホの着信にビクビクさせられる毎日でした。
休職前ですら、家に帰りさえすれば落ち着けたのが、その権利さえも奪われていました。
確かに、心身を壊した直接の原因であるタケさんと四六時中居なくてよくなったのは、大きな変化でした。
しかし、向こうもまた、限られた時間を利用して休職前の水準で圧を掛けて来るようになっていました。
「休んだ事は仕方がない。けれど、休んで穴をあけた分は死ぬ気で仕事して取り戻せ」
それが、私の復職に対する彼の考えであるようです。
状況はほとんど変わっていない。
変わらないだろう、とは、部長や社長との面談で充分に予想できた事です。
一度倒れた事で、私は“精神力も
尽きれば、身体は動かせない。
骨折が気合いで治せないように、脳が損傷すれば努力や根性ではどうにもならない。
二の轍を踏むわけにはいきませんでした。
重ねて言いますが、適応障害の回復には、療養期間と共に“元凶となった環境の改善”が必要不可欠です。
C主治医の見立てでは療養だけでも三ヶ月を要する所。
そしてタケさんの行動が変わらず、ダイさんもそれに追従するという環境も変わらない。
自分の受け取り方を変えるしかない、と考えました。
正直なところ、潰れる前はタケさん達の言う事を全て「正しい」と思い、熱意に応えられない自分が絶対悪だと考えていました。
それが気付かないうちに自分を袋小路に追い込んで行った。
思い返せばドクターストップのかかった日、布団から立ち上がれない事に気付いた時、ぼんやりと「行き止まりにぶつかった」「閉じ込められて出られない」と言うような、閉塞的なイメージを浮かべていました。
ともあれ、会社が変わらない以上は自分が反省しなければ、元の木阿弥です。
簡潔に言えば「適度に相手の言う事を流す」「上っ面を取り繕ってやり過ごす」「相手が悪いと思う」「自分のメンタルを守る事最優先」
と言う考え方を採用するようになっていました。
そうしなければ、また潰れてしまう。今度こそ再起不能になるのは、火を見るより明らかだったからです。
恐らく、それは何となく彼にも伝わっていた事でしょう。
指摘される内容も「誰かが落としたゴミを見逃した」「台車の並びが雑なのを気にしていない」「他人が放りだした道具に対して無関心」「寒いからドアを開けるな(私には、どうしてもそこから行かなければならない場所がありました)」
要求される“宿題”の質も「一日の自分の行動を全て文字に起こせ(手書き限定・パソコン使用禁止)」等、
休職前にはあった合理性や理念さえも感じられなくなり、ただただタケさん個人の執念や怨念だけが膨れ上がってきたように感じられました。
「あんたは社会も常識も知らない」
と言う出だしからの、仕事に対する心構え、意識の高さなどを説かれ。
時には穏やかな態度でこちらに歩み寄りを見せ、私が子供の為に頑張らなければならない事に共感を見せ、ごくまれに私の良い所も並べて来たり。
よくよく考えれば、これは巷で言うDVと同じ構造をしている事がわかります。
相手に無能と思いこませ、自分の庇護や導きが無ければいけないと思わせ、苛烈な叱責で弱った所へマッチポンプ的に優しさを見せる。
全ては熱意と責任感からなのか。
それとも、DV夫のごとく、善意の行き過ぎに見せかけられるよう立ち回っていたのか。
今となってはわかりません。
しかし、かつて自分が倒れる所まで追い込まれた、と言う“事実”こそが最重要であり、そこを見失って簡単に折れてはならないと思いました。
タケさんが真に善人なのか、偽善者なのか。私に及ぶ影響が同じである以上、そんな事はさほど重要ではない事に気付きました。
自分の限界をしっかり自覚し、客観視する。
もはや治外法権と言っていい職場と言う名の閉鎖空間においても、常に心掛ける必要がありました。
それが、ここから更に悪化して行く状況から私を守ってくれたものと信じています。
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