第64話 もしかしなくても意外と難関なんじゃない?
レネと一緒に未来に向かって歩いていくことに決めた。
そんな日からしばらく経ち、レネが一旦寮へと戻ってからも三日おきの会議は続けている。
今現在の議題はふたりのこれからのこと――ではなく、その前に片付けるべき目標である『お祖父様への健全な恋愛アピールはどうやろうか』というものだった。
実際に健全な恋愛をしているので嘘をつくわけじゃない。
でもアピールの方法は慎重に選ばないと折角のチャンスを活かせなくなってしまう。
じゃあもっとも効果的な方法は何だろう、という話し合いだ。
「結婚を申し込む際に挨拶という形で知らせるのはどうかな」
「真顔で凄い提案してきたわね!?」
ド直球すぎるわよレネ……!
結婚を前提にしたお付き合いなのは明白なので私としても嬉しいけれど、お祖父様に効果的かというと色々と段階を吹っ飛ばしてるから予想がつかないわ。
それに付き合い始めた期間に言及されて、社交界デビューしてからにしなさいと言われてしまうかも。結婚の許しを得られたも同然、っとなっても印象の方は微妙だ。
そう指摘するとレネは背もたれに体重をかけてイスを軋ませる。
「そうか、誠実に向き合えばわかってもらえると思ったけれど……結婚可能な若人だと示すためのデビュタントパーティー直前に言い出すのは性急に見えるか」
「でしょう? 元々婚約していたなら話は別だけれど、少なくとも私たちはあの日までは友達だったから」
もっと以前から付き合ってましたと言ってもいいけれど、お祖父様はともかく他の家族には怪しまれるかもしれない。
私たちのことをそれだけ近くで見てきただろうし。
「他の家族……そうだ、お祖父様の外堀っていうと変だけど、まずは周りの理解を得るのはどう? 皆から祝福されているってわかったらお祖父様も思い直してくれるかも」
「なるほど、それはいいかもしれない。ならまずはメリッサ夫人……いや、アロウズ卿かな……?」
「お、お父様は最後にしましょう」
「お姉さんは?」
「お姉様も後にしましょう、……」
これ、もしかしなくても意外と難関なんじゃない?
お父様は話せば理解してくれるだろうけれど、その前に以前酒場で見た狂犬モードに入りそうでちょっと怖い。
お姉様はレネを警戒してるので最初に私から話して説得した方が良いかも。
そしてお母様は一番理解があって一番喜んでくれるだろうけれど……そのままの勢いでお祝いパーティーを開かれそうなのよね。その場で全員にバレたら収拾がつかなくなるわ。
「う、上手く話せば大丈夫! でもそのためにタイミングをうかがわないと。だから日程は後日改めて決めましょう?」
ヘラの姿でレネの自室を訪れてからそれなりの時間が経った。
そろそろレネにも休んでもらわなきゃ。そう思っているとレネが私を腕の上に乗せてから頭を撫でた。
「そうだね。また君に会えるのを楽しみに待ってるよ」
……正式に交際し始めてから歯の浮くようなセリフに磨きがかかった気がするわ。
でも、うん、今までのことを振り返るのあれもこれもレネなりのアピールだったのね。そう思うと少し申し訳なかったけれど――正直言うと幸せな気持ちになる。
そんな気持ちを込めて「私も楽しみにしてるわ」と返すと、レネはポーカーフェイスを崩してまで何かを噛み締めるような顔をしていた。
***
そう決めて数日経ち、その間も順調に話し合いが進んでいたのだけれど――その日は突然やってきた。
まだ機会を窺っていたはずのレネが我が家に現れたのだ。しかもロジェッタ夫人を伴って。
いや、違うわ。ロジェッタ夫人に伴われて、だ。
私は何も知らなかったけれど、玄関前でふたりを迎えたメリッサお母様はあらかじめ訪問の連絡を受けていたようでにこにこしていた。嫌な予感がする。
お母様と話し込むロジェッタ夫人の隣をすり抜けてこちらへやってきたレネは眉を下げてコソコソと言った。
「ごめんよ、ヘルガ。……母にバレてしまったんだ」
「ま、まさか」
「君と付き合い始めたと」
こくりと頷いたレネに私も同じ顔になる。
レネは休日に実家へと戻り情報整理をしていたらしい。やっぱりそういうことは様々なツールが揃っている実家の方がやりやすいのね。
最後の作戦も近いので最終チェックのつもりだったそうだけれど……そこでレネはヘマを踏んでしまった。
「君と付き合えて浮かれててね、その様子をとてもストレートに訊ねられたんだ」
「わ、私と付き合えたの? とか?」
「まさにその通りだよ。それだけ明確に問われると、その」
アルバボロスは嘘をつけない。
レネはそんな性質の手綱を騙し騙し握っていたけれど、そのまま真っ直ぐ問われると誤魔化しようがなかったらしい。それはアルバボロスでなくても動揺して話しちゃいそうだわ。
「それなら仕方ないわ。でも……えっと、まだ顔に出るくらい浮かれてたの、ね?」
思わず問うとレネは目をスッと細めて視線を逸らした。
この表情、普通に見ると悪役の悪い目元っぽいんだけれど頬が赤いのでそう見えない。
兎にも角にも関係がバレた次の瞬間にロジェッタ夫人は喜んで「メリッサに挨拶しに行くわよ!」と言い出し、そして強制的に連れてこられたのだという。母親は母親で浮かれると大変な行動力を見せるタイプだった。
「折角の休日に大変ね……」
「うん、まあ移動の最中も剣の訓練をできたからいいけどさ」
休日は休むためにあるのよ、レネ……!
とりあえずお母様たちのことは予想はしていたのに避けられなかった。
なら今の状況での最適解を見つけないと。
しかし時間がない。しかもコソコソと話す私たちをいつの間にかお母様が和やかなムードで見守っている。多分この後に根掘り葉掘り聞き出されるんだろう。
色々な案は浮かぶけど、どれも妙案ではないように思えてきた。
そう冷や汗を流しているとレネがそっと私の手を握る。
「こうなったら、この機会にイベイタス卿にも正式に挨拶しよう。話す機会ができたと思えば儲けものだ」
「前向き……って言っていいのかしら。でも活かさない手はないわよね」
このままタイミングを計りすぎて、その間にお祖父様が計画を実行に移すというルートもなかったわけではない。起こったことは仕方ないと受け入れて、今はぶっつけ本番でもいいから出来ることをしていこう。
ひとりだったら心細かったけれど――今は一緒に挑んでくれる人がいるのだから。
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