第51話 次なる作戦、始動!

「……二百年以上前なら家系魔法の記録を誤魔化すことは可能だと思う。今は管理されて貴族同士で知っていることも多いけれど、切り札として秘匿しておく文化もあったからね」


 昔はその風潮がもっと強かったはずだ、とレネは言った。


 アルンバルトのいる介護施設から戻り、帰りの馬車の中で私たちは今回得た情報を整理していた。

 レネは手元のメモに視線を落とす。

 そこにはアルンバルトが覚えている限りの『ヘーゼロッテ家の家系魔法の流出先』が記されていた。直接は関係ないかもしれないものの、お祖父様も把握している情報なら知っておいて損はないだろうと聞き出したものだ。


 それを聞き終えた後、アルンバルトは突然のひらめきから私たちを「もしかしてスパイか?」と疑い始めたため、挨拶もそこそこに撤退することになった。

 もう少し聞きたいことはあったけれど、それでも沢山の情報を得ることができたわ。


「君のお祖父様がアロウズ卿の出自まで知っていたかは定かではないけれど――」

「これは私たちも事前に知ることができて良かったこと、ね」


 流出先は三家系。

 そのうち二つはレネが情報を持っていた。すでに断絶した家系だそうだ。

 よその家門に嫁いだ人間はいるものの、嫁ぎ先の家系魔法を残すために元の家系魔法は封じられるため、後世には残っていないだろうとのことだった。


 そして最後の一つ。

 それがお父様とアニエラの一族だった。


 お父様は「もう捨てた名だから」と意識してファミリーネームは口にしていなかったものの、落ち着いた頃に聞いたことがある。

 その一族は名をファスタリアといった。

 ……それより前からレネは把握していたと聞いてびっくりしたけど、調べる足掛かりさえあればあっという間だったと言う彼はやっぱりアルバボロスだった。そう思うと驚くのも一瞬で済むわね、一瞬は驚くってことだけれど。


 お父様の家系魔法は闇魔法。

 つまり、それが元のヘーゼロッテ家の家系魔法ということになる。


「強い魔法だがイメージは良くない。今はそうでもないけど、闇の神が悪神とされる神話が東から伝わった頃だから余計にね」

「そうなのね……」

「そんな家系魔法から良いイメージの魔法に乗り換える好機として強かに利用した可能性もあるけれど――それはその時のヘーゼロッテ家の当主にしかわからない。イベイタス卿にも直接の影響はなかったと思う」


 お祖父様が注視しているのはあくまで忌み子のもたらす災厄だ。


 ヘーゼロッテ家の特徴を持たない者が事件を起こすことが怖い。

 その当事者になるかもしれない孫娘、ヘルガ・ヘーゼロッテ。

 ヘルガは外見だけでなく人から奪った治癒魔法という縁起でもないものを受け継ぎ――そして、あろうことか元の家系魔法である闇魔法に似た影魔法まで持っていた。


 お祖父様の視点から見るとこうなる。


 実際には似た魔法どころではなかったわけだけれど、現段階の認識でもお祖父様にとっては縁起でもない存在なのはわかるわね。

 お祖父様は独自に過去のことを調べるくらい気にしていた。

 そんなお祖父様と和解するにはどうすべきか、が今の私が考えるべき事柄だわ。


「……今まで通り穏便に済ませたいなら、お祖父様に私は過去の忌み子のようなことはしないって確信を持ってもらうのが一番だと思うの。ただ……」

「今のイベイタス卿は君との交流を断っているんだったね」

「ええ。大丈夫って様子を見せようにも、それすら難しいわ」


 けれど停滞していては意味がない。

 残された時間もきっと長くはないわ。

 お祖父様が自分の寿命が尽きる前に『のちのヘーゼロッテのために』私を殺すことを強行したにせよ、このまま私を恐れ続けて命尽きたにせよ――私は、お祖父様とも家族として最期まで過ごしたい。


 命を狙っていてもメラリァお姉様が姉だったように。

 命を狙っていてもアロウズお父様が父だったように。

 イベイタスお祖父様も、命を狙っていても祖父だから。


 そう想いを言葉にすると、レネは少し眉を下げた。心配しているけれど、それを前面には押し出していない顔だ。


「今のイベイタス卿を下手に刺激するのは危ないと僕は思う。けれど……無理やりにでもヘルガが忌み子なんかじゃないと示さなきゃいけないね」

「レネ……」

「イベイタス卿とアルバボロスには直接的な繋がりはない。でも個人間なら多少はある。なにせメリッサ卿とうちの母は若い頃からの大親友だからね。そこで」


 レネは人差し指を真っすぐ立てるとにやりと笑った。


「僕の誕生日パーティーを開いて、ヘーゼロッテ家を丸ごと招待しよう」

「ぜ、全員? けれどお祖父様は最近どんな集まりでも参加を断ってるようなのだけれど……」

「体調が優れないわけじゃないだろう? そこでヘルガにも頑張ってもらいたいことがあるんだ。……デビュタントを来年に決めたから、その予行練習も兼ねてついてきてほしいとお願いしてほしい」


 交流のあったアルバボロス家とはいえ、三男の誕生日パーティーに全員を招待するのは不自然だ。

 しかしレネと懇意にしている私がデビュタントに不安があるため、その予行練習をしてもいいよとレネから申し出たことにする。そして経験豊富なお祖父様にアドバイスを求める形で同行をお願いする、とレネは流れを説明した。


「イベイタス卿がヘルガを殺すタイムリミットがデビュタント前というタイミングだ。そこを敢えて明示し期間を絞る。そうしてこちらも対処しやすくした上で、厄介なアルバボロスのパーティーには出ておいた方がいいと判断させたい。決行前に目をつけられないように、ってね」


 私はお祖父様の本当の性格をまだ知らない。

 でもアルンバルトが狡猾と言っていたくらいだから、レネの言う思考もするかもしれない。それでも思った通りになるのかという不安はあった。


「お祖父様ならアルバボロスに目を付けられたら厄介だとは思うかもしれないけれど……、……いや、ここまで来たら多少強引にでも引っ張り出さないと前進しないわよね。やってみましょう!」

「頼んだよ。あと期間中に影のアニマルは常に自分のそばに潜ませておいてほしい。独自の意思があるから不意打ちも防いでくれるかもしれない」


 パーティーで魔法を発動させ続けるのはマナー違反だけれど、つまり見つからなければいい話よね。ドレスの中や髪の中に潜ませられる小型の子を考えてみましょう。

 頷くとレネは「僕も君を守るよ」と歯の浮くようなことを言った。――でも本当に頼もしく感じるのは、きっとレネが剣術を心の底から頑張っていると知っているからね。


 よし、観光旅行作戦は目標達成!

 次は……お祖父様に『ヘルガ・ヘーゼロッテは健やかに成長し病む危険はない』と知らしめる作戦、要約して孫娘の健やか作戦よ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る