雪だるまは話さない
麦野 夕陽
第1話 幼い頃
幼い私が、雪だるまをつくっている。ひとりで。
雪の量がたりなくて、土混じりの雪だるま。
ふと顔をあげた私は、少しはなれた場所から男の子が見つめていることに気づく。
少し悩んだ後、私は男の子にかけよる。
──あそぼ。
男の子は口をもごもごさせているが、声は出てこない。
私は男の子の足元の雪をとって、丸めてわたす。
すると男の子は、近くの雪をくっつけはじめる。
私は自分でつくった雪玉をもってきて、それぞれ雪玉を大きくしていった。
何か話すでもなく、雪玉をつくる音だけが響く。
そこは、和らかな雰囲気で包まれていた。
* * *
「やーい、まひろー。なんかしゃべってみろよー!」
「こいつの話し方、へんだよなー!」
休み時間、隣のクラスの私は廊下からその光景を見た。
まひろは話すことが苦手で、いざ話そうとするとつんのめるような話し方になる。それをからかって、笑いながら教室をとびだした男子が、廊下を走っていく。
自分に言われたわけでもないのに悔しさを抑えきれなかった私は、すべったフリをして足を横に出す。
意地の悪い笑い方をして走っていた男子は、私の足につまずいて転びそうになった。
「おい! あぶねえじゃねーか!」
「あ、ごめーん。でも、廊下を走るのもどうかと思うよー?」
「うっせー! ブス!」
そう悪態をついてまた走っていく。全くこりない奴だ。
まひろを見ると、こちらの様子には気付いていないようで、次の授業の準備をしていた。何事もなかったように。口をぎゅっと結んで。
* * *
放課後、家がすぐ近くのまひろと毎日いっしょに帰る。
「ねえ、漢字どれくらいおぼえた?」
まひろは考え込むように、首をかしげる。
「じゃあじゃあ、きのうの漢字のテストどうだった?」
私が食い気味に言うと、まひろは控えめに両手をパーの形にした。
「……100点?」
聞くと、まひろは小さくうなずく。
「うっそ! すごいじゃん!」
私の反応をみて、まひろは嬉しそうに笑った。学校では見せないような表情だ。「まひろは字がキレイだし!」というと、少し照れくさそうにした。
ふと良いことを思いついた私は、ランドセルを地面におろす。
しゃがんでランドセルの中をがさごそ探る。まひろは私の突然の行動に不思議そうにとなりにしゃがんで見ていた。
"よしい きみか 40点" と書かれた答案用紙をポイっと置いたら、すかさずまひろに拾われた。
やっと、目当てのノートを見つけて取り出す。
「"こうかん日記"とかどう!?」
ハトが豆鉄砲をくらったような顔をするまひろ。まだ何も書いていない白紙の自由帳を見せる。
表紙はニコちゃんマーク柄だ。中のページの端っこにも、うっすらとニコちゃんマークの模様がある。
「私、漢字のテストだめだめだったから、練習としても良くない?」
まだ目をまん丸にしていたまひろが、「"こうかん日記"とは何か」を聞いてきた。
「こうかんで日記を書くんだよ!」
そのまんまだ。
「その日あったこととか、好きなことをじゆうに書いて、書いたら相手にわたして、相手も書いてわたしてきて……をくりかえすんだよ!」
まひろは物珍しそうに、ふむふむとうなずいた。
「これならまひろも、たくさん話せるよ!」
その言葉に、まひろはまた嬉しそうに笑った。
* * *
翌日の学校帰り、最初に私が交換日記を書いてわたした。
──"とぶ"って漢字むずかしくない?
書きじゅんとかおぼえられないよ〜
ここで練習しちゃお〜 飛飛飛……
──五番目の漢字まちがえてるよ。
──ほんとだ! さすが〜
──文章つくっておぼえたらいいんじゃないかな。
──ん〜。じゃあ〜「トランポリンで"飛ぶ"!!」
──おしいけど、それは別の漢字を使うんだよ〜。
──むずかしいよ〜。きょうならった24ページの漢字もむずかしいし!
あ、そのときのじゅぎょうでね、先生がね……それからね……
飽きっぽい私だからすぐ終わると思った交換日記は、長くつづいた。
たわいもないことばかり書いたが、渡すときや返ってきたとき、まひろの文章を読んでいるとき、とても心が踊った。
ノートの表紙のニコちゃんマークをらくがきでどんどん増やしていたら、まひろもさりげなく小さくニコちゃんマークを書いていて、笑ったときもあった。
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