第15話 今は楽しい

 子供には過酷な環境で既に多くの子供の命が奪われ残りはフレミーだけとなっていた。正確にはフレミーの幼馴染のクロイという女の子がいるのだが、途中ではぐれてしまった。


 「お腹空いたなぁ……」


 逃げ出して以来まともな食事は摂れていない。水だけは川の綺麗なものがあるため不自由はしないが食料はそう簡単にはいかなかった。


 フレミーには可食の野草の知識がないし、畑があるのは家の近くでフレミーが居る奥まった場所にはない。


 ぐぅぅぅぅぅぅというお腹が鳴る音を何回聞いたかも分からない。


 茂みに一人で隠れているとガサガサと土を踏む音がした。


 音の発生源は相当に近そうでフレミーはビクついた。ずっと空腹のことに気を取られ警戒が疎かになってしまっていた。


 来ないで欲しいという願いは届かず、足音は一歩また一歩とフレミーに向かって近づいてくる。


 もう終わりだ、そう確信した時のことだった。


 「おい、もう狩りつくしたらしいぞ。だから帰還しろと魔王様からの命令だとよ。」

 「おう。」


 近づいていた足音は遠ざかっていき、聞こえなくなっていく。


 「助かった……?けど、なんで……」


 村長の子供が姿を現していないというのにどうしてエルフが全滅したという話になるのだろうか。


 だが、その勘違いのおかげで危機的状況から抜け出すことが出来た。疑問は残ったままだったが、生き残れたことの嬉しさが勝りそんなものは直ぐに忘れてしまった。


 少し時間を置き、森の様子を観察し始めた。


 現在地から少し歩けばクロイを除いた子供達が、次のポイントでは母と護衛に就いてきていた3人の死体が転がっていた。そして村の中央までたどり着くと父たち大人が大量に死んでいた。


 子供たちは勿論、大人たちもエルフ族の長の娘であるフレミーにとっては馴染み深いものだった。


 村のある森の外には魔物が住み着くようになり、それを食料とするため森を徘徊していた魔王軍の配下たちも近くに集落を作った。


 少し森を進めばエルフ族が管理していた畑もある上に敵が居る訳でもなく住み着くにはベストポイントだったのだ。


 だが、森の中は住みずらいようで中に住み着くこともなかったし、両者とも奥の方までは入ってくることはなかった。


 結果としてそこだけはフレミーの安全地帯となったのが唯一の救いだろう。


 それからフレミーの生活は大きく変わった。


 それまで遊び歩くばかりだったフレミーが憎しみを糧に記憶の中の大人たちを真似て修行を始め、母に代わり家事までをこなさなくてはならなくなった。


 どうしても見つからないクロイの姿を探し続け10年が経過したある日。フレミーは実力も十分と判断し、クロイという気がかりを残しながらも魔王を倒すために森を出て和樹と出会うのだった。


 「あとは和樹さんも知っての通りです。こんな過去があったので似たような境遇の和樹さんと直ぐに出会えて実は結構救われてるんですよ?」


 フレミーはそう言いながら特に意識もせず後ろ手に手を組み、軽く前にかがんで胸が強調される格好をする。


 元々ほとんどないものを強調させてもさほど目立たないことには変わりはないのだが。


 「そう、だったのか……」


 動揺した和樹は直ぐには言葉が出てこなかったが一言だけ意味もなく呟く。


 魔王軍に襲われたと聞いて想像してたものよりもずっと酷い話で続く言葉も見当たらない状態だ。


 和樹の想像では魔王と戦ったが惜しくも負けてしまったというようなものだった。いくら何でも亜人の村が簡単に壊滅させられるとは思っていなかった。


 「そんな深刻そうな顔なんてしないで下さい。もう終わったことですしね。さっきも言いましたけど、私は和樹さんと出会って、ヘイムさんにも会えて今が結構楽しいんです。だから、今の話は気にしないで下さいね。」


 立ち止まったまま呆然とする和樹に話過ぎてしまったと感じるフレミーはフォローを入れる。


 フレミーとしても気を使われて関係がギクシャクするのは本意ではない。それに今が楽しいというのは彼女の本心でもある。


 フレミーが今を楽しんでいるのは和樹の目にも明らかだった。


 フレミーは笑顔が多く自分からよく話を振っている。そして和樹がダメな部分を晒しても気にせず一緒にいる。


 和樹は、だったら自分もフレミーの言うように気にせずこれまで通りにしようと決意し、顔を上げる。


 「ちょっと長話をしすぎましたね。戻りましょっか。」

 「そうだな。ヘイムは……まだ起きてないか。」

 「そうかもですね~。ご飯と言っても夜と同じお肉ですが準備できたら起こしましょう。」

 「ああ。」



 スッキリした顔のフレミーと仲間と会えて良かったと思っているのが自分だけではないことを知った喜びを噛みしめる和樹の2人はヘイムがまだ寝ているであろう場所へと戻っていく。


 道中のこと。


 「そういえば10年前って6歳だったんだよな?」

 「そうですね。」


 フレミーの過去が頭を巡っていた和樹が確認すると、突然年齢を確認されたフレミーはキョトンと首を傾げる。


 「エルフなんて長命種だろうに成長速度は普通と変わらないんだな。」

 「エルフが長命種?そんな話誰に聞いたんです?」

 「誰かに聞いた訳でもないけど……え、普通そうだろ?」


 和樹は元の世界での漫画やライトノベルでの常識を持ち出し同じだろうと考えていた。


 それがこの世界でも常識だろうと思い込んでいた。


 「和樹さんは何を言ってるんですか?寿命なんてどの種族も一緒に決まってるじゃないですか。種族の差で変わるのはスキルと外見と身体能力に体力だけですよ。」

 「そ、そうなのか……」


 つまり自分よりも年上なロリとかも存在しない訳で和樹は少ししょんぼりする。


 「全く、急に変なこと言わないで下さいよ~。……ってあれ?何かショック受けてます?もしかして私なにか……」


 和樹の急激な表情の変化を見てあわあわとしだす。土下座でもしそうな勢いだ。


 「いや……なんでもないよ。フレミーが気にすることじゃないから。」


 エルフの美少女にそんなことをさせる訳にはいかないと慌てて訂正する。


 そもそもフレミーは何も悪くはないのだから和樹がそうするのは当然だ。あえて誰が悪いのかを論じるとするならば、その解は勝手な期待を異世界に持ち込んだ和樹ただ1人だけだ。


 あとは2人の間には特に会話もなく、朝の爽やかな空気を時折胸いっぱいに取り込みながら簡易的拠点へと戻っていった。


 フレミーが昨晩と同じ肉を焼き終えると和樹が服がはだけそうになっているヘイムを叩き起こし、朝食を摂った。


 ヘイムが起きた時には自分の置かれた状況に気付いたヘイムと和樹の間にひと悶着が起きつつも時間は過ぎていき、街へと帰る準備が整う。


 「早く帰りましょう、2人とも!」


 残りのハングリードッグ8体が入った箱を操作したフレミーが後ろを振り向き上機嫌に言うのだった。

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