第9話 恐怖
3人は掲示板の前に立ち、初めにどの依頼にするか話始めた。
「和樹さんは初心者ですからね~。どれが良いでしょう?」
「私はお手軽な魔物の討伐が良いと思いまし。丁度良いことにこの周辺は生物が住みやすい環境となってますので魔物の出没には事欠きませんし。」
「魔物、ねえ…居そうだとは思ってたけど、いるって聞いたのは初めてなんだが。なあ、フレミー?」
フレミーから受けた説明でも聞かなかった話が出てきて一段声を低くし問い詰める和樹。
「あの時は魔王軍のことばかりで…それにあそこが砂漠で魔物は生きていけないので抜けちゃってました。」
「それが笑って言うことかよ…」
説明を忘れたことを笑いながら弁護する様子には呆れるしかない。
「そんなことよりも、です。お手軽な魔物ならこれなんかどうです?」
「湿地帯に住み着いたハングリードッグの群れの討伐ですか。私は宜しいと思いまし。」
「ハングリードッグ?腹減った犬なのか…?」
「ずっとお腹をペコペコにした犬の魔物です。お腹空いたままなんて可哀そうですよね~。私なら耐えられないです。」
「補足しますとこの魔物は空腹で理性が無いのでございまし。なので攻撃も当たりやすい上に耐久力も低いのでございまし。なので初心者でも相手にしやすいと思いまし。」
「初心者向けってことか。なら確かに丁度良さそうだな。」
こうしてフレミーの提案により街の近くの湿地帯に住み着いたハングリードッグの群れの討伐が和樹の初の依頼となった。
アイリーンに申請後、一行は目的地であるフルクトルから2,3キロ程離れた湿地帯へとやってきた。
「着いたか…」
これから始まる初めての魔物との戦闘に緊張の面持ちで呟く和樹。だがフレミーはというとお気楽そのものだ。初心者向けの依頼ということで全く緊張感もなく道中では鼻歌を歌う始末だ。
「フレミー、気が抜けすぎでございまし。いくら難易度が低いとはいえ和樹程とはいかなくてももう少し緊張感を持って下さいまし。」
「分かってますよ~。これでもちゃんと備えてますって~」
「どこがだよ…」
「ただそう見えないだけですって。逆に和樹さんはガチガチになり過ぎですよ?そんなんじゃ魔物が出てきても戦えないと思いますよ~。」
ふざけているようで意外と見ている。
事実、和樹は緊張で変な汗が出てきて急に動ける状態になるとは思えない状態にある。足の震えもひどく、生まれたての小鹿よりも心許ない。そこに図星を突かれれば何も反論は出来まい。
「お二人とも宜しいですか?ここに入る前にもう一度依頼内容を確認致しまし。」
2人の気を引くようにてを顔の脇で叩いて注意をし始めた。
一つ、いくらハングリードッグが相手はいえ気を抜かないこと。
二つ、フレミー、ヘイムは和樹に目をやり危なくないか注意すること。
三つ、あくまで和樹の強化が目的。討伐は和樹主体として進めていくこと。
四つ、魔物の肉は食用になる上に討伐の証明とするため持ち帰ること。
「注意事項は以上でございまし。分かれば依頼を始めていきまし。」
そう言われ和樹は一つ深呼吸をして緊張を鎮め、湿地帯へと足を踏み入れていった。
ヘイムの先導の下歩みを進めていくと早速ハングリードッグの群れが見つかった。数は10体。中々大きめな群れだ。
ハングリードッグは小型犬から大型犬までいて、目をぎらつかせ涎を中途半端に開いた口から垂らしていた。中にはどう見ても愛らしいだけの見た目をしているのに目つきと口元だけは周りと同じという何とも違和感のある個体までいた。
「私たちで全体を牽制するので和樹は1体だけに集中して下さいまし。」
「じゃあ、始めていきましょう。和樹さんの準備良いですか?」
和樹は今日のスキルの『小刃Ⅱ』の内容を確認し頷く。
『小刃Ⅱ』の詳細は以下の通り。
・自分の手元に刃渡り1センチ以下の刃を生成出来る。
・生成した刃は半径1メートルの中で自由に動かすことが出来る。
和樹の首肯と同時にフレミーとヘイムは前に飛び出て両脇から群れを挟むように立ちまわる。
ハングリードッグ達はそれに反応し2人に襲い食いつこうとする。だが2人には余裕があり危なげなく避けるなりスキルで捌くなりしている。
フレミーは盗賊と戦った時のスキルを発動し、ヘイムは半透明の障壁で守り光弾を撃ち地面を陥没させ木をなぎ倒している。2人ともそうとう強い。
任せっぱなしにはしてられないと逸る気持ちで小刃を生成し近くにいた1体に放つ。だが、それは足元に着弾するだけで傷一つ付けることは無かった。
外したのは別に操作が難しかった訳でもミスをした訳でもない。ただただ怖かったのだ。それ故に無意識下で狙いを外してしまった。
和樹は転生させられるまでは現代日本に生きてきた。勿論平和で殺し合いなどあるはずもなく生き物を殺した経験など無い。自分の判断で、自分の行動で生き物の命を奪い動かなくする文化のない国だった。
だから怖い。和樹が知らない文化に触れ、犯罪とされてきたことをするのがとにかく怖かったのだ。
恐怖を実感するとそれまでが嘘のように血の気が引き、足は震えで役に立たなくなりその場に座り込んでしまった。
当たらなかったとしても命を狙った相手を見逃してくれるはずもなく、和樹めがけて飛び掛かる。
目を血走らせ、口から涎を振りまきながら和樹との距離が縮めていく。
「ああ、俺はこのまま死ぬのか。」
世界がスローに見える中で自分の死を覚悟し目を瞑る。だが、いつまで経っても和樹にその牙が届くことは無かった。
不思議に思い顔を上げるとさっきまでは無かったはずのごつごつとした壁が聳え立っていた。
「え…?」
和樹は自分の目を疑い情けない声を漏らす。
「和樹さんっ、何やってるんですかっ。立って下さい。」
「死ぬ気でございましか」
突如座り込んだ和樹に叱咤の声が飛ぶ。
「フレミー?ヘイム?」
「ええ、私です。何ぼーっとしてるんですか。」
「気は抜かないようにと注意したはずでございまし。」
和樹の心情など知る由もないフレミーとヘイムは続ける。
「もしかしてその壁にびっくりしたんですか?それは私のスキルです。一度お見せしましたよね?」
今も9体を相手にしながらも和樹に声をかける。
「壁で足が止まってる内に攻撃の態勢を整えて下さいまし。」
「けど、俺…」
危険を知らせる声も戦いを促す声も恐怖で放心状態になってしまってる和樹には届かない。
そうこうしてる内に和樹を狙った個体が態勢を整え、一度は阻まれた壁を乗り越え始めた。だが和樹はそれでも動けずにいる。
「ヘイムさんっ」
「ええ。」
2人は動けそうにもない和樹を一瞥すると魔物の群れから離脱し和樹の方に向かう。そしてフレミーが動けないでいる和樹を抱き、ヘイムが黄色みがかった半透明の障壁で襲い掛かっている個体をいなし光弾で左右の木をへし折り道を塞ぎ、湿地帯を離脱した。
「和樹さん、急にどうしたんです?体調でも悪くなりました?」
安全圏まで退避しフレミーが問う。
「いや、そういう訳ではないよ。」
「では、何があったのか話して頂きまし。」
魔物の攻撃を受けたのか確認し、問題はないと判断したヘイムに言われ和樹は心情を吐露した。
「それで自分の手を汚したくないと…。でしたら魔王討伐は止めに致しましか?」
話し終えた和樹に冷たい声が降りかかった。
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