第5章 僕は、チカラになりたい。6
――きっと僕は、新垣さんのことが好きだ。
これまでの虐められ続けてきた日々で、僕は誰かに恋心を抱くことはなかった。いや、そもそも物理的に抱くことができなかったのだ。
僕には周りの異性もまた、僕を虐める加害者だった。自分を虐める人間に対し、好意など抱きようがない。かろうじて虐めを脱した高校生活で、僕は初めて周りの異性を恋愛の対象として認識できたのかもしれない……。
そして、あろうことか最も身の丈に合わない想いを抱いてしまったようだ。しかも、この恋心に気づいた頃には、彼女の心はすでにもっとも嫌いなあの男に奪われしまった後だったというおまけまでついて。
そんなことを一瞬のうちに高速で思考しながらも、僕はなぜだかペラペラと知りうる限りの赤坂の好みや好きなものの情報を新垣さんに話していた。ダテに一年近く虐められていない。
あくまでも、小学校当時の話だから今とはだいぶズレてるかもしれないけれどと前置きしつつ、赤坂が好きだった食べ物や好きだったアイドルの話を彼女に話して聞かせた。新垣さんは熱心に、時々スマホにメモまで取りながら、僕の話に耳を傾けていた。
伊達さんに言わせれば馬鹿が付くお人好しなんだろうけど、新垣さんのうれしそうな表情を見られるだけで、僕はうれしかった。
その間も、伊達さんが実況というより怒りに近い声を脳裏で上げていた。
『敵に塩を送ってる場合じゃない!』
『今すぐヤツの本性を伝えるんだ!』
『さっさと、想いを伝えるんだ!』
どの言葉も僕を思っての発言だったんだろうけど、僕は無視し続けた。
「本当にありがとう! 乙幡くん、また……相談のってもらっていいかな?」
僕の知っているヤツの好みなどの情報を軒並み話し終えると、新垣さんはこう言った。
「あぁ、もちろん。僕で力になれることがあれば」
あれだけ普段は出なかった言葉が、なぜかスラスラ調子よく出てきた。
「本当に? やったー! 乙幡くん、なんか性格まで変わったね。なんだか、頼りがいがあるっていうか。ちょっと、大人っぽくなったかも。もし赤坂先輩に告白される前だったら、私、乙幡くんのこといいなって思っちゃってたかも……」
「――⁉」
思わず、素に戻ってしまった。
「なーんてね♪」
新垣さんはそう冗談めかせ、笑った。
きっと、彼女にとっては軽い冗談だったんだろうけど、僕にとっては胸を締め付けるような言葉だった。だけど、そんな感じはおくびにも出さず、僕は愛想笑いを浮かべた。
「あっ、そうだ! 乙幡くん、ライン教えてくれない? また相談したいことがあったら、連絡させてもらいたいなって……いいかな?」
僕はうなずくと内心ドキドキしながらスマホを取り出し、女子と人生初のライン交換をした。
スマホの画面に彼女のアカウントのアイコンが収まると、
〈これからもよろしくね♪〉
と最初のポストが入った。続いて、まごつきながら、
〈こちらこそ〉
と返した。
「本当にありがとうね、乙幡くん。また、明日ね!」
そう言って手を振り、彼女は公園を出ると夕日の中に瞬く間に溶けていった。
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