異世界プリン
鯨月いろ
異世界プリン
──プリンを食べたい。
私が異世界に転生していると気づいたきっかけは、なんてことはない。プリンを思い出したことがきっかけであった。
赤子のうちから訳もわからず、異世界に転生していることを悟るわけでもなければ、大怪我を負って思い出すわけでもない。
ふとプリンが食べたいなと思ったのである。
私は今年で五〇歳になる老冒険者であった。
パーティーを組んでいた同じ頃の歳の仲間達も、ひとりふたりと辞め、今はソロで頑張っている。
老後を穏やかに送るには、手持ちの資産にまだまだ不安があった。
──ああ、ゆっくりしたいなあ。
と思う。でも⋯⋯
──ゆっくりって、何をすればいいんだろう?
とも思う。
嫁もなく、子もいない。安宿に泊まり続けて、ソロでも受けられる下級依頼をこなすだけの日々。
冒険者としてのランクはS最上位から、A級、B級、C級、級なしの駆け出しまである。
私はA級でこそあったが、それはコツコツと積み上げてきた実績があったからで、若いB級のパーティーと戦力を見比べれば劣っていた。
近頃は討伐依頼など受けた日には、翌日は筋肉痛で動けやしない。ソロになった今、C級の依頼、それも採集、探し物、お手伝いと、この身体で受けられる依頼を探す日々だ。
ギルドの掲示板で依頼を見ている老冒険者は近頃めっきり見なくなった。私も引退の文字が頭からついて離れない。
「ワルクスさん、鉱石依頼がありますよ」
私に依頼書を渡してくれたのは、ルンと言う青年。A級冒険者だ。そのなかでも上位の強者である。彼は誰にでもフレンドリーに話しかける好青年だ。
彼の雰囲気を見ていれば、「これぐらいなら貴方にも出来るでしょう?」なんて上から目線の醜い邪気は感じられない。純粋に親切心から渡してくれたことがわかる。
「鉱石は腰に響きますから。採集はないかな」
「そうですかあ。ワルクスさんの採掘した鉱石は質がいいって評判なんだけどなあ」
彼は残念そうに依頼書を元あった場所に戻す。
嬉しいことを言ってくれる。老いぼれを喜ばせるな。無理をしたくなるじゃないか。
──採掘のイロハを教えてあげようか?
と言いたい。けれど、彼はS級の逸材とも言われる冒険者パーティーのリーダーだ。私が彼に教えてあげようなどと、
ルンくんが採集依頼を見つけてくれたので、私はいつものように、町を出た。
ワルクス。
随分前に鑑定スキル持ちにステータスを見てもらったことがある。攻撃、防御、技量、魔力値、特出するものも無ければ、劣るものもないと言われた。称号には【転】の文字だけがあり、転ばないようにとだけ注意された。
あのとき笑ったみんなの顔が懐かしい。
5人いたパーティーのうち、3人は辞めた。一人は、魔物の前でぎっくり腰をやり⋯⋯助けられなかった。
今度、あいつの墓の前にプリンをお供えしてやろう。
前世の自分はどうだったのか。
採集依頼はアルケマと言う魔物の卵だ。今が産卵時期で、一番気性が荒い時期でもある。如何に身を隠して卵を奪うかが重要だ。
自分用にも、もうひとつ、多めに仕入れてしまおう。
「調理場を使わせてもらえませんか?」
「いいですよ。どうぞこれを使ってください」
採集依頼を無事に終えた私は、宿に戻っていた。
宿の看板娘、リエッタにお願いしてみれば、
「珍しいですねえ。ワルクスさんが料理なんて。何をつくるんですか?」
「プリンです」
「プリン? 他の町の料理ですか?」
「まあ、そんなところです」
他の世界の料理です。とは言えない。
前世の世界が地球であったなら、ここはアルデンと言う名称で呼ばれている。(そんな名前のお店が、地球にあった気がする)
アルデンにも甘いものはもちろんある。ケーキやパウンドケーキ、チョコレート。でもプリンは無い。
「あ、お菓子ですね?」
「あ、いい匂い!」
「ひとつくださいね?」
計八つのプリンができた。ひとつはリエッタの分になっていた。(最初から渡す気でいたけれど)
砂糖やミルクの量がうろ覚えであったため、鍋を二つ用い、甘口と少し甘さ控えめのつもりで2種類つくった。見た目は上々だ。前世の手際もなんとなくだが、思い出せていた。
冷めたら冷暗所に置いて、今日の夜ごろには食べられると思いますと言ったら、
「夜ですかあ! 太ったらどうするんですか!」
と怒ったあげく、いただきます! と鼻を鳴らしていた。
宿屋の2階。私が借り続けている部屋。番号札が打ち付けられた場所を、リエッタの文字で書かれた「ワルクス」の貼り紙が覆っている。
ベッドに寝っ転がった。
魔物アルケマに見つからないよう、身を低くしていた腰が痛い。
もしプリンがうまく出来ていたら、明日は休みにして、墓参りに行こう。
異世界プリン 鯨月いろ @kujiraduki-iro
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