Bonus track 4 まいと一緒に

 『長らくお待たせしました、朝田さん! とうとう出来上がりましたよー』


 そろそろ秋がやってくる日曜日の昼下がり。


 私はスマホで、由芽さんからそんなメッセージを受け取っていた。


 期待感に胸を膨らませながら、添付されたファイルを開ける。


 ファイルは二つ。小さな人物のイラストと、それに背景をつけた大きな画像。ツイッターのアイコン用とヘッダー用。


 描かれているのは、肩ほどの髪の儚げな女性。少し憂いを帯びて、でもまっすぐ前を向く、そんな人。


 私は湧き上がる感情から、思わず額に手を当てて、じっとする。


 そうしていると、程なくして、スマホが通話の通知をならした。相手は当然、由芽さんだ。


 『どうですか!? 朝田さん?! 我ながら渾身の出来です!』


 「……100点、……文句なし……パーフェクト……え、自分で描いたの? これ」


 『はい! いやあ、趣味で書いてましたがこんな形で役に立つ日が来るとは』


 「すごいね……いや、本当に、特に表情がさ、マイカって感じがする。うんそうだよね、すごい」


 『へっへっへ……そう言われると描いた甲斐がありますねえ。ところで、朝田さん、私この絵を使って、アクリルキーホルダーとか、Tシャツとかのグッズ作れますよ?』


 「それ採用で」


 喜色ばんだ由芽さんの声を聴きながら、私はその後も何度かお礼を言って通話を切った。


 いやあ、ほんとなんというか想像以上の出来だった。表情がまさにイメージ通り、私は思わずほわああと声を漏らしながら、しばらく絵を眺めていた。うん、これなら大丈夫。かな。


 これで、スタートの準備は整った。


 私は軽く脚と気分を跳ねさせながら、まいの部屋のドアを開けた。


 すると、急に勢いよくドアを開けた私に、まいはつけていたヘッドホンを外して不思議そうに首を傾げる。


 そんなまいに笑顔を称えたまま、勢いよく告げる。





 「まい! 私、会社作るよ!!」


 「ほあ…………?」





 まいは訝しげな表情のまま、さらに首を傾げたのだった。

 

 

 ※



 うん、我ながら急すぎたね。


 というわけで、少し話を落ち着けることにしましょう。


 数分後、私達は相変わらずまいの部屋で、互いにチョコレートと飲み物をつまみながら、話すのでした。


 「ーーーで、唐突に何ですかゆかさん、会社?」


 「うん、とりあえず名義だけだけどね。まいをプロデュースする会社を作ろっかなって」


 「それはまた大げさな……」


 まいはちょっと呆れたように笑って、私を見た。ゆかさんはいつも大げさだなあとでもいいたげな表情。


 うーん、わかってないな。別に大げさでもなんでもないんだけど。


 「そんなことないよー、っていうかまい。自分の収入把握してる?」


 「……本屋のバイト代は……まあ、なんとなく?」


 まいは相も変わらず不思議そうに首を傾げる、うーんこれは完全に理解していないな……。


 私は軽くため息をつくと、自分のスマホで動画投稿サイトの『マイカ』の管理ページに飛ぶ。以前、見せてと言ったらまいがパスワードからアドレスまで全部教えてくれたものだった。


 そして管理画面を下にスライドさせて、動画収益のページに飛ぶ。それから、そこに表示される金額を拡大して、まいの方に向けた。


 「ざっと、こんくらい」


 すると、まいは最初訝しげにそれを見つめて、やがて少し引きつった顔で私を見た。


 「マジですか?」


 「まじまじ」


 小遣い稼ぎというには結構な金額になっているそれは、すでに確定申告が必要なラインまで上がっており、もたもたしていると税務署に税金ががっぽり取られてしまうところまで来ている。


 果たして、まいがそこまでわかっているかと言えば、まあわかっていなかったのだろう。そもそも数か月前に私が、そろそろ収益化申請ができるよと言い出さなければそれすらしようとしてこなかった子だし。


 「前、お父さんから通帳のコピー送るって言われてたの多分、これでしょ? 今、口座の残高すごいことになってるんじゃない?」


 「わ、わお……、そういえば、やたら増えてるなと、あれ父さんが入れてたんじゃなかったんだ……」


 うん、案の定だね。


 私はすっと息を吸って、告げるべきことを一気に告げる。


 「というわけで、この活動を事業化します。会社を立ち上げるって言うのはそういうこと。


 そうすれば、経費ってことで色々と税金減らせるからね。録音機材のレシートは保証書と一緒に残ってるし。他も落とせないか探してみよう。


 ただ事業化するからにはそこそこ本気で関連事業に力を入れる必要があるんだ。今考えてるのはネットライブとか、関連グッズとか、ツイッター作ってそれで広報したり。そういうこと。あ、由芽さんからツイッター用のアイコン貰ったから後で見せるね?


 昼馬さんや宵川さんの伝手辿って、いろんな音楽関係の人とコラボできたらなとか考えてます。


 あ、この前、絵とか物語の会社の人とも知り合いになったの。みはるさんとあきのさんっていうんだけど、そういうとこともお仕事出来たら楽しいかな。


 あ、でもこれはまいのメンタルが削れない程度、っていう前提だから。まいが無理をするのは論外。できる範囲でね。


 でもやりたい企画は一杯あるから、協力してくれると嬉しいな。


 ゆくゆくはサブスクとか有料会員を募って、安定収入を得るのが当座の目的です! そのために、半定期的に新しいコンテンツを提供していきたいね。まあ、これはまいじゃなくて私の課題なんだけど」


 一気に言い終わって、どんとまいを見据える。


 「どうでしょう!!」


 まいはしばらく呆けたような顔をして、私を見ていた。


 私は思わず、じっと押し黙る。言っといてなんだけど、ちょっと怖い。


 これはあくまで私が勝手に考えたこと、構想で空想。うまくできるかわからないし、そんな都合よく進む保証もない。まいの負担になってしまえば、それまでだし。安定収入は要るから、私が働くのは継続、それでどこまで実行に手を回せるかも未知数だ。そして何よりまいの気持ちが付いてくるかどうか。


 わからない、怖い。でも、やってみたい。


 少しの間、答えを待つ緊張の時間が続いた。


 「ーーーゆかさん。それ、なんでやろうとしたか聞いてもいい?」


 少しの沈黙の後、まいはそう私に問うてきた。珍しく、音楽でもないのに、とても、とてもとても真剣な眼。


 私はじっと、緊張に震えながら、でもまっすぐ前を向いた。


 伝えることは怖いけど。


 これはもしかしたら、私のわがままかもしれないけれど。いや、紛れもなく私のわがままなんだけど。


 それでも、伝えるんだ。


 「まいが音楽に集中できる環境になって欲しいなって言うのが、前からある理由なんだ」


 でもこれはきっかけにすぎなくて。


 「でもね、収益の数字を見て、確定申告しなきゃなって考えたときに、ふとさっき言ったみたいないろんなことが思いついたの」


 ずっとずっと想ってたこと。


 「そしたらね、まいの声をきっといろんな人に届けられる。それとね、きっとずっとまいのことを応援していられる。私はやっぱり、歌を歌ってるまいが、前を向いてるまいが好きでさーーー」


 これもある。でも、それより、なにより。


 「そんなまいとーーーー一緒に、私も、何かしたくてーーー」


 そう、それが。


 「


 本当の理由だ。


 ずっとずっと、あなたを応援してきた。


 前を向くあなたに手を振ってきた。


 あなたからたくさんの勇気をもらってきた。


 でも、なんでかな、もうそれだけじゃ足りないんだ。


 あなたと一緒に歩きたい。


 あなたと一緒に頑張りたい。


 あなたにも勇気を与えたい。


 もしかしたら、足手まといになるかもしれない。


 もしかしたら、余計なお節介かもしれない。


 実は、まいのためにならないのかもしれない。


 だから、これはまぎれもなく、私のわがままなんだろう。


 私が頑張りたい、まいと一緒になにかしたいっていう。


 そんなわがままなんだ。


 でも。


 それでも、聞いて、欲しかった。


 一緒に歩いて、欲しい。


 「まい」


 「はい」


 震える指を。


 「ごめんね、これわがままなんだ」


 「うん、知ってます」


 掠れた声を。


 「でもね、やりたいの。私がやりたいの、だからーーー」


 「ーーー」


 怖がる心を抱いたまま。


 「ーーーまい。手伝って」


 「はい、喜んで」


 前を向くんだ。


 「いいの?」


 「うん、だってゆかさんがやりたいことを私が止める理由、あります? それに、聞いてたら私も楽しそうだし」


 まいは腕を組んで、にっこり笑って、どこか楽しげに私を見ていた。


 そんな彼女に、私はにっと笑い返した。


 「じゃあ、私、頑張るから。ついてきてね? まいーーー私の歌手さん」


 「はい、楽しみにしてますよ? ゆかさんーーー私のプロデューサーさん」


 そうして、お互いにやりと私たちは笑い合った。


 どうなるかはわからない。


 変化は怖い。でも、それでも、少しずつ変わっていけば、違う何かが見えるかもしれない。


 違うあなたと会えるかも。


 でもきっと何より、違う私と会えるから。


 少しずつ、少しずつ、焦らず一歩ずつ。


 私達は私達の道を歩いていこう。


 怖さを笑い合って、変化を認め合って。


 あなたの隣を歩くために、あなたと一緒に歩くために。


 少しずつ変わっていくのだ。


 それでも、どこまで変わってもあなたとなら笑い合える。あなたとなら一緒に過ごせる。


 そんなあなたを、私は好きになったのだから。










 ※



 「ところで、ゆかさん。音楽関係ない時にその呼び方禁止ね」


 「え? なんで、私の歌手さんってなんか好きなのに」


 「んーーー、やっぱ私の歌の側面だけ見られているようでもやっとするから。ビジネスライク的な感じがするのです」


 「ふーむ、なるほど? わかんないけど、りょーかい」


 「切り替え大事だよー、ゆかさん。でないと今みたいにイチャイチャするときも音楽のこと考えちゃうでしょ?」


 「んー、わかるような、わからんような……っふひゃ?!」


 「まあ、ちょっとずつわかっていってください、私のゆかさん?」


 「むー……そういうことするときは、キスもちゃんとすること、わかってる、私のまい?」


 「もちろん」


 「じゃ、して?」


 「はいはい、仰せのままに」








 「ーーーーまい」


 「ーーーーゆかさん」









 ※








 うん、イチャイチャするときは、ちゃんと名前で呼ぶ方がいいね……。








 ※




 今日の幸せポイント:33


 累計の幸せポイント:202




 今日のゆかのプロデュースポイント:35


 累計のゆかのプロデュースポイント:105

(※100で会社を設立してまいをプロデュースし始める、し始めた)

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