女の子が好きな私と別にそうでもないあなた
キノハタ
第1話 女の子が好きな私と別にそうでもないあなた
あなたに、好きな人はいますか?
その人と、ちゃんと噛み合ってますか?
もしも噛み合っているのなら、それはそれはとても幸運なことだと、私は思います。
世の中というのは不条理なもので、何もかもが綺麗に噛み合うというのはなかなかありません。運命の人というのは、やはり想像上の産物みたいなものなのでしょうか。
しかし、まあ、多少噛み合いが悪かったところで、この想いは、この気持ちは別になくなったりはしないのだけれど。
それがまあ、残酷なところでもあり、救いでもあるんだろうねえ。
独りで暮らすには少し大きい2DK、朝日が眩しい東向きの部屋。駅から徒歩十分、主要都市まで電車で数分のベッドタウン。
そんなところが、私と同棲している彼女の愛の巣だった。
多分、愛の巣と認識してるのは私だけなんだけど……。
朝ごはん用のトーストをオーブントースターに入れて、ケトルの電源を入れる。
今日はたまたま私が早く起きたので、先に朝ごはんの準備をする。大体、起きる時間が一緒だからなんとなく、先に起きたほうが準備をする、というのがこの一か月の間で暗黙の間に成立したルールだった。同居人は日曜日だから、少し遅めに起きるつもりなのだろう。
私は寝間着姿のまま、ケトルが音を立てるのを、コーヒーの粉をカップに注ぎながら待つ。もう一つのコップの傍には紅茶の茶葉を添えておく。起きてきたら、勝手に自分で淹れることでしょう。
そして丁度、オーブンが仕事の終わりを告げるころ、ドアが開いて彼女がその姿を現した。
私と同じ寝間着姿で、寝ぼけ眼をこすりながら、軽く欠伸までしてゆっくりと自室から出てくる。
私はその愛しい人に向かって、意気揚々と声をかける。
「おはよう! ゆかさん! ごはんにする!? おふろにする!? それとも―――わたしと朝えっちする?」
「ん、おはよう、まい。セクハラポイント1ね」
ゆかさんは寝ぼけ眼をそのままに、私を軽く見据えると呆れたように言葉を告げた。
私はその様にげえと唸る、しまった、またナチュラルにセクハラをしてしまった。くう、どうしても自分の性欲が抑えきれない。
「起き抜けもきっちりしてるなあ……、ちなみに今何ポイントたまってるの?」
「34ポイント、100ポイントになったら、ちょっと今後について要相談ね」
「おおう……」
ゆかさんと同棲を始めてはや一か月弱、34ポイントということは、単純に考えて一日に一回はやらかしているわけである。いや、そもそもセクハラポイント制度ができたのが、同棲開始から一週間後くらいだから、もっとやらかしてるのか、私。
思わず、考える人のポーズになって、反省する。いかんいかん、自重せねば。なにせこの同棲関係は私がゆかさんの家に一方的に転がり込んで成立しているのだ、ゆかさんに愛想をつかされては、この蜜月がひいては、私の明日の住まいが失われかねない。
「猛省します……」
「そーして、
「うん…………」
そう、私は私自身が女だけど、女の子が好きだ。女の子の身体が好きだ。女の子の心が好きで、そして誰より何よりゆかさんが好きだった。
カミングアウトしたのは、およそ半年前、そうとも知らぬゆかさんをデートに誘って、酒に酔った勢いのまま告白して、無惨に振られた。ロマンチックさを無駄に意識した、クリスマスの夜だった。この地方では珍しく雪が降って、告白が成功さえしていれば、非常に素敵なホワイトクリスマスになったと思う。成功さえしていれば。
「
丁度、あの時もそんなセリフで断られていたっけ。あ、だめだ。涙が。
そんな風に悲しくも儚く散った私の恋だったが、ゆかさんはあいも変わらず私に接してくれている。分け隔てなさに慈悲を感じ、別に私そういう人だからって嫌いにはならないよという言葉に寛容さを感じ。ますます好きになって、一生、ついていきますって感じだった。ちなみに玉砕したその日も、なぜか私のさらなるやけ酒に付き合ってくれたりしていた。優しさが心の傷口に染みた。
そして、一か月ほど前、職を失った私は、実家に頼ることもできずダメもとでゆかさんの家に転がり込んだのだった。
ゆかさんは特に訳も聞かずに、家に置いてくれていた。聖母か? 神か? いや、私の想い人です? 素敵やろ? 誰にもやらんからな。
「どうしたの? まい、なんか思いつめちゃって」
ゆかさんが心配げに、寝間着の袖で私の涙をぬぐってくれる。
私の方が微妙に身長が高いから少しだけ見上げるようにして、私が過去の傷に染みた涙を救ってくれる。若干の上目遣い、かわいい。肩甲骨くらいまである髪が柔く揺れている。きれい。
「すき…………」
「…………大丈夫?」
私が単語を漏らすと同時に、呆れた視線が返ってくる。心配して損したと言わんばかりの表情だった。そんな表情も素敵……だめだこりゃ。盲目ってレベルじゃない。
「もう………、ごはんたべよ?」
「うん…………」
お母さんにあやされる拗ねて小学生みたいなやり取りをして、私たちは食卓に着いた。それぞれ暖かい飲み物を入れる、私がカフェオレでゆかさんがミルクティーどちらも、牛乳は多め、砂糖も多め。パンにジャムを塗って、甘さに甘さを重ねて頬張る。
「ゆかさん、今日の予定は?」
「んー? 買い物行かないと、あとまいの服買いに行かなきゃ、ちょっとフォーマルなやつ」
「あー…………いいよ、別に。居候さしてもらってるだけで十分だし」
「だって、就活するんでしょ? 何かと入用じゃない?」
「まあ、……そうなんだけどね。……やっすいやつにしよ」
「ダメ、しっかりしたの選ぶからね」
「ゆかさんって時々、お母さんっぽいよね」
「…………ゆかさんポイント1ね」
「………何、そのポイント? てか、なに基準?」
「10溜まると、まいは私にマッサージをしなければいけません」
「むしろ、ごほーーーー、いえ、なんでもありません」
「もう…………」
出かかったセクハラ発言を私が呑み込むと、ゆかさんはパンを食べながら、ふんと鼻を鳴らした。ところで、このポイントは罰なのか、ご褒美なのか。お母さんといわれることが、ゆかさんてきにプラスなのか、マイナスなのか。考えてみようとしたが、いまいち判断がつかなかった。どっちだ、どっちなんだい。
「まいは見栄え雑だからねー、もうちょっと整えれば、綺麗になると思うよ」
「んー、そしたらゆかさんも喜んでくれる?」
「うん、ばっちり」
「じゃ、しっかりしよ」
「……まいは単純だねえ。ゆかさんポイント1ね」
「そのポイントほんとに基準わかんないんだけど?!」
軽く叫ぶ私をゆかさんはあははと笑いながら見ていた。私はそんなゆかさんを見て毒気を抜かれてしまい、ま、いいかと笑う。というか、ゆかさんポイント若干、ご褒美よりでは?
食事を終えて、食器を洗う。今日の当番は私なので、ささっと洗いきってしまう、まあ朝食の洗い物なんて一瞬で終わるものだしね。
さて、朝食が終わったら私も就活せんと、あ、でもその前にゆかさんの買い物に付き合って、服そろえて、それから就活サイトあさって、ハローワーク行って…………想定しただけで気が滅入った。この悩みのせいで最近はギターを弾く指も鈍っている気がする。…………ま、いいか、とりあえずやることやろ。
軽いため息をついて、濡れた手をタオルで拭く。あーこれも代えて洗濯しなきゃね、ていうかまとめてゆかさんの分も洗濯しちゃお。最近、洗濯は私の役割になりつつあるしね。そんなことを考えながら。
「ゆかさーん、洗濯するものある?」
「あー、ちょっと待って! 今出すから!」
そう問うと、自室で先に外出の準備をしていたゆかさんがひょっこり顔を出した。
下着姿で。
正確に言うと、上半身だけ下着姿、下半身はすでにロングスカートをはいていた。こんな姿も非常によく似合ってる。うん、いや、そこじゃなくてね。
「これとこれお願い、あーでも下着も洗った方がいいかな。洗い方わかる?」
「あー、個別に教えてくれるとありがたい……です」
「だよね、意外とものによって違うし。ちょっと待ってねーてか時間かかるのはまた今度でいっか」
「うん……」
私は目線を頑張って逸らしながら、そのやり取りを繰り返す。だめだめ、セクハラポイントまた溜まっちゃうから。
「じゃ、これとこれだけお願い、ふつーに洗濯機で洗ってくれていいから。洗剤とかはもう、わかるよね?」
「いえす…………まむ」
「なんで、みりたりーっぽくなってるの……?」
「あい…………まむ」
そんなやり取りののち、私は湧き上がる性欲と戦いながら、無の表情をキープしつつその全てを洗濯機にぶち込んだ。洗剤と漂白剤を入れて、回す!!
ただの洗濯にこんなにカロリーを使ったのは初めてだった。危うかったわ……。
軽くため息をついて、私も着替えの準備をする。ゆかさんと違って、私の着替えはすぐ終わる。いっつも簡素な服しか着ないからね、ゆかさんとちがって、私の身体は結構、平坦だし。大きいと下着とか色々大変らしい、まあ、私とは無縁な話だ。
私は朝から大量消費した精神力を補うため、キッチンの椅子に座って音楽でも聴く。イヤホンを耳に突っ込んで、未だ着替えが終わらぬゆかさんを待ちながら、時間をつぶす。重厚なヘビィメタルが、今日は特にやかましいなと思ったら、洗濯機の音が妙にマッチしている結果だった。私は苦笑いをして、そのまま音楽を聴き続ける。
二曲ほど聞ききって、顔を上げたころにゆかさんが部屋から出てきていた。
外向きの服を着て、化粧もバッチリして、うん、私の彼女は世界一可愛い。私の彼女じゃないけど。
「じゃ、いこっか」
「え、ゆかさん、お出かけ前のハグは?」
「え、うーん、はい」
ゆかさんが仕方ないな、来い、みたいな感じで両手を広げたので、その間に飛び込んだ。
この一か月でわかったことだが、ハグは別にセクハラ判定にならないらしい。うんうん、ハグって素晴らしいね。柔らかいゆかさんの身体をぎゅーっと抱きしめると、いい匂いがホワンとした。ゆかさんの匂い。人肌の匂い。
彼女の身体と髪の感触を感じながら、肩口に顔をうずめる。
「もー、まい、くすぐったい」
「あはは」
そのまま抱き合っていると、ふと服の肩口が開いていることに気が付く。もう五月だからね、少し涼しい恰好にしてあるわけだ。
私はその肩口から見える素肌にこっそり顔を近づけると。
軽くそこに唇を触れさせた。
きっと、気付かない程度。
きっと、知られぬ程度。
ささやかな恋のあかしを、そこに刻み込んだ。
相手は知らない、私だけの恋ごころ。
それからぐっと離れて顔を上げた。
「じゃあ、いこっかゆかさん!」
そう、声を上げて、違和感に気が付く。
ゆかさんの顔が妙に…………あか……い?
あれ、これは、もしや、ばれーーー。
「まい」
「はい」
「セクハラポイント2ね」
「はい…………」
ばれてた。ただ、ダメな私の脳はあと32回はハグ中にキスかましてもいいのかと、ダメな計算を働かせていたのだった。
追い出される日も近いな……、それまでに就職できるかしら……。
※
今日のセクハラポイント 3
累計のセクハラポイント 36
今日のゆかさんポイント 2
累計のゆかさんポイント 2
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